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第百七話 氷山に封じられし者!

「こいつは……!」


 もはや「立つ」と言うよりは「建つ」とでも言いたくなるような巨体だった。

 蝿の群れが作りだしていた怪物の影よりも、さらに大きいぐらいかもしれない。

 ここから相当離れた場所に立っているだろうに、あまりにも大きいためすぐ近くにいるかのように錯覚してしまう。

 巨大という言葉がこれほど似合う存在を、私は初めて見た。

 その圧倒的な迫力に、今にも押しつぶされてしまいそうだ。

 呼吸が浅くなり、心臓が早鐘を打つ。


 分厚い氷に封じ込められたその人型は、間違いなく魔族のものであった。

 鎧を思わせる黒々とした外皮。

 ねじれて天を刺す三本の角。

 関節の部分で筋肉がむき出しとなった、虫を思わせる造りの手足。

 そのどれもがまがまがしく、邪悪を体現しているかのよう。

 さっきから感じていた異様なほどの瘴気は、たぶんこいつが発生源だろう。

 吹き抜ける寒風に乗って、背筋がざわめくようなそれがこちらへ流れてくる。


「魔王だ……これは、魔王の身体だッ!」

「……ホントに?」

「実際に見たことはないから、確証はない。だが……こんなに邪悪なのは、魔王以外にありえんぞ!」

「でも、魔王って伝説じゃこんなに大きくはないはずよ?」

 

 魔王の身体が大きいという話は、勇者伝説のどこにも残されてはいない。

 むしろ、伝説の内容を見ている限りだと人間とほとんど変わらないぐらいの体格のはずだ。

 例えば「勇者と魔王は一昼夜切り結んだ」とか言われているが、こんな山のような相手では切り結ぶなんてこと出来るはずがない。

 

「高位の魔族の中には、魔法で姿を変えている者も多いと聞く。魔王もその類だったのだろう。これほど体が大きくては、不便なことも多いだろうからな」

「確かに、そんな話は私も聞いたことあるわ。魔王はいくつもの姿を持っていたって。でも……まさかね」

「私だって信じられないさ。だが、これはこれで都合が良かったかもしれん」

「どうして?」

『そうなのですよ、魔王ですよ!』


 私と精霊さんが揃って聞き返すと、ディアナは魔王の巨体を指さした。

 そして、意外なほど余裕のある声色で言う。


「見ろ、さっきからピクリとも動いていないだろう? どうやら奴は、死んでいるかあの氷で完全に身動きが取れないようだ」

「言われてみれば……そうね」

「動けないならば、魔王とて恐れることはないだろう?」

「……なるほど、その通りだわ」


 ディアナにしてはごもっともな意見だ。

 そうよね、何もしてこないのであれば……たとえ魔王だってそこらの山と変わらない。

 ちょっとどころじゃないぐらい、趣味が悪いけれどね。

 ま、まあとにかく……心配し過ぎは良くないか。

 深呼吸をして、何とか動揺した心と身体を落ち着かせる。

 スーハー、スーハー……。


「ふう。そういうことならさ、一つ確認しておかないといけないわね」

「何をだ?」

「あいつがほんとに動かないかってことよ! それが分からないと、私たち安心して休むことすらできないわ! あんなのに襲われたら、ひとたまりもないからねッ!」

「うむ、それは大事だな」

『ちょっと待つのです! それってつまり……あいつに近づくってことです!?』


 頭が痛くなるような念話。

 耳で聞いているわけではないのに、思わず手で抑えてしまう。

 あー、もうッ!

 頭がキーンッてしたじゃないッ!

 すぐさま剣の鞘をコツンッと叩いて抗議する。


「ちょっと、いきなりそんな大声出さないでよ!」

『だって! あれに近づくなんて、恐ろしいのですよーー!』

「いま言ったではないか。奴は死んでいるか、身動きの取れない状態だと」

『だったら、別に近づいて確認することもないのですよ』

「それでも万が一ってことがあるでしょ? 近づいて安全確認をしておけば、後でおびえなくてすむわ」

『それはそうなのですけど……』


 頭では分かっているのだろうけど、どうしても恐怖感をぬぐい切れないらしい精霊さん。

 まあ無理もない、猛獣の口に飛び込んでいくようなもんだからね。

 安全と言われたって、よっぽど神経の図太い人間でなきゃ無理だ。

 ……って、それだと私が図太い人になっちゃうじゃない!

 訂正、よっぽど「理性的な人間」でなきゃ無理だわ。


「とにかく行きましょ、ここでグダグダしていたって始まらないわ」

「ああ。お迎えも来たようだしな」

「おっと、そうみたいね!」


 私たちの周囲に転がっている岩。

 その向こうに、わずかにだが影のようなものがちらついた。

 それも一つではない。

 同時に複数の影が、白銀の上を走る。

 かなり素早いうえに、こちらに動きを悟られないようにする知恵もあるわね。

 私とディアナは互いに目配せをすると、サッと剣を構える。

 そして――


「出てきなさい! 何だか知らないけど、相手するわよ!」

「貴様らの居場所など、とうに分かっているぞ!」


 威勢のいい声と共に、ディアナが大きな石を投げる。

 岩の向こうへと飛んだ石は、たちまちボフンッと布団でも叩いたような音を響かせた。

 直後、野太い雄叫びが轟く。

 やがて雪煙を巻き上げながら、五体の獣が姿を現した。

 いずれも二足歩行で、分厚い毛皮に覆われてこそいるが人型に近い。

 手や足が身体に対してやけに大きく、顔は三枚目の猿みたいだ。


「こいつら……雪男ってやつ?」

「恐らくな」

「グオオッ!」

「ち、いきなり来たわね!」


 一斉に跳びかかってくる獣。

 雪を巻き上げて、巨体がいとも軽々と浮かび上がる。

 なんて跳躍力ッ!

 グーンと小さくなった獣たちの姿に、私とディアナは揃って目を剥く。

 この分だと、筋力も生半可なもんじゃなさそうだ。


「グッ!」


 拳を剣で受け止める。

 途端に上体がのけ反ってしまうほどの衝撃が襲って来た。

 予想していた通り、一撃の重さが半端じゃない!


「シース! 大丈夫か!」

「何とかね! でも……!」


 気が付けば、獣の数はさらに増えていた。

 ひい、ふう、みい……いっぱい!

 すぐにはちょっと数えきれないぐらいの数が、私たちを取り囲んでいる。

 こいつらの巣穴か何かが近くにあったらしく、時間を追うごとにドンドン増援がやってきたようだ。

 私とディアナは互いに背中を預けると、声を潜めて話す。


「どうする?」

「こうなったら逃げるしかないわね。二人で突っ込めば、一体は押し倒せるはずよ」

「だが、追いかけてくるんじゃないか?」

「その時は……リスクはあるけど、いいアイデアがあるわ」


 そう言うと、私は洞窟から階層の奥に向かって下る斜面を見た。

 ちょっとなだらか過ぎる気もするけど……これなら行けそうね。

 私は獣どもが倒れる姿を想像すると、スッと目を細めるのだった――。


最弱骨少女は進化したい!の第一巻が、とうとう2月15日に発売されました!

詳細は活動報告にありますが、この機会にぜひ書籍版もよろしくお願いします!

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