237話
一合、二合と剣撃が起こる。
一つ、二つと受け流す。
アレクは自分の行動が不可解だった。
防御している。
受け止め、受け流し、あるいは剣自体を攻撃し、身を――命を守っている。
ただ立ったままやられれば、それで済むはずだった。
いや、本来は立ち上がる必要さえ、なかったはずなのだ。
それなのに、抵抗している。
……ひどく中途半端な行動だ。自分で自分が許せない。
死ぬなら、死ね。
それだけが償いだと、そう確信しているはずだろう。
「あんたは人の罪を自分の都合で見逃さなかったはずだろう」
そうだ、特別な保護をしたことは一度もなかった。
罪は償うべきだと考えている。
だから――放火や殺人を行った人には、その人の事情にどれほど共感しても、裁きを受けさせた。国家を敵に回してもどうにかなるし、女王に口添えすることもできたはずなのに、なにもしなかった。するべきではないと、思った。
「だったらあんたも、俺の人生を奪った償いをしろよ、アレク!」
先ほどから、アレクサンダーの言葉には同意しかできない。
たしかにどうしようもなかった。
アレクの魂をアレクサンダーの体に憑依させたのは神様だし、そこにアレクの自由意思はまったくなかった。
いくらでも言い訳できる。
それでも――やったことは、やったことだ。
事情なくして罪を犯す者なんかいない。
たとえば家族を養うためとか、身を守るためとか、生きるためとか――『怒りのあまり』だって事情は事情だ。
だから自分はなんらかのかたちで、人生を奪ってしまった相手に償いをすべきだとアレクは考えている。
法律で裁ける問題ではない。
どうしたらいいかさえわからない。
だから、アレクサンダーから提示された『成り代わる』というのは、適切だと思った。
だというのに――
「なぜ、抵抗する!?」
合数が増えていく。
合わされば合わさるほど激しさを増す剣。
それは、アレクサンダーの攻撃が激しくなっているということで――
同時に、アレクの抵抗もまた激しくなっているということだ。
「命が惜しいだけの保身ほど、格好悪いものはないぞ」
その通りだとアレクはまたしても同意する。
……矛盾のカタマリだ。身勝手で、わがまますぎる行動だ。
誰にも好かれない抵抗だ。
誰からも嫌われる反抗だ。
……自分から行動を起こすのは、だから嫌なんだ。
だって、絶対にからまわる。
しなくていいことしかしない。
やらなくていいほどにやってしまう。
だから――行動するのは、怖かった。
生きていく方法が、わからなくなった。
「今、死ねよ。あきらめて、覚悟決めて、罪を償って、格好よく死ね!」
アレクサンダーの言葉。
同意するしかないような、言葉。
でも。
なにかが、否定をした。
死ぬのは違うと、小さな――必死の叫びが、心のどこかで起こった。
「俺は臆病なあんたより、うまく人生を生きてやる」
ぴたり、と剣が止まる。
そして、アレクサンダーは言う。
見てきたような――見てきたからこそ、確信的な言葉で。
「俺は、知ってるぞ。アレクさん、あんたが異常に自分を鍛え続けたのも、無私のふりしてクランを背負ったのも、宿屋経営なんかして新人冒険者の応援みたいなことをやってるのも、全部あんたが臆病だからだろ?」
「……」
「あんたは失敗が怖かったんだ。だから充分すぎる安全マージンをとり続けた。あんたは嫌われるのが怖かったんだ。だから受け取った、子供だらけで面倒でしかないクランを放り出さなかった。あんたは――夢を持てないことを見透かされるのが、怖かった。だから夢を持つ人を応援して、自分もなにかを夢見てるふりをしていただけだ」
「…………」
「あんたの人生は、全部偽装だよ。精神にひきこもったのも、おおかた、月光さんに言われた言葉があとから響いてきたからじゃないのか? 夢を持てない、人ならざる者――他者の願いを受け取り続けることでしか目標を見出せない、己のない化け物。それが、あんたの正体だ」
「……」
「あんたは『機能』でいることに徹した。感情を出さず、意見を出さず、しつこいぐらいに応援する相手の目標だけを見据えた。だって――あんたの知る、あんたによく似た成功者は、みんな受け身の流され体質だったもんな」
「……俺によく似た、成功者?」
「『古いゲームの主人公』」
「……」
「モチベーションのなさに共感したんだろ? どこに行っても『お使い』があることをうらやんだんだろ? 言われるまま自主性なく機械的に命を懸ける『だけで』英雄になれる連中を素晴らしいと感じたんだろ?」
「……それも、見てきたのか」
「覚えてるだけだよ。あんたにとっては思い出すのも痛々しいことかもしれないけど――あいにく俺は他人だからな。冷静に、冷酷に、あんたのことを評価できる」
「……」
「だからあんたは『主人公』であり続けた――いや、主人公に個性がないゲームをあんたは好んだから、『プレイヤー』であり続けたっていうこと、なんだよな?」
「…………」
「どうせ他人事みたいな人生だったろ?」
「……」
「だったら返せよ。俺に――返せよ」
旧聖剣が突きつけられる。
アレクは、未だに、どうすればいいのかわからない。
だって、相手が正当で、こちらが不当なのだ。
それはもう、何度考えても否定できないぐらいの事実で――だからさっさと死ぬべきで。
死を決意しつつだらだら延命することの、なんと醜いことか。
こんなのはちっとも『主人公』みたいじゃない。
でも。
なにかが、必死で叫び続けている。
心の奥から、かすかに、でも、かれるほどの声で響く、叫び。
アレクは――その叫びを、そのまま口に出した。
「嫌だ」
声は震えている。
自分があんまりにもわがままなことを言っていると理解できているせいで、相手の顔を直視できない。
ここで死ねたら格好いい。
すべての目標を達成して、返すべき人に人生を返す。
そういう覚悟を持った、サッパリした生き方は、本当に格好いいと思う。
でも――
「俺は、死にたくない」
――口から漏れる本音は、格好悪いものばかりだった。
自分の生き汚さに自分でおどろく。
でも――心によぎるものが、あるのだ。
死んだように生きてきた。
どうせなら死ぬべきだと思って――ある男を襲撃した。
『はいいろ』と呼ばれる暗殺者。
その実、どうしようもないおっさん。
妻がいて子供がいる――誰かの家族。
初めて命懸けで過ごす日々。
色々な人と出会って、色々なことをやってきた。
ヨミとも出会った。
それから過ごす時間は、いつも彼女とともにあった。
……最初は男の子だと思っていたけれど。
弟のようだと思っていたけれど――付き合い続けて、ここまで来た。
知り合いがさらに増えて。
家族ができて。
お店を持って。
お客さんが増えて。
……真夏の坂道を思い出す。
いつでも心はあののぼり坂にいた。
きつい勾配。
硬いアスファルトの地面。
身を焼くような、真夏の日差し。
一歩ごとに全力を尽くさなければのぼり切れない。
重い荷物をおろせばどうにかなると思ったけれど、どうにもならなくって――のぼり切った先になにがあるのかは、わからなかった。
でも、あのつらくて虚しいだけの道行きは――
「ヨミや、みんなと、離れたくない」
――誰かが隣にいてくれたら、きっと頂にとどいたのだろう。
頂から見る景色はきっと、価値のある、忘れ得ないものだったのだろうと、今はなぜか、そんなふうに確信している。
だからこの人生を手放せない。
手放したくない。
「俺は、みんなと生きていきたい。だから――死にたくない」
アレクは言う。
生き汚く、格好悪く、涙さえ浮かべて、懇願した。
「そんな身勝手、許されるか!」
アレクサンダーが叫ぶ。
同時に、旧聖剣を振り下ろす。
アレクは新聖剣で受け止める。
つばぜり合いは拮抗していた。
青い火花を散らしながら、鎬を――命を削っていく。
ほとばしる力で大地が震え、風が吹き荒れる。
世界そのものが震動するかのようだ。
両者の力は互角だった。
腕力もそうだが、覚悟も互角なのだろう。互いに互いを見つめて、視線も剣も退かない。
「俺の人生を奪って! 俺の正当性を認めて! それでもなお続けたいって――そんなの、あるか!」
「わかってる。正しいのは、あんただ」
「じゃあ、返せよ! 俺の人生を! 俺の体を! 俺が得るはずだったすべてを、返せ!」
「わかってる。そうするべきだって――俺も、思うよ!」
「だったら!」
「でも――でも、しょうがないだろ!? 俺だってここで素直に引き下がれたら格好いいって思うんだよ! それでも、俺は、死にたくない!」
「お前がそれを言うか! 誰よりも死んで、誰よりも殺してきたお前が!」
互いに互いをはじき飛ばす。
漆黒の鎧が素早く動く。
アレクが応じるように動く。
それはもう『抵抗』とさえ呼べなかった。
生存を勝ち取るための動きだ。
二人の姿は第三者からは明滅して見えただろう。
ほとばしる魔力と剣撃の余波で風が吹き荒れる。
すべてが人の域から外れていた。
速度が違う。
力が違う。
手数が違う。
余波だけで人を殺しかねない人外同士の争い。
だというのに――彼らの戦う理由は、あくまでも人のものにしかすぎなかった。
産まれたかった男が、旧聖剣をふるう。
死にたくない男が、新聖剣をふるう。
剣のぶつけ合いは、命の削り合いだった。
火花を散らす。
死なないために、命を懸ける。
互角の能力。
だから――勝負を決めたのは、きっと。
「――俺はようやく、目標を見つけたんだ」
わがまま勝手に、アレクは言う。
迷惑をかえりみず、嫌われることをいとわず――
「ようやく本当に気付いた。――俺は未だかつてないほど、必死で、本気になれたんだ」
新聖剣をふるう。
旧聖剣で受ける。
互角の腕力を持つ者同士の戦いだ。だから力では相手をはじき飛ばせない。
同一の速度を持つ者同士がふるった剣だ。それゆえに速度差はない。
だから、その時、合わさった剣にかかった重みは――
きっと心の重みなのだろう。
アレクサンダーの手から、旧聖剣がはじけ飛ぶ。
……もちろん、それだけで戦いは終わらない。
剣がなくともどうにかなるほどのスキルを、互いが有している。
だからこの決着は――
「――ひどい話だ。二対一かよ」
アレクサンダーが笑う。
視線の先には――はじき飛ばされた旧聖剣を持ち、刃を伸ばしたヨミがいた。
「ごめんね。でも――ぼくは、アレクの味方をさせてもらうよ」
彼女は困ったように笑っていた。
アレクサンダーは――ばたん、と背中から地面へ倒れこんだ。
「さすがに無理だな。俺の負けだよ、アレクさん。――好きに生きたらいい。生き汚く、恥をさらしながら、誰かに嫌われて、納得できないと言われながら、それでもあんたの人生を歩んだらいい」
「……」
アレクはうなずいた。
謝罪はしなかった――するのは失礼だと、そう考えたのだ。
アレクサンダーは肩を揺らして笑う。
その表情はわからないけれど、たしかに、楽しげに、笑った。
「でもさ、大事にしてくれよ」
「……」
「俺の人生になるはずだったものを奪ったんだ。……簡単に捨てようとするなよ。奪われたものが軽く扱われてたら、さすがの俺もぶち切れますよ」
「……そうだな」
「取り上げられそうになって泣くほど大事なら、俺も許せるからさ」
「……」
「というかまあ聖剣二つ持ってきて正解だったよ。だって――『本気で斬り合った末に許す』ぐらいが落としどころだと思うし。どうしたって時間は返ってこないし。それが他ならぬ神様のせいだっていうのも、俺はちゃんとわかってるよ。なんせあんたの記憶は知ってるからな。だから、なんていうか……」
「……」
「そのうち、神様殴りに行こうぜ」
「…………」
「方法は探すからさ。俺が行く時、付き合ってくれよ。それぐらい、いいだろ?」
アレクサンダーは開いた手を差し出した。
アレクは、その手を取って――
「もちろん」
そう言って、笑った。




