236話
逆だった。
漆黒の鎧に宿ったアレクサンダーが、あとから産まれた別人格なのではない。
先に産まれたのがアレクサンダーの方で、その肉体に異世界から転生し憑依してきたのが、宿屋主人アレクだったのだ。
「自分の産まれを探ったんだ」
アレクサンダーは言う。
応じる相手は声も出さず、粛々としていた。
だから、独白めいて、言葉を続ける。
「そうして、気付いたんだよ。俺はたしかに、月光さんから産まれて――産まれたあとに、あなたが来たことに」
「……」
「産まれを探るもなにも、なかった。だって、探るまでもなく、産まれた時が、俺の産まれた時だったんだから」
「……」
「だから、教えてくれ。あんたがそのことをどう思うか。俺の人生を奪い続けていたことを、どうするのか」
「あなたはなにを望むんだ? ――本物の、アレクサンダーである、あなたは」
「人生」
「……」
「あなたの代わりに、あなたの位置に入り込むことを、望む。あなたを殺して――あなたに成り代わる」
「……そうか」
アレクは静かにつぶやく。
アレクサンダーは、感情のない声で言った。
「抵抗も反論もないのか?」
「ない。けど――感想はあるよ」
「感想?」
「ああ。……この世界の人は、すごいな、やっぱり」
「……」
「この世界の人っていうか――たぶん、俺以外が、みんなすごいんだと思う。強い意思と、目的意識は、もう尊敬するしかない。どうしてそんなに、強く生きられるんだ」
「……強いのか、アレクさんから見て、俺なんかが」
「だって俺には、わからない。目標の持ち方が、わからない。状況に流されるまま、与えられたオーダーをクリアするために努力はできる。でも、オーダーを生み出すことが、俺にはできない。だから尊敬するよ。あなたたちを」
「……本当にそれでいいのかよ、アレクさん」
怒気をはらんだ声だった。
口調は自然と乱暴になる。
アレクは首をかしげている。
不思議そうな顔で――
「いいもなにも、他にやりようがない。レトリック的に『一回死ぬだけでいい』とか、そういうことでもないんだろう?」
「ああ。あんたがいたら、あんたに成り代われない。あんたの恒久的死亡が、俺の出す最低条件だ」
「だったらもう――努力のしようもないよ。死ぬ気でも、がんばりようがない。命懸けでも、切り抜けようがない。命は大事だけれど、保身はもう、しなくてもいいし」
「……あんたは、保身だけは忘れなかったはずだ。いかなる時も、最低限、自分の生活だけは守っていたはずだろう」
「だってもう、俺は目標を達成した。ヨミの両親の仇は見つけたよ。仇じゃなかったけど」
「……そうかよ」
吐き捨てるような声だった。
アレクサンダーは拳を握りしめ――
つとめて感情を殺した声で、言う。
「剣をくれ。あんたを素手では殺せない」
「……たしかに、剣なら普通に通りそうだ。俺のステータスをほとんどそのままコピーしてるみたいだし。……すごいな、『セーブポイント生成』までできるのか。じゃあ――俺がいなくても安心だ」
アレクが腰の後ろから、旧聖剣を抜き、投げる。
アレクサンダーは籠手の五指を開き、受け止め――
「ああ。安心しろ。あんたの人生は俺がそっくりもらってやる。女王陛下との縁も、ギルドマスターとの縁も、お客さんも、子供も、奥さんも、それ以外のすべても、俺が引き継いでやる。だから安心して――死ね」
刃を伸ばす。
魔力により編まれた、青く光る刃。
アレクサンダーは一度大きく振りかぶり、止まった。
アレクは目を閉じていて、抵抗の様子もない。
その様子を見て、アレクサンダーは舌打ちをする。
視線を動かしヨミを見れば――彼女もまた、座りこんだまま、動く様子がなかった。
「……あなたはいいのか、ヨミさん。あなたの夫は、これから俺になるぞ」
「いいも悪いも、いつもアレクの言う通りにしてきたのがぼくだからね。ただまあ――きっと思う通りにはならないよ」
「……どういう意味だ?」
「さあ?」
考えの読めない笑顔だった。
アレクサンダーはさらに苛立ち――
長大な旧聖剣。
その刃を、アレクの頭上に振り下ろした。
損じるはずがない。
アレクサンダーの能力は、アレクとほぼ同等だ――『肉体に剣が通らない』といういつもの現象は起きない。
刃が当たればアレクは死ぬ。
今回は、セーブさえしていないのだから、それが当然だ。
だというのに。
――音が、響いた。
それははなはだ不思議な音だ。
鈴の音よりも澄んでいて、太鼓よりも重々しい。
アレクサンダーの視界には、青い光の筋が焼き付いている。
それは振り下ろした旧聖剣の刃を断ち切るような軌道でのびていて――
実際に、断ち切っていた。
「……抵抗も反論もないって、言わなかったか?」
アレクサンダーは問いかける。
アレクは、おどろいた顔をしていた。
「……あれ? 俺が、やったのか?」
彼の右手には、新聖剣が握られていた。
それは鞘から抜き放たれたと同時に、迫り来る旧聖剣の刃を断ち――
アレクを絶命の危機から救っていた。
しかし剣を抜いた当人は予想だにしていない、という表情だ。
アレクサンダーはため息まじりに言う。
「『自動迎撃』みたいなスキルは、ないはずだ。だいたい――その居合いは、ロレッタさんの得意とするそのスキルは、アクティブスキルだぞ。あなたに『使おう』という意思がなければ発動はしない」
「……なんでだ。抵抗もしないし、反論もない。あなたの要求はもっともで、人生を返せと言われて俺は、代案さえ思い浮かばなかった。……言い訳ぐらいしか、思いつかなかった」
「思いついたなら、言ってくれよ」
「だって、そんなの、意味ないだろ。そもそもあなたに憑依したのは――というか転生自体が俺の意思じゃないだなんて、あなたに言ったところで、意味がない。だって神様を殴りになんていけないんだから」
「そうだな。そう言われても、俺はアレクさんを責める」
「……だから、こんなのは、反論でさえない。俺は死ぬべきだって、それが正しいって、わかってるのに――」
アレクは立ち上がる。
そして――
「――なんで、体が勝手に、抵抗しようとするんだ」
不可解そうな顔のまま、剣を片手に棒立ちになる。
アレクサンダーは、笑う――笑ったつもりだが、そのフェイスカバーにはなんの表情も映らない。
「そうか。でも、抵抗をねじ伏せて殺す」
感情を声でばらさないように気をつける。
立ち上がったアレクに対抗するべく、旧聖剣を両手で構え直す。
「俺に償う意思があるなら――大人しく殺されろ、アレク!」
そうして、斬りかかった。
裂帛の殺意を込めて――
人生の奪還を、開始する。




