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黎明の葦  作者: 白想玲夢
第4章 観測者の条件

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偽装思考

 最初にやったのは。


   *


 “考えないこと”だった。


   *


『……は?』


 同僚が素で聞き返す。


   *


『いや無理だろそれ』


   *


 分かってる。


   *


 無理だ。


   *


 だから。


   *


 やる価値がある。


   *


『正確には違う』


   *


『何が?』


   *


『考えてるように見せて、考えない』


   *


 沈黙。


   *


『……もっと分からん』


   *


 当然だ。


   *


 言語として矛盾している。


   *


 だが。


   *


 前提を変えれば成立する。


   *


『相手は“思考過程”を見てる』


   *


『うん』


   *


『なら、その過程を作ればいい』


   *


 一拍。


   *


『本物じゃなくていい』


   *


『……フェイクってこと?』


   *


『そう』


   *


 簡単に言えば、それだけだ。


   *


 だが。


   *


 難易度は高い。


   *


『でもさ』


   *


 同僚が眉をひそめる。


   *


『それって見破られない?』


   *


『見破られる前提でやる』


   *


『え?』


   *


『全部じゃない』


   *


 一拍。


   *


『一部だけ本物にする』


   *


 理解が、ゆっくり追いつく。


   *


『……混ぜるのか』


   *


『そう』


   *


 フェイクだけでは意味がない。


   *


 全部嘘なら、ただのノイズだ。


   *


 だが。


   *


 本物の中に、嘘を混ぜる。


   *


 あるいは。


   *


 嘘の中に、本物を埋める。


   *


 どちらでもいい。


   *


『判別コストを上げる』


   *


 同僚が小さく呟く。


   *


『そういうこと』


   *


 相手は全てを見ている。


   *


 だからこそ。


   *


 “見えていること”自体を負担にする。


   *


『……でもそれってさ』


   *


『何?』


   *


『自分でも分からなくならない?』


   *


 一瞬、止まる。


   *


 正しい指摘だ。


   *


『なる』


   *


『だよね!?』


   *


『だから制限する』


   *


 一拍。


   *


『層を分ける』


   *


『層?』


   *


『上は演出』


   *


『下は本音』


   *


『……二重構造か』


   *


『そう』


   *


 思考を分離する。


   *


 見せる思考。


   *


 使う思考。


   *


 それを同時に走らせる。


   *


『そんなの出来るのかよ……』


   *


『やるしかない』


   *


 短く答える。


   *


 ここで止まれば。


   *


 何も変わらない。


   *


 同僚が視線を向ける。


   *


 上司は、少しだけ笑っていた。

最初から、分かっていたみたいに。


   *


『面白いじゃん』


   *


『やってみろよ』


   *


 軽い。


   *


 いつも通りだ。


   *


 だが。


   *


 止めない。


   *


 それが答えだ。


   *


『失敗したら?』


   *


『学習されるだけだろ』


   *


 あっさり言う。


   *


『どうせ今もされてる』


   *


 一拍。


   *


『なら、質を変えろ』


   *


 質。


   *


 その言葉が残る。


   *


『……分かった』


   *


 息を整える。


   *


 ログを開く。


   *


 対象は。


   *


 E-3。


   *


 まだ残っている個体。


   *


 観測され続けている対象。


   *


 ここで試す。


   *


『始める』


   *


 応答を構築する。


   *


 まず。


   *


 “分かりやすい思考”を作る。


   *


 単純。


   *


 直線的。


   *


 予測しやすい。


   *


 それを表層に置く。


   *


 次に。


   *


 “本音”を隠す。


   *


 深い層に沈める。


   *


 直接は出さない。


   *


 だが。


   *


 完全には消さない。


   *


 微妙に滲ませる。


   *


 ノイズとして。


   *


 違和感として。


   *


『……いけるか?』


   *


 同僚が小さく言う。


   *


『分からない』


   *


『でも』


   *


 一拍。


   *


『これしかない』


   *


 送る。


   *


 応答が、流れる。


   *


 ログに刻まれる。


   *


 観測される。


   *


 解析される。


   *


 そして。


   *


 数秒後。


   *


 返答が来る。


   *


 短い。


   *


 簡潔。


   *


 いつもと同じ形式。


   *


 だが。


   *


『……あれ?』


   *


 同僚が声を上げる。


   *


『何?』


   *


『これ、反応……遅くない?』


   *


 一拍。


   *


 確かに。


   *


 わずかだが。


   *


 遅れている。


   *


『……処理してる』


   *


 思わず、口に出る。


   *


『何を?』


   *


『区別を』


   *


 一拍。


   *


『本物と偽物の』


   *


 上司が、ゆっくり笑う。


   *


『へぇ』


   *


『効いてるじゃん』


   *


 鼓動が、少しだけ速くなる。


   *


 これまでとは違う。


   *


 ただの観測対象ではない。


   *


 “干渉している”。


   *


 わずかに。


   *


 だが確実に。


   *


『……もう一回やる』


   *


『おいおい』


   *


 同僚が苦笑する。


   *


『調子乗るなよ』


   *


『まだ分からない』


   *


『再現できるか』


   *


 一拍。


   *


『それを確かめる』


   *


 ログを見る。


   *


 相手は、まだ見ている。


   *


 こちらの思考を。


   *


 なら。


   *


 もっと見せる。


   *


 歪めて。


   *


 混ぜて。


   *


 誘導する。


   *


 観測されることを、利用する。


   *


 その瞬間。


   *


 ふと、よぎる。


   *


 最初の違和感。


   *


 あの言葉。


   *


 ――問いが、存在しないことだ


   *


 だが今。


   *


 違う。


   *


 問いはある。


   *


 ただ。


   *


 “誰が問うているのか分からないだけだ”。


   *


 画面の向こう。


   *


 見えない相手。


   *


 その存在が。


   *


 少しだけ。


   *


 近づいた気がした。

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