第5話・お嬢様絶体絶命の危機!
マリーナホテルについて、ロビーを見渡す。流石にまだ捜査員は、誰も到着していないようだ。
時間稼ぎが必要ね……
早々にエレベーターへ向かおうとする沢木を呼び止める。
「沢木さん、ちょっとお化粧直しに行って来ますね♪」
「化粧なんて直さなくても、充分だよ。」
「いやですわ!女性がお化粧直しと言ったら、お手洗いに決まっているではありませんかぁ♪」
「……ロビーラウンジで待ってる。」
「分かりましたぁ~♪」
そそくさとその場を後にして、ロビーのお手洗いへ入るとすぐにスマホを取り出し、声を潜めた。
「もしもし……」
──「杏奈ちゃん?八橋だよ!通話は録音してあるよ!」
電話に出たのは、捜査一課の八橋さんだ。
「鶴崎さんは?」
──「バイクでそっちに向かってる。店の外で待機していた生活保安課も、そっちへ向かったよ。15分くらい掛かるけど、到着まで伸ばせる?」
「頑張ります……」
──「それと、マリーナホテルの最上階は、スイートルームだ。店は無い。」
「分かりました。」
はぁ……お手洗いで時間を稼ぐのも限界があるわよね……
可能な限りお化粧直しに時間を費やしてロビーへ戻ると、沢木が待ち構えていた。
「アンナちゃん、行こうか……」
「あっ!外のマリーナを見てみたいですぅ♪ちょっと散歩しませんか?」
「昼でもいいだろう……」
「ほら、ライトアップして綺麗ですよ♪アンナ、沢木さんと一緒に見たいな~♪」
さりげなく、沢木の腕に腕を絡ませる。
「……ちょっとだけだよ。」
「ありがとうございますぅ!嬉しい~♪」
併設のヨットハーバーを可能な限り、ゆっくりと歩く。
「父とも、こうやって歩きたかったな……孝行したい時に親は無しって、本当ですね。また連れてきて下さいね~♪」
「次があればね……」
「えっ?それはどういう意味ですかぁ~?」
「いや、何でも無い……そろそろ行こうか。人を待たせてるから……」
もうちょっとだけでも伸ばせないかしら……と思った時、フロントへ向かう捜査員一行が見えた。
何とか間に合ったわね……
「分かりましたぁ~♪」
そして、チラッと捜査員達と目を合わせて、エレベーターに乗り込んだ。
「沢木さん、今日はどんなビジネスなのですかぁ?」
最上階へ上がり、廊下で探りを入れてみる。
「アンナちゃんは、居るだけでいいから。」
「そうなのですね♪」
買いの客が待っているってところね……相手か沢木が買いの話を出せば、すぐにみんなが踏み込んでくれる筈……
ってか、わざわざスイートを利用するくらいだから、著名人の可能性もあるわね……
「アンナちゃん、この部屋で人が待ってるから……」
「はい!お仕事のお邪魔にならないようにしますね♪」
部屋の呼び鈴を押すと、ガチャ、っと静かにドアが開いた。中から少しだけ顔を出したのは、今日、キャバクラに来ていた本職だろう客だ。
「入れ……」
沢木が私の腰に手を添えて、中へ入るよう促した。
「失礼しま~す♪」
部屋の中へ入ると、店に来ていた客達が仁王立ちしている。その中心には偉そうに椅子に座った男が一人、渋谷だ。
1、2、3……全部で6人か……もしかして、かなりヤバい状況?って、怯んだら負けよ!
男達から目を反らさずに、沢木へ話しかける。
「沢木さん、こちらの方達は……」
「……君を買う濡刃会の幹部だよ。」
座っている渋谷が幹部ね……濡刃会と言えば、最近この近辺で勢力を伸ばしている、インテリヤクザ……全員高学歴で詐欺など頭脳を駆使し、尻尾を中々出さない集団……
「買うって?もしかして、売春ですか?」
「気に入れば杏奈ちゃんを囲いたいそうだ。」
「そんな事をしたら、弟が……」
「大丈夫だよ。失踪届けを出されないよう、定期的にお金は振り込むから。」
成る程……強制的な愛人契約ね……
「まさかレイナちゃんも……」
「彼女は一般客に売ったけど、抵抗して殺されたらしいな。馬鹿だよな……抵抗しなければ、お金が手に入ったのに……」
こいつ……レイナを死に追いやった事に、何の悪気も感じていない……
「嫌だって言ったら、私も殺されるの?」
それには、椅子に座っている渋谷が答える。
「大丈夫だ。サツに嗅ぎ回られても困るから、殺しはしないよ。私の言うことを聞かないようなら、少し薬を使うだけだ。」
「薬……」
覚醒剤か、向精神薬か……もう聞き込みは充分だし、そろそろ突入の合図が出ている筈だわ……
渋谷が立ち上がって、私の顎を掴む。
「この状況で泣かないとは、中々のものだ。気が強い女は嫌いじゃぁ無い。」
「破壊的な口説き文句ね……」
顎を掴んだ渋谷は、ニヤッと笑った。
「それで答えは?」
「決まってるでしょ。」
「それは俺にとって都合がいいのかな?」
「受け取り次第ね。」
「成る程……益々手に入れたくなる、いい女だ。存分に啼かせたくなる。」
「それは誉め言葉として、受け取っておくわ。」
「いつまでその口が効けるか、見物だな。」
渋谷は私から手を離して、仁王立ちしていた男達に向き直り、顎で合図を送る。
「やれ。」
「はっ!」
仁王立ちしていた男達が、私の両腕をガシッ!と掴んだ!
「何するのよ!」
そのまま、ドンッ!とベッドに押さえつけられ、手足の自由を奪われる。
「いい眺めだ。」
近寄ってくる渋谷をキッ!っと、睨み付ける。
「ほう、この期に及んでも、まだそんな顔が出来るのか。」
「……」
みんな!早く来いっ!
その時、私のバッグから、微かな声が漏れてきた。
──「早くしろ!」
「何だ?今のは……」
渋谷が私のバッグを乱暴に奪い取ると、中にあったスマホを取り出す。
「……通話になってるな。」
バキッ!
渋谷は私のスマホを床に叩きつけ、踏み壊し、私の胸ぐらを掴んできた。
「女!何処へ掛けていた!」
「……」
「言え!」
私と渋谷の睨み合いが続く。その時、バン!と勢いよくドアが開いた。
「警察だ!」
それと同時に、捜査員達が部屋の中へなだれ込んでくる!だけど、押さえ付けられている私を見て、動きを止めた。
「おやおや、警察の方達は随分と無粋ですね。私達が何かしましたか?」
余裕の笑みで、渋谷が捜査員達へ向き直る。
「そこの女性が証拠だ!」
「この女性の性癖ですよ。見られていないと興奮しないのでね。法律上、何か問題でも?」
駄目だ……今の私は人質状況だわ……私が警察とバレたら殺される可能性もあるし、下手に踏み込めないわよね……
その時、私の腕を押さえていた力が少し緩んだ。
今だ!
サッ!と男達から離れ、テーブルにあったシャンパンの瓶を叩き割り、それを手に構えた。
「生憎、そんな性癖は持ち合わせて無いわよ。」
「……それは残念だな。」
「あなた達との会話は、全部録音されてるわ。売春と薬の自供、殺人の情報提供まで、ありがとう。」
「くっ!お前もサツか!」
「全員引っ張れ!一人も逃すな!」
捜査一課課長の怒号で、暴れる濡刃会の男達を取り押さえる捜査員、一気にみんなが部屋の中で入り乱れ始める。
「た、助かった……」
あれ?膝が……ガクガクして、動けない……今になって自分の身に降りかかった恐怖が襲ってきた……
「松浦!」
「杏奈さん!」
暴れるみんなを掻い潜って、河猪課長とキャリアくんが駆け寄ってくる。
「松浦!何処も怪我は無いか?!」
「課長……大丈夫です……」
「椅子に座ってろ。一番怖い役を引き受けさせて、悪かったな……」
「いえ……みんなが来てくれると信じていましたから……」
課長に肩を支えられて椅子に座るものの、震える手足を止められない。自分の手を自分で握りしめていると、キャリアくんが、ふっと私の手を包み込んできた。
「……えっ?」
「落ち着くまで、こうしていますから……」
腹黒キャリアくんでも、人の温もりは安心するわね……
深呼吸をしながら、全員が引っ張られるまでには、何とか落ち着きを取り戻した。
庁舎に戻ってからは捜査一課が取り調べを行うので、捜査二課は解散になった。とは言っても、すでに夜中の3時を過ぎている。
「はぁ……疲れたわぁ……」
キャバ嬢ドレスのまま、玄関入口で思いっきり背伸びをする。
「タクシー呼んでもいいけど、歩こうかしら……」
「やっぱり歩くのか。その格好は襲われるって言っただろ。」
振り向かなくても誰だか分かるわね……
予想通りキャリアくんが私の横へ来て、一緒に歩き出した。
「夜風に当たって、スッキリしたい気分なの。」
「なら、バイクで走るか?明日非番だろ?」
「私がヘルメットを使うと、彼女さんに怒られるわよ。」
「……えっ?」
「他の女が被ったヘルメットを嫌がる女性は、多いと思うわ。」
「そっか……」
否定しないところをみると、やっぱり震えてた手を握ってきたのも、フェミニストならではね……
「彼女さんとは、長いの?」
「まぁな……4年くらいかな……」
「随分長いわね。そろそろ、結婚も考えているの?」
「うん……たぶんすると思う……」
「するのなら配属先が変わってからにしてよ。お祝いを弾まないといけなくなるし。」
「……」
あれ?雰囲気が重たくなった?あまり結婚に気が乗らないのかしら……これ以上は聞かない方が良さそうね……
その後は、黙ってマンションまでの道を歩いた。




