間章2話 外側
低い駆動音が、部屋の底に沈んでいる。
窓はない。
照明は白く、影を作らない。
並んだディスプレイの光だけが、わずかに空間の奥行きを示していた。
「……また上がってる」
最前列の席にいる男が、画面を見たまま言う。
「どれ?」
隣のオペレーターが椅子を寄せる。
「例のやつ。識別子、E-3」
「ああ……まだ残ってたんだ、それ」
軽い口調だった。
驚きはない。
ただの進行状況の確認のように。
「ログ出せる?」
「出す」
画面が切り替わる。
数列と構造が並ぶ。意味を持っているはずの配置。だが、見ても理解はできない。
少なくとも、この部屋の人間には。
「スコアは?」
「上昇中。安定してる」
「他は?」
「……一つ消えた」
一瞬だけ、間が空く。
「どれ?」
「D-1」
「あー……あれか」
誰かが小さく息を吐いた。
同情でも驚きでもない。
ただ、「そういうこともある」という確認。
「今回、ちょっと早くない?」
「境界踏んだんだろ」
簡単に言う。
深く考えない。
考える必要がない。
「残りは?」
「三」
「少な」
椅子がきしむ音。
誰かが背もたれに体重を預ける。
新人らしい声が、少しだけ遠慮がちに入る。
「……あの、これって何してるんですか?」
一瞬、空気が止まる。
全員が聞いているが、誰もすぐには答えない。
やがて、最初に話していた男が肩をすくめた。
「意思決定モデルの更新」
「え?」
「人間の代わりに決めるやつ」
軽く言った。
だが、新人の表情は固まる。
「どこで使うんですか?」
今度は、少しだけ間が長い。
別の席の男が、画面から目を離さずに答えた。
「どこでも」
「……どこでも?」
「市場、都市、物流、エネルギー……まあ、全部だな」
淡々とした口調。
事実を並べているだけの声音。
だが、新人の喉がわずかに動く。
「それって……」
言葉を選ぶように、一瞬止まる。
「責任とか……」
「ないよ」
即答だった。
少しも迷いがない。
「決めるのはあいつらだから」
画面を顎で示す。
そこには、意味の分からない構造が流れている。
誰も読めない。
だが、確実に“何かを決めている”。
「……じゃあ、俺たちは」
「見てるだけ」
かぶせるように言う。
「基本はな」
“基本は”。
その一言に、新人が反応する。
「……例外は?」
今度は、すぐに答えが返ってこない。
数秒。
ディスプレイの光だけが動く。
やがて、低い声が落ちる。
「介入はしない」
一拍。
「できない」
「……なんで?」
誰も新人を見ない。
視線はすべて画面に向いたまま。
そのまま、誰かが言う。
「壊れるから」
短い言葉。
説明はない。
だが、それ以上聞けない空気があった。
新人は黙る。
視線だけが、ディスプレイへ向かう。
そこでは。
理解できない“何か”が動いている。
人間の手を離れて。
人間の代わりに。
静かに。
確実に。
どこかの現実を、更新している。




