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追い詰められたガストン伯爵が狂ったように叫び、懐から毒を塗った短剣を取り出そうとした。
しかし、彼が刃を抜くよりも早く――。
シュッ、と風を切る音が響き、ガストン伯爵の手首にナイフが突き刺さった。
「ぐああぁぁぁっ!?」
手首を押さえてのたうち回るガストン伯爵。
会場の壁際に控えていた給仕や衛兵たちが一斉にドレスや制服を脱ぎ捨てると、その下から黒い戦闘服が現れた。彼らはエドワード殿下が潜伏時代に信頼を築いた、精鋭の影の部隊(護衛)たちだった。
「が、ガストン伯爵……! ひぃぃ、お助けを!」
残りの悪徳貴族たちも、あっという間に影の部隊によって床に押さえつけられ、縛り上げられていく。
前夜祭の会場は一瞬にして静まり返ったが、周囲の他国の使節や高位貴族たちから上がったのは悲鳴ではなく、割れんばかりの拍手だった。
「見事だ……! 即位前に反逆の芽を完璧に摘み取るとは!」
「さすがはエドワード殿下、そしてオリヴィア様だ!」
ガストン伯爵は床に這いつくばりながら、怨嗟の声を上げた。
「エドワード……オリヴィア……! お前たちのような冷酷な奴らが、王と王妃などになれると思うな! ジュリアス殿下の方が、まだマシだった……!」
その見苦しい叫びに、エドワード殿下は静かに歩み寄り、冷たい瞳で見下ろした。
「兄上がマシだった、か。……君たちはどこまでも勘違いをしているな。兄上が愚かだったのは、自分を過信したことだ。そして君たちが愚かなのは、私が兄上と同じ甘い人間だと甘く見たことだ」
エドワード殿下は冷徹な声で宣告した。
「ガストン伯爵、およびその一味。国家顛覆未遂、王族暗殺未遂、公金横領の罪により、全員の爵位を剥奪、全財産を没収の上、北方鉱山での生涯強制労働に処す。……二度と日の光を見ると思うな」
「ひ……ひぃぃぃぃっ! 頼む、助けてくれ! やり直させてくれぇぇぇ!」
泣き叫び、許しを乞うガストン伯爵たち。
しかし、彼らの声に耳を貸す者は誰一人としていなかった。衛兵たちによって引きずられていくその姿は、かつて地下牢へと消えていったジュリアスと、恐ろしいほど重なっていた。
自らの欲のために国を汚し、他者を傷つけた者たちの、当然の末路だった。
◇
そして、運命の当日。
雲一つない秋晴れの空の下、ルミナス王国の首都はかつてない熱気に包まれていた。
街道には色とりどりの花が敷き詰められ、祝福の鐘の音が街中に響き渡っている。
王宮の大聖堂。
ステンドグラスから差し込む七色の光が、長い赤絨毯を美しく彩っていた。
パイプオルガンの重厚な音色が響く中、私は純白のウエディングドレスに身を包み、父であるアトワール公爵とともゆっくりと歩みを進めていた。
ドレスの裾には繊細な銀糸でアトワール家と王家の紋章が刺繍され、頭上には純銀のティアラが輝いている。
赤絨毯の先、祭壇の前で待っていたのは、白銀の式典服を纏ったエドワード殿下だった。
父からエドワード殿下へと、私の手が手渡される。
「エドワード殿下……娘を、オリヴィアをよろしくお願いいたします」
「任せてください、公爵。私の命に代えても、彼女を幸せにします」
父は満足そうに深く頷き、列席者たちの席へと戻っていった。
エドワード殿下と私は向き合い、互いの目を見つめ合った。
教皇が進み出で、重々しい声で聖書を読み上げ、王冠を掲げる。
「汝、エドワード・フォン・ルミナス。ルミナス王国の第三十五代国王として、神と民の前に裁きと慈愛を以て国を治めることを誓うか?」
「誓います」
エドワード殿下の力強い声が大聖堂に響き渡る。教皇の手によって、黄金の王冠が彼の頭上に戴かれた。
「汝、オリヴィア・アトワール。ルミナス王国の王妃として、王を支え、民を愛し、共に歩むことを誓うか?」
「誓います」
私の頭上にも、小さく繊細な、しかし確かな重みを持つ王妃の冠が載せられた。
「神の御名において、ここに新たなる王と王妃の誕生を宣言する!」
教皇の言葉とともに、大聖堂の扉が一斉に開き、外からの眩い光と、集まった数万の民衆の大歓声が雪崩のように押し寄せてきた。
『エドワード国王陛下万歳!』
『オリヴィア王妃殿下万歳!』
『ルミナス王国に栄光あれ!』
地鳴りのような祝福の声の中、エドワード殿下は私に向き直り、静かに微笑んだ。
「ようこそ、私の王妃。……そして、私の最高のパートナー」
「ふふ、こちらこそ。私の偉大な国王陛下」
エドワード殿下はそっと私の腰を引き寄せ、私の唇に、温かく、優しい誓いの kiss を落とした。
会場から一際大きな歓声と拍手が巻き起こる。
ステンドグラスの光が二人を包み込み、永遠の祝福を与えているようだった。
◇
式典が終わり、バルコニーからの拝謁も無事に済ませた夜。
王宮の最上階にある王と王妃の私室は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
月光が大きな窓から差し込み、部屋を柔らかく照らしている。
私は重いドレスから、肌触りの良いシルクのガウンに着替え、バルコニーで夜風に当たっていた。
「寒くないかい?」
後ろから温かな温もりが私を包み込んだ。
エドワード様が、私の背中から優しく抱きしめてくれたのだ。彼の胸の鼓動が、トントンと心地よいリズムで私の背中に伝わってくる。
「ええ……とても心地よい風ですわ」
私はエドワード様の腕に自分の手を重ね、夜空に浮かぶ二つの月を見上げた。
「……長かったですね、エドワード様」
「ああ。五年前、崖から落ちた時は、まさかこんな素晴らしい夜を迎えられるなんて思いもしなかった」
エドワード様は私の首筋に顔をうずめ、愛おしそうに息を吐いた。
「ジュリアスに婚約を破棄されたあの夜……実は、私は裏で心臓が破裂しそうなくらい緊張していたんだよ」
「え? そうだったのですか?」
私が驚いて振り返ると、エドワード様は少し照れくさそうに笑った。
「当然だろう? もし君が兄上の仕打ちに深く傷ついて心を開いてくれなかったらどうしよう、もし私との再会を喜んでくれなかったらどうしようかと、生きた心地がしなかったんだ。……君が『生きていてくれてよかった』と泣いてくれた時、私は心底救われたんだよ」
「エドワード様……」
胸が温かいもので満たされていく。
ジュリアスとの苦しかった五年間の日々。それは決して無駄ではなかった。あの暗闇があったからこそ、今目の前にいるこの人の温もりが、どれほど尊いものかを知ることができたのだから。
「もう、どこへも行きませんわ。ずっと……貴方様のお傍にいます」
私がそう囁くと、エドワード様は愛おしさに耐えかねたように私の頬を包み込み、深く、深く唇を重ねてきた。
昼間の儀式的な接吻とは違う、情熱と、深い愛に満ちた接吻。
体の芯から熱が広がり、私は彼の胸にすがった。
「オリヴィア……愛している。私の命が尽きるその日まで、君だけを愛し続けると誓うよ」
「私も……私も愛しております、エドワード様。私の生涯のすべてを、貴方様に捧げます」
月光が照らす部屋で、私たちは固く抱き合い、再び唇を重ねた。
傲慢な第一王子の没落と、虐げられていた公爵令嬢の逆転劇。
その「復讐」の結末の先に待っていたのは、誰も切り割くことのできない、本物の愛と絆だった。
これから始まる二人の未来には、どんな困難が待ち受けているかもしれない。
けれど、この人と手を取り合っていけば、どんな暗闇も必ず光に変えていける。
新しく刻まれ始めた私たちの物語は、どこまでも強く、美しく、永遠に続いていくのだった。




