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第9話・白昼堂々のハグ?

 週明け、いつもどおり溝畑製薬の社屋エントランスで受付だ。応対の合間、過去の来客者カードに目を通す。


「松浦さんは、何故来客者カードを熱心に見ているの?」


一緒に受付をしている、隣の席の先輩が話し掛けてきた。


「どんな方がどんな部所に来られているか、何となくでも覚えておけば、ご案内もスムーズに出来るかと思いまして~♪」

「へぇ~、見た目に寄らず、仕事熱心なのね。」

「ふふ、ありがとうございますぅ~♪」


これも捜査だし……ってか、見た目に寄らずは、余計かと……

心の中で苦笑いしながら、先輩に尋ねる。


「先輩、社長へのご来客は、あまり無いのですかぁ?来客者カードに一人も見えませんが……」

「社長は、アポを取った方のみ秘書課が来客者と時間を教えてくれるわ。VIPが多いから、毎回来客者カードを書かせないようにしているのよ。」

「VIPって、どんな方なのですかぁ!?」

「そうねぇ……取引先の社長や、政治家かしら。」


お嬢様笑顔で更に探りを入れてみる。


「政治家さんとお知り合いなんて、凄いですね~♪何という方なのですかぁ?」

「ほとんど深見(ふかみ)大臣かしら。頻繁に来られるのは、秘書の方よ。今度来社されたら教えるから、顔を覚えてね。」

「はい、分かりましたぁ~♪」


頻繁に訪ねてくる深見厚生労働大臣の秘書……裏金献金の可能性もあるわね……お昼休憩になったら、鹿野さんに報告しなきゃ……


来客者カードをチェックしながらそんな事を考えていると、隣に座っていた先輩が、ツンツンと肘で私を突いてきた。


「ん?先輩、どうかされましたかぁ?」

「ふふ、彼氏が来たわよ♪」


ふと顔を上げると、清々しいまでの仮面笑顔で私に向かって手を振るキャリアくん……

瞬時にお嬢様笑顔で武装する。


「鶴崎さん、どうされたのですかぁ?」

「もし、お昼休憩が重なるようなら、ランチでもご一緒したいと思いまして♪」


成る程ね……何か報告がありそうだし、確かに恋人設定にしておけば、疑われないわね……

ただ、エントランス受付は、交代で休憩を取る事になっている。


「残念ですが、今日は一番遅い休憩なので、難しいかと……」


すかさず隣にいた先輩が、話に割り込んで来る。


「あら、休憩くらい交代するわよ。ランチへ行ってらっしゃいな。」


こっちも報告をしておきたいし、ここは甘えておこうかしら……


「先輩、ありがとうございますぅ~♪」

「いいのよ。これで松浦さんに、貸しが一つね♪」


うっ!先輩から、恋バナ期待の視線を向けられてる気がする……ここは気付かないフリが一番ね……


「先輩が交代されたい時には、いつでも言って下さいねぇ♪」




 受付の先輩達に意味深な笑顔で見送られ、キャリアくんと二人で社外へ出かけた。

ランチとは言っても、混んでいる店は誰が聞き耳を立てているか分からないので避ける。だけど、目ぼしいオープンカフェは満席だったので、テイクアウトして、近くの公園で食べる事になった。

芝生の上に腰を下ろそうとすると、キャリアくんが、サッとハンカチを敷いてくる。


「流石はフェミニストくんね。」

「こんな事をするのは、お嬢だけだけだがな。」

「そんな冗談が通じるとでも?」

「いや、難攻不落物件は、逆に燃えるからさ。」

「そのまま燃え尽きて、灰になれば?」


ったく……婚約者がいるのに口説き文句を言うなんて、フェミニストと言うよりも、気が多い軟派ね……

呆れた溜め息をつきながら、ハンカチの上に腰を下ろして、テイクアウトのランチボックスを広げる。


「で、何かあったの?」

「彼女をランチに誘うくらいは、しておかないとな。」


ニヤリと腹黒笑顔で応えるキャリアくん……


「あのね……そこまでの演技は必要無いでしょ。何かあるから誘いに来たのでしょ?」

「流石はお嬢だな。実は、瀬川に関して噂を聞いてな。」

「どんな?」

「もう少しで新薬の治験に持っていけそうな段階になって、失敗続きらしいんだ。まぁ、わざと失敗させている可能性もあるけどな。」

「そうなの?」

「それで、社長からみんなの前で、給料泥棒と罵られた事があるらしいんだ。」

「成る程……」

「それに、瀬川以外にも、社長から怒鳴られた社長や部長クラスはいるようだから、脅迫状は社長への嫌がらせの可能性も考えられるんだ。」


だけど、それなら社長をターゲットにする筈だし、新薬の開発を止めても、社長にはそれほど影響無い気がする……


「お嬢はどう見る?」

「そうね……単なる嫌がらせでは無い気がするわ……それなら社長自身に危害を加えると脅迫する筈よね。」

「やっぱりそう思うか。新薬の開発を止めろと要求するには、動機が弱い気がしてたんだよな……ただ、社長はかなりのワンマンみたいだから、恨みを買いやすいって事だ。」

「私達には、あんなに親しみやすい態度なのにね……」

「まっ、誰にでも裏表はあるものさ。」


そうだ!私も報告があったんだ!


「ちょっと鹿野さんに電話するわね。」

「何かあったのか?」

「関係ないかもしれないけど、一応ね。キャリアくんも聞いておいて。」


スマホを取り出して、鹿野さんに深見大臣の事を報告した。通話を切ると、キャリアくんが思案顔で呟いている。


「書庫で、会計課の書類も調べてみるか……」

「膨大な量になるわね。スマホの写真だけでは足りないかもよ。」

「不自然な金の流れを見つければ、家宅捜索で堂々と調べる事が出来るし、全部は必要無いだろう。」

「それもそうね。」


「あれ?もしかして、鶴崎?」


いきなり、公園を通りかかったサラリーマンの集団の中から、キャリアくんに声がかかった。


「源(みなもと)か……久し振り。」


一瞬でキャリアくんの笑顔が仮面に変わる。


「随分綺麗な子を連れているな。彼女か?」

「そうだよ。」


その言葉を聞いた源と呼ばれたサラリーマンが、私の側へ腰を下ろした。


「君、可愛いね。何て名前?鶴崎みたいな貧乏人はやめて、俺と付き合おうよ。」

「えっ?貧乏人?」

「何だ、知らないの?コイツは親が居ない、施設育ちだよ。」


そうなんだ……平屋とはいえ一等地に独り暮らしだし、キャリアくんは、何処かのお坊っちゃんかと思っていたわ……


「可哀想に、鶴崎に騙されたんだね。こんな奴とはすぐに別れた方がいいよ。」


そう言いながら、源は私の肩に手を回してくる。

ってか、こいつ、ウザッ……


「Don't you separate your dirty hand?『あなたの汚い手を離してくれないかしら?』」


お嬢様の笑みを浮かべながら、わざと早口で、英語を話す。その場にいた人達の中で、キャリアくんだけが、プッ!と吹き出した。


「えっ?何て言ったの?君、英語が上手なんだね。」

「ありがとうございますぅ♪」

「よし!今日から俺の彼女に決定だ!やっぱ俺くらいになると、連れて歩くのは、このくらいの彼女は必要だからね。今夜、早速食事に行こうよ。鶴崎なんかでは行けないようなレストランに招待するからさ。」


女を飾りでしか見ていないタイプね……ヤバい!この男のプライドを壊したいっ!ウズウズするっ!

肩から源の手を外し、極上のお嬢様笑顔で応える。


「ふふ、私と貴方は不釣り合いですわ♪」

「そんな事無いよ。君くらいのスペックなら、大丈夫だ。」

「あら、ごめんなさい。英語だけでなく、日本語も不自由なのね。簡単な英語さえも分からないようなお馬鹿さんとは、付き合う気になれないのよね~♪」


それを聞いた源は、顔を真っ赤にして、怒り心頭に立ち上がった!


「何だと?!ちょっと優しくすれば、調子に乗りやがって!」

「あら、つい本音が♪」

「ふざけんな!」


源が拳を降り下ろして来た!

言う通りにならなければ、ドメスティックバイオレンスか……最低な男ね……潜入中だし、公務執行妨害は避けた方が無難かしら……


拳を受け流そうとすると、グイッ!とキャリアくんに肩を抱き寄せられた。キャリアくんは、もう片方の手で源の腕を掴みながら、睨み付けている。


「俺の彼女に手を出すな……」


ギリギリと源を掴んでいる手に、力が入る。


「いてて!わ、分かったよ!手を離せ!」

「二度と彼女に近付かないと約束するか?」

「す、するからっ!」


キャリアくんが、パッ!と手を離した瞬間、源は、サッ!と私達から離れて行く。


「何だよ!こんな性格の悪い女、お前にくれてやる!二度と俺に近づくな!」


捨て台詞を吐いて、源は集団と共に去って行った。


「最低な男ね。そもそも、くれてやるって言葉の使い方が可笑しいでしょ。」

「まぁな。同じ高校だったけど、何処かの社長の息子らしくて、何かと煩かったんだ。大学の志望校にアイツが落ちて、俺が受かったから、余計にな。」

「そうなのね。」

「しかし、お嬢はドSだったのか……やけにイキイキしてたな。」

「はぁ?それ、今、気にする事?それより、いつまで抱き締めてるのよ!」

「バレたか。」

「当たり前でしょ!」

「まぁ、スッキリしたよ。すぐに施設へ苦情が行くから、高校時代は何も言い返せなかったしな。」


キャリアくんは、私の頭を軽くポン!として、立ち上がった。




 「松浦さん!見たわよ♪憧れの頭ポン!されてたわね♪」


昼休憩が終わって私を待っていたのは、受付のお姉様達の好奇心だった。


「えっと……頭ポンですかぁ?」

「そうよ!壁ドンに続く、頭ポンにバックハグ!それに、腕ゴールキーパー!女子憧れの、胸キュンシチュエーションじゃない♪」

「はぁ……」


そんな憧れが、あったのね……


「大胆に抱き合ってるラブラブなカップルがいると思ったら、松浦さんだもの!」


いや……抱き寄せられただけで、抱き合ってはいません……


「もう、床ドンまでされてたりして♪」


床ドン……って、何?


「ねぇねぇ、いつから付き合ってるの?どっちから告白したの?」


こうして潜入捜査終了まで、お姉様達の好奇心に晒される日々を送る羽目になってしまった。


もう少し、日本の女の子の勉強をする必要があるわね……



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