第3話・キャバ嬢殺人事件
翌朝、しつこいスマホの着信で目が覚めた。時計を見ると、まだ早朝5時だ。
「ったくもう……昨夜は遅かったのに……」
スマホ画面に表示されている着信相手を確認してみる。
って、捜査二課からじゃない!
急いで通話ボタンを押した。
「はい!松浦です!」
──「河猪だ。悪いけど今から臨場行けるか?」
えっ?捜査一課では無くて、私に殺人現場?
「大丈夫ですが……場所は何処ですか?」
──「中里公園だ。ガイシャは、昨日、松浦が潜入した牡丹というキャバクラの従業員らしい。顔が分かる松浦に、確認して欲しいそうだ。」
「分かりました!」
通話を切った後、急いで顔を洗い、化粧をする。
まつ毛エクステしておいて良かった~!こんな時、付けまつ毛する時間なんて無いものね♪って今日は、ハイヒール封印ね……タクシー、すぐに捕まるかしら……
ジャケットを羽織りながらマンションのエントランスを出ると、見慣れない一台のバイクが停まっているのが見えた。
「お嬢!乗れ!直接現場へ行くぞ!」
「……えっ?キャリアくん?」
「いいからこれを被れ!」
ポン!と、ヘルメットを投げられる。
「わ、分かった!」
急いでヘルメットを被り、キャリアくんの後ろに飛び乗った。
「しっかり掴まっとけよ!」
「了解!」
バイクは急発進して、朝の街を駆け抜けていく。
このヘルメットって、どう見ても女性用の色使いよね……という事は、彼女さんの物か……
そんな事を考えているうちに、現場の公園入り口に、バイクは停まった。
「お疲れ様です。」
警察手帳は無かったけど、事前に連絡が入っていたのか、捜査一課の八橋さんがすぐに規制テープの中へ入れてくれた。現場にはすでに鑑識課の菖蒲さん達も到着している。
「杏奈ちゃん、朝早くからごめんね~!」
「八橋さん、大丈夫ですよぉ~♪それよりガイシャは……」
「背中と腹を一突きずつだ。恐らく出血性ショックだろう。この女性に見覚えは?」
遺体に掛けられたブルーシートを前に両手を合わせると、八橋さんがシートを捲る。ガイシャの顔を見て、ハッとした。
「レイナ……」
「やっぱ牡丹の子?」
「はい……昨夜は、沢木という常連客とアフターに行った筈です。」
「沢木の連絡先や身元は分かる?」
「いえ……池田という店長なら分かると思います。」
「ありがとう、後はこっちで調べるよ。また後で協力よろしく。」
「はい……」
昨日まで元気に生きていた人が、突然居なくなる……パパとママも事故で突然……
急に込み上げてきたものを抑えるよう、現場を早足で立ち去った。
「お嬢様は、血が苦手なのか?顔色が悪いぞ。」
ベンチへ座り込んだ私に、キャリアくんが、からかうように尋ねてきた。だけど、相手にする元気も無い。
「別に……寝不足なだけ……」
「そっか……何か飲み物を買って来るよ。」
何かを悟ったのか、キャリアくんはそれ以上からかう事なく、公園の外へ走って行った。
捜査二課へ出勤して一息つくと、鹿野さんが資料をデスクの上に置いてくれた。
「松浦さん、頼まれてた店のリストじゃ。」
「うわっ!思った以上に多いですね~!」
「ご希望通り、被害届があった全部のカードを、5年遡ったけぇのぉ。」
カード詐欺事件の捜査で、実態の無い店からの請求があったという被害届を複数受け、被害者がカードを利用したお店を全部、調べて貰ったのだ。しかも、実態の無い店は巧妙に隠されていて、各カード会社でも調査は難しいらしい。そこで、被害者の共通点を探る事にしたのだ。
「何か手伝っちゃろうか?」
「頼もしいバディがいるから、大丈夫です!ありがとうございますぅ♪」
お嬢様の笑顔で鹿野さんにお礼を言いながら、キャリアくんに向き直る。
「拓海くん、手伝いをお願いっ♪」
ピクッ!
明らかに仮面の笑顔が引きつったわね……
「杏奈さんのお手伝いなら、いつでも♪」
「助かるわ~♪」
絶対、面倒くさいって思ってるわよね……
だけど逃してやるものか!私をバディに選んだ事を、後悔させてやるっ♪
早速、二人で打ち合わせデスクに移動して、パソコンと貰ったばかりの資料を置く。
「今はカード会社別になってるの。印がついているのが、実態の無い店で被害届が出ている利用歴ね。被害者の共通点を探る為に……」
あれ?この牡丹って店、昨日のキャバクラかも……ここは被害届の対象ではないけど、被害はその後ね……
「ん?杏奈さん、どうかしましたか?」
「……」
他の人は……この人はキャバクラ利用は無い……この人も……勘違いか……
リストを見ながら、7人目を見た時だ。
あった!キャバクラ牡丹だ!しかも、被害届が出ている店は、牡丹を利用した後じゃない!
「杏奈さん?」
「ちょっと静かに……」
「……」
もし、キャバクラの経営者が他にも店を持っていたら……それが共通点になる!
「拓海くん!資料の中から、この牡丹という店だけに印をつけて!私は生活保安課に行ってくるわ!」
「分かりました。」
資料をキャリアくんに押し付けて、生活安全部のフロアへ向かう。ドアを開けると同時に、生活保安課の藤沢さんに飛びついた!
「藤沢さん!昨日の店の経営者は?他の店舗は?」
「うわっ!杏奈ちゃん、いきなりびっくりしたよ!ってか、杏奈ちゃんまでどうしたの?」
「私まで?」
「さっきは捜査一課が牡丹について調べた事を全部よこせ!って来たよ。」
今朝の事件の関連ね……
「そうそう。帳場が立つから、杏奈ちゃんも呼ばれるかもな。俺も出るからよろしくな。」
「それより、同じ経営者の他の店舗を教えて下さい!過去の店舗も含めて!」
「どうしようかな~。一回デートで一件ずつ……」
これは駄目ね……仕方ない……極上のお嬢様笑みと上目使いで対抗を試みる。
「藤沢さん……お願い~♪」
「うっ……」
もう一息!
「また何かあったら、協力しますからぁ~♪」
「それなら……」
「やったぁ!流石は藤沢さん!頼りになりますね~♪」
「そ、そう♪」
よっしゃ~!心の中でガッツポーズ!
捜査二課へ戻ると、すぐにキャリアくんから報告が入る。
「杏奈さん、牡丹という店は、7人が利用していました。残りは、該当していません。中心部の繁華街だけだし、そのくらいの該当はいてもおかしくは無さそうですね。」
「ふっ、ふっ!まだまだあるわよ~♪今度はこの資料に載っている全店舗のチェックをよろしくね♪」
「こ、これ、全部?」
「そうよ♪拓海くん、頼りになりますね~♪」
「……喜んでお手伝いします♪」
絶対喜んで無いわよね……腹黒い笑みが溢れているわよ……
お返しとばかりに、極上のお嬢様笑みを浮かべながら店舗のチェックを進めていくと、そのうち、規則性が見えて来た。
「被害届が出ている利用歴は、この経営者の飲食店を利用した後みたいね……」
「そうですね……飲食店でカードのデータを盗み出して、後日、実態の無い店舗で利用した事にする……カード会社からお金が振り込まれた後、バレる前にカード会社と契約解除してドロン……」
「売春の元締めもしてるかも……お金に困ってる娘は歓迎って感じだったわ……」
キャリアくんが、真面目な顔をしながら声を潜めた。
「……なぁ、潜入は止めた方がいいんじゃぁ無いか?」
「どうして?」
「今朝の娘みたいに殺されるぞ。」
「何言ってるのよ。こんな絶好の機会を逃す訳無いじゃない。」
「危険過ぎると言ってるんだ!」
「他の捜査員もいるのよ。外には張り込みもしているし、簡単には殺られないわ。」
「その自信が命取りになる事だってあるんだ!俺は反対だ!」
そう言って、キャリアくんは黙り込んでしまった。
昼からは、殺人の合同捜査本部に召集された。捜査一課の八橋さんが部長に事件の概要を説明している。
「……早朝4時頃、新聞配達員が販売所へ戻る為に、近道の中里公園を横切ったところ、遺体を発見。ガイシャの名前は、橋下麗奈。キャバクラ牡丹の従業員で、捜査二課の松浦さんによると、昨夜は常連客の沢木とアフターに出ています。」
「沢木のアリバイは?」
「店を午前0時頃に出て、ガイシャと二人で寿司屋に行き、寿司屋でサラリーマン風の男と合流しています。ガイシャとサラリーマン風の男が先に店を出て、沢木は寿司屋で暫く飲んだ後、帰宅しています。男とは面識が無く、名前も知らないとの事です。」
絶対、売春の斡旋ね……
「ところで、捜査二課が何をしてたんだ?」
部長から話を振られたところで、生活保安課の藤沢さんが立ち上がった。
「牡丹では、以前から店の女の子に売春をさせている情報があり、捜査二課の松浦さんに潜入して貰いました。」
「潜入捜査は中止とする。」
「待って下さい!」
部長の言葉に、思わず立ち上がった。
「この店の経営者は、カード詐欺の疑いもあります。それと、今回の殺人は、売春がらみの可能性が高いです。正面から踏み込んで被疑者だけを逮捕しても、全貌を隠される可能性もあります。どうか、潜入を続けさせて下さい。」
「しかし、今回は殺人だ。危険な潜入は必要無い。」
「週末には、沢木とアフターに行く約束を、取り付けてあります!」
「益々危険すぎるだろ。警官が殺されては、今後の捜査にも支障が出る。」
無理か……せっかくカード被害者の接点が見つかったのに……
「絶対に松浦さんに危険が及ばないようにしますので、潜入捜査の継続をお願いします!」
藤沢さんや河猪課長が私を援護してくれ、殺人の捜査をメインにする事で、渋々ながら部長と捜査一課は、潜入捜査を承諾してくれた。




