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第百六話 第五階層の入口ッ!

「よいしょっと!」


 腕に力を込めて、下半身を天井の穴から引っ張り上げる。

 やれやれ、身体に肉が付くってのもいいことばっかりじゃないわね。

 埃まみれになってしまった服を払いながら、すぐに下で待っているディアナに向かって手を伸ばす。


「さ、掴んで」

「ああ!」

「んぐッ!?」


 な、何よこの重さは!

 手を掴んだ途端、ずっしりと伝わってくる細身の美女らしからぬ重量感。

 銅像でも引っ張り上げているかのようだ。

 あまり重さにたまらず身体を引っ張られて、危うく穴からスルッと落っこちそうになった。

 どうりで「シースが先に行って引っ張り上げてくれ」なんて、頼むはずだわ。

 これじゃ、デュラハンの脚力をもってしても天井までジャンプできないだろう。


「ディアナ、あんた太った?」

「失礼な! 鎧が重いだけだ、鎧が!」

「鎧が重いって……普段からよくそんなのを着て動いてるわね!」

「ふ、身体の鍛え方が違うのだ」

「それはいいけど……どっこいしょッ!!」


 気合を入れて、やっとの思いで引っ張り上げる。

 ひっくり返った私は、勢いよく穴を抜け出たディアナともども、二人して尻餅をついた。

 

「ふう……。もう少し軽い鎧にしたら? 手が引っこ抜けるかと思ったわよ!」

「そうだな、考えておこう」

「さてと、第五階層への入口は……って、何だかすごい部屋ね」


 薄暗い部屋には、円筒形の水槽がいくつも並べられていた。

 いずれも人が入れるほどの大きさで、中の溶液が不気味に光っている。

 何なのかしら、これ?

 好奇心を駆り立てられた私は、すぐさま近くにあった水槽の中を覗き込んだ。

 すると蛍光色に輝く溶液の向こうに、先ほど見たホムンクルスのようなものが浮いている。

 ただし、サイズは先ほどの物と比べてかなり大きい。

 本物の胎児ぐらいの大きさがある。


「これはまたずいぶんと……。なるほどね、本命は隠し部屋にって訳か」

「こちらも凄いな。人間ではなく、魔族のホムンクルスまで作ろうとしていたようだ」

「この調子だと、どこかに完成体が居たとしてもおかしくはないわね……」


 研究室の異様さに圧倒されながらも、奥へ奥へと進んでいく。

 やがて突き当りへと達すると、壁に大きな穴が開いていた。

 恐る恐る覗き込んでみれば、下に向かって長い階段が伸びている。

 なるほど、ここの壁は二重になっていたのか!

 それで、内側と外側の間を螺旋階段が走ってたって訳ね。

 まったく、手の込んだ造りなことで。

 下へ行かれるのが、そんなに嫌なのかしらねえ……。


「行きましょ。たぶん、建物の構造からしてここから地下へ繋がっているはずよ」

「そうだな。吹き上げてくる風が湿っている」

『よーし、急ぐのですよ!』


 研究室に後ろ髪を引かれる思いになりながらも、穴を潜って階段を降りる。

 ゆるゆると円を描きながら、底知れぬ闇の果てに向かって。

 奥から吹き上げてくる風は、第四階層の灼熱地獄とは打って変わって異様なほど冷たい。

 さらにその中には、どこか黒くべったりとしたものがあって、何とはなしに嫌な気分になる。

 これは……瘴気だろうか。

 微かにしか漂ってはこないが、純度が半端ではない。


『シース、何かヤバそうなのです……!』

「あんたこういうの苦手そうだけど、大丈夫?」

『この剣に入っていれば平気なのですよー。シースたちの方こそ、直接晒されて身体は持つのです?』

「平気よ、この身体は上級の不死族だし。肉体的にはむしろ活性化してるぐらいなんじゃない? 気持ちとしては最悪だけど」

「ううむ、量こそ少ないがこの瘴気……。間違いなく、奥に何かあるな」


 眉を寄せて、ひどいしかめっ面をするディアナ。

 どうやら、本能レベルで危険なものを感じ取っているらしい。

 いつもは姿勢が良いのに、心なしか猫背になっている。


「どうやら第五階層は、ちょっと危なそうな雰囲気かしら」

「この調子だと、次が最深部かもしれんな」

「最深部か……。もしかしたら、魔王がいるのかもしれないのよね」

「ううーむ、私としては信じられないのだがな」

『そうなのですよー。フェイルは間違いなく魔王を倒したと思うのです』

「ま、あくまで可能性の話だからね。でも、用心に越したことはないわ。魔王は居なくても、邪神は居るかもしれないしね?」


 私が少し怖い顔をして脅かすと、ディアナの顔色がみるみる悪くなった。

 口から微かにだけど「きゃ!」って悲鳴が聞こえたような気がする。

 ったく、変なところで可愛らしい――じゃなくて、怖がりなんだから!

 魔王や邪神が怖くて、ダンジョン攻略なんてやってられますかっての。

 ……ま、まあ目の前にしたらさすがの私もちょっとぐらいはビビるかもしれないけどさ。


「お、階段が終わったわね」

「ここからは洞窟か。これはまた、見事なものだ」


 石壁に囲まれた人工的な通路を抜けると、そこは天然の鍾乳洞になっていた。

 天井にはつららのような石柱が生えそろい、その先から次々と水が滴り落ちている。

 その下には石で区切られた無数の水たまりがあって、ぽつぽつと心地よい音を響かせていた。

 それにつられて手を伸ばしてみれば――


「つめたッ!!」


 予想だにしない水の冷たさに、思わず手を引いて跳び上がる。

 溶岩の海からそんなに離れていないというのに、信じられない温度だ。

 氷が浮いていてもおかしくないぐらいに感じる。

 さすがはダンジョン、常識では全く推し量れないわね……!


「この冷たさだと、下はかなり寒いのかも」

「寒いのはあまり得意ではないのだがな……」

「そうなの?」

「私の故郷は暖かかったからな。うう、今から憂鬱だ」


 ブルブルッと身を震わせるディアナ。

 やや歩みの遅い彼女を引っ張りながら、坂になっている洞窟をゆるゆると進んでいく。

 次第に増していく寒さに、私まで体が震えて来た。

 ああ、寒い! 

 寒いッ!!

 袋にすっかり仕舞い込んでいたラーゼンの毛皮を持ち出してなお、寒気が容赦なく身を貫く。


「ディ、ディアナ! 二人で一緒に歩きましょ!」

「そうだな! 不死族同士、平熱は低いが……それでもマシだ!」


 互いに身を寄せ合う二人。

 それでもなお先に進むと、いよいよ壁や天井に氷が張り始めた。

 さっきまではつららみたいな石柱が並んでいたけど、今度は本物のつららだ。

 そのどれもが半端なく透き通っているのが、この場所の気温の低さを良く表している。

 うう、人間ならとっくの昔に凍死しているわね……!


「なあシース、勇者もこの場所を通ったんだろうか?」

「さあ。日記帳にはベルゼブブと戦う前までのことしか書かれてなかったからね。ベルゼブブが健在だったことを考えると……」

「殺されたということか?」

「……ええ。でも、ベルゼブブの塔に勇者の持ち物はなかったわ。奴だってそれらしきものは持ってなかったし。それにもしあいつが勇者を殺したなら、遺体を研究材料にしてると思うわよ」

「そうだな、あまり想像したくないが」

『うう、フェイルぅ……!』


 苦々しい顔をするディアナに、泣き出しそうな精霊さん。

 無理もない、見ず知らずの私だってそんなこと考えたくないからね。

 でも、勇者の肉体ともなれば、研究すべき点はいくらでもあるのは事実。

 もしそんなものが手に入ったのなら、ベルゼブブのことだから保存の魔法をかけて半永久的に保存していたことだろう。

 私たちが研究室に入った時でも、まだぷかぷかと水槽に浮いていたはずだ。


「日記に書かれた勇者の様子からして、ベルゼブブに負けたのは間違いないと思うわ。恐らくそこで、殺されたんじゃなくて生贄にされたのよ。で、持ち物ごとどこかへ運ばれて何者かに捧げられた。それが――たぶんだけど魔王ってわけね」

「なるほど筋が通っているな。……お、出口だッ!」


 道の先に、微かに見えた光。

 寒さから解放されるべく、私とディアナはそれに向かって一気に駈けだした。

 やがて私たちの視界に飛び込んできたのは――


「あ、ああ……ッ!」

「こいつは……ッ! まさか、本当に……ッ!!」

『そ、そんなッ!』


 氷漬けにされた、途方もなく巨大な魔族の姿だった――。


いよいよ、物語も核心に迫ってきました!

次回にご期待ください!

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