第2話・キャバクラ潜入開始!
翌日は珍しく長い髪の毛を巻いて、朝から気合いを入れた。どうせ仕事中は結ぶからあまり関係無いけど、キャリアくんに対抗する為の気持ちの問題だ。
「よしっ!準備万端!行くぞ!」
戦地に向かうくらいの気合いで庁舎に入ると、人だかりが目に入ってきた。ってか、女性だらけね……
「鶴崎さん!今度お食事でもいかがですか♪」
「合コンしましょうよ!」
「キャリアなんて凄~い♪」
キャリアくんの取り巻きね……朝からテンション下がるわぁ……
と、思いつつ、お嬢様笑顔を作り直して、人だかりへご挨拶する。
「皆様、おはようございま~す♪」
「あっ!杏奈さん、おはようございます!」
キャリアくんが、ラッキーとばかりに、爽やかな仮面の笑顔を向けてきた。
げっ!絶対にお誘いの断りに使われるっ!
「ごゆっくり~♪」
極上のお嬢様笑顔を向けて、足早にエレベーターへ乗り込み、閉ボタンを連打!
「待って下さい!僕も乗ります!」
早く閉まれ~!
願いが通じて、キャリアくんが飛び乗る前にシャットアウト!
「ふぅ、助かった♪」
「何が助かったのですか?」
「えっ?!」
再び扉が開いて見えたのは、爽やかとは程遠い腹黒笑顔のキャリアくん……
「知らなかった?動き出す前に外のボタンを押すと、もう一回、扉が開くんだよね。」
「そ、それくらい知ってるわよ!」
もうっ!せめて誰か乗って来いっ!
そんな私の希望を無視して、キャリアくんと二人きりのエレベーターが、昇上し始めた。
刑事部のフロアに着いて、ドアを開けながらみんなにお嬢様笑顔でご挨拶。
「おはようございま~す♪」
「見事な切り替えだな……」
う、煩いっ!
背後からボソッと聞こえてきたキャリアくんの声に、お嬢様笑顔が引き吊りそうになる。
「おはようございます!」
キャリアくんも、爽やかな仮面笑顔でご挨拶。
ってか、人の事を言えないくらい、見事な切り替えね……
と、思いきや、キャリアくんが河猪課長のところへ歩み寄って行った。
「課長、バディの件ですが、杏奈さんでお願いします。」
ぶっ!
デスクに座って口につけたコーヒーを、思わず吹き出しそうになる。
絶対、みんなの前だと断らないと思って言ったわね!その手に乗ってたまるかっ!
「松浦はどうだ?」
課長に話を振られて、お嬢様笑顔を返す。
「私には役不足かと思いますぅ~。他の課からの応援要請も多いですし、経験を積むのなら、他の方が最適かと~♪」
お願い!課長!断って~!
「そうだな。他の課との捜査も多い松浦なら、ウチ以外の現場も経験出来るな。」
えぇ~?!そうきたか……
「という訳で、松浦、よろしくな。早速で悪いが、生活保安課から潜入捜査の応援要請が来てるんだ。二人で行ってくれるか?」
決定なのね……
「分かりました……では拓海さん、行きましょうか♪」
「はい、ご指導よろしくお願いします♪」
ニコッと仮面同士の笑顔を向けながら、二人で刑事部を後にした。
「もう!何で私なのよ!」
廊下に出て、速攻でキャリアくんに抗議!
「決まってるだろ。バディなら仕事終わる時間が一緒だからだよ。」
「風呂か!風呂の為かっ!」
「と~ぜん♪」
はぁ……やっぱりね……
「まっ、俺も長くは居ないし、よろしくな。」
「とっとと出世して、居なくなってくれないかしら……」
「そう願いたいね。出世のご協力よろしく~♪」
生活安全部へ行くと、待ち構えていた生活保安課の藤沢さんから熱烈な歓迎を受けた。生活安全部には、ほのぼのとした部名からは程遠い、イカツイ顔ぶれが揃っている。まぁ、捜査内容も非行少年対策やストーカー、風俗、銃の取り締まりやら、ごっつい内容よね……
「杏奈ちゃん、待ってたよ~!」
「藤沢さん、遅くなりまして申し訳ありませ~ん♪」
「いいの!いいの!こっちが無理言ってるんだからね♪」
藤沢さんに促されて、席へ座る。
「早速だけど、概要を説明するね。今回お願いしたいのは“牡丹”って名前のキャバクラの潜入なんだけど、お金に困ってる娘に売春を斡旋してるって情報が入ってね。」
「その証拠を掴めばいいのですかぁ?」
「その通り!ウチの女性はキャバクラで働ける年齢を過ぎてるからさ!クラブのママならいけそうなんだけど。」
「私も無理がありそうですが……」
「大丈夫!杏奈ちゃんなら、年令詐称すればいけるよ!ボーイとして捜査員を潜入させてるんだけど、店の娘達までは調べが難しくてね。出来れば目を付けてる客の方もお願い!」
う~ん……あまり乗る気がしないわね……
いや、まてよ!これを受ければキャリアくんと帰宅時間が被らないじゃない♪
「藤沢さん、分かりましたぁ~!頑張りますね♪」
「ありがとう!恩に着るよ!」
ふっ、ふっ!キャリアくんよ!風呂に困れ!滝に打たれて来いっ♪
早速、潜入先のキャバクラ・牡丹の面接に向かい、お金に困っている偽のエピソードを披露する。店長である池田に気に入られて、速攻でバイトが決まり、ドレスを貸すからって事で、その日から働く事になった。
お客から聞いた話は、他人に漏らしてはいけないなど、色々とレクチャーを受け、キャバ嬢ドレスに身を包む。下準備が不十分なままの潜入になったので、ボーイの捜査員とコソッと打合せた。
「杏奈ちゃん、今日は様子見でいいってさ。買いらしき客が来たら、鼻を触って合図するね。」
「分かりましたぁ~♪」
キャバクラの新人のする事は、センパイのヘルプが主な仕事だ。笑顔を絶やさず、お酒を作ったり、グラスの水滴を拭いたり、お手洗いの後はおしぼりを用意したりと、意外に気を遣う仕事だ。それをこなしながら、お客さんが入ってくる度に、ボーイの捜査員に目を向けないといけない。
これは疲れるわね……キャバ嬢を尊敬するわ……
そんな事を思っている時、入って来た客を見た捜査員が、鼻を触って合図してきた。高そうなスーツを着たメタボな狸親父だ。出迎えた池田店長がすかさず、私を見ながら狸親父に耳打ちをしている。
お金に困った娘が入ったと、報告しているわね……
「アンナちゃん、ご指名です。」
池田店長直々にボックスシートへ案内されて、先ずは自己紹介だ。
「初めまして、アンナと申します♪ご指名ありがとうございま~す♪」
「アンナちゃんね!可愛いね~♪」
うわっ!脂ギッシュな狸親父じゃない!ある程度体を鍛えている警官に囲まれてるせいか、かなり抵抗感があるわ……
これは仕事、仕事……
ここは我慢、我慢……
「失礼しま~す♪」
極上のお嬢様笑顔を向けながら、可能な限りの距離を置いて席につく。
「ん♪何だか距離が遠いけど、気のせいかな♪」
気のせいではありません……
「すみません、今日が初めてなもので、よく分からなくてぇ♪」
「もしかして、こ~ゆ~お店自体が初めて?」
「はい、そうなんですぅ♪だから、まだ名刺も無くて……」
「うん、うん。初々しいね~♪」
あれ?意外に好感触?
「アンナちゃんは、何でここで働こうと思ったの?」
「色々と物入りなのでぇ♪」
「あれ?早速おねだりかな♪」
「いえ!そんなつもりで言ったのでは……」
「デビュー記念に何かプレゼントするよ♪欲しいものはバッグ?時計?それとも服?」
「うん……お客さん優しそうだから、お話を聞いて貰おうかなぁ♪」
「何なに?」
ちょっと神妙な顔をして、俯き加減にポツリと語り始める。
「昼はOLをやっているのですが、生活費に弟の学費が重なってしまいまして……」
「えっ?親御さんは?」
「去年、二人とも事故で……」
「そうなんだ……」
「貯金で何とかしてきたのですが、底を尽きちゃって……こんな話をごめんなさいっ♪」
「そっか……じゃぁ、もっと割りのいいバイトを紹介しようか?」
そう言いながら狸親父が手を握ってきたっ!キモッ!
が、頑張れ!杏奈!耐えるのよ!
「ふふ!お客さんの手は、何となく亡くなった父に似ていますぅ♪」
ダンディーなパパからは、程遠いけどね……
笑みを向けながら握られた手を外し、怪しまれないよう、わざと手のひらを見るように触る。
「すみません、懐かしくて……馴れ馴れしかったですね♪」
さりげなく狸親父の手を、狸親父の膝の上に戻す。
ってか、今すぐに手を洗いたいっ!おしぼり使ったら駄目よね……
「ところで割りのいいバイトって、何ですかぁ♪」
「う~ん……店が終わった後、時間ある?」
「今日は弟が、お迎えに来てくれるのですぅ。」
「そんな事言って、血の繋がって無いツバメって名前の弟だったりして……」
「違いますよぉ♪でも、週末は合宿に行くって言っていましたので、時間が取れると思いますぅ♪」
「そうか、そうか!なら池田店長にも話を通しておくよ。」
「ありがとうございますぅ♪」
ふと、こちらを伺っている娘に気付いた。何となく怯えているようにも見える。それから私はチェンジになり、怯えている娘と交替した。
ちょっとチェックしておこうかしら……
すぐにお手洗いに入って、手を洗う。その時に入って来た、店ナンバーワンのじゅりあ先輩に、それとなく名前を聞いてみた。
「じゅりあセンパイ……さっきチェンジされたのですけど、私の替わりに入った娘、名前は何ですか?」
「あぁ、レイナね。でもチェンジされて良かったかもよ。」
「えっ?ど~ゆ~事ですかぁ?」
「ここだけの話、あの沢木って客とアフター行った娘は、ウリをさせられるみたいよ。」
「本当ですかぁ~?」
「あくまで噂だけどね。アフター行った娘はすぐに辞めちゃうから、ハッキリとは知らないけどね。アンナも気をつけなさい。」
成る程……店の女の子達は噂しか知らないと……
「じゅりあ先輩、ありがとうございますぅ!気を付けま~す♪」
さっきのレイナって娘、噂を聞いてるから本当は断りたいのかも……沢木とアフター行くようなら、明日にでも様子を聞いてみようかしら……
そう思いながら、今日の潜入捜査は終了した。
「さて、レイナちゃんもアフター行ったし、生活保安課に報告しておきますか♪」
捜査員の誰かが、店の近くまでお迎えに来てる筈……
はっ!
覆面パトに凭れている人を見た瞬間、回れ右っ!
「お~い!お嬢様は目まで悪くなったか?」
はぁ……何でキャリアくんがお迎えに来てるのよ……
後ろから声を掛けられ、渋々車へ乗り込んだ。
「河猪課長から、直帰の許可貰ってるぞ。」
「あっ、そう。私は生活保安課に報告があるから、庁舎で降ろしてくれる?」
「報告?明日でもいいんじゃ無いのか?」
「気になる事はすぐに報告しておきたいのよ。」
「ふ~ん……分かった。お嬢様は意外と仕事熱心なんだな。」
「キャリアくんよりはね。」
生活保安課へ行って、キャバクラのじゅりあ先輩から聞いた沢木という狸親父の噂、その狸親父に週末誘われた事、レイナって娘が狸親父とアフターに行った事を報告して、帰宅の途に着く。
あれ?正面入り口に居るのって、キャリアくん?
キャリアくんは私の姿を見つけると、すぐに寄って来た。
「もう報告は終わったか?」
「終わったけど……」
「マンションまで送るよ。」
「もう夜中の一時になるのよ!こんな時間からシャワーなの?!」
「いや、今日は庁舎のシャワーを浴びた。」
「じゃぁ、何で?」
「お嬢様のその格好、襲ってくれって言ってるようなものだけど……」
はっ!そうだ!キャバクラから借りたドレスのままだった!
キャリアくんはサッ!とさりげなく、私の着替えが入った紙袋を持って歩き出す。
神業過ぎる速さだわ……これはモテるのも頷けるわね……
仕方なく、二人で同じ方向へ向かって歩き出した。
「キャリアくんは、意外とフェミニストなのね。」
「俺は女性には優しい生き物だ。」
「ふ~ん……私には随分冷たいけどね。」
「何だよ、ヤキモチか?」
「はぃ?誰が誰に対してヤキモチ焼くの?」
「それは無いか。」
「もし本当にそう思うナルシストなら、鏡見て出直して来いって言うところだったわ。」
「勘違いしなかった常識人の自分を、褒めておくよ。」
くだらない話をしている間にマンションへ到着し、キャリアくんはそのまま帰って行った。