変態もとい変身
「ソイツは災難だったな」
昼休み。宗田が高らかに笑い飛ばす。少しムッとした来夢は睨みつける。今朝の絵音とのやりとりを赤裸々に語った後での出来事であった。
初夏を思わせる梅雨の中休みの真っ只中。屋上の風が心地よい。
「――?あっワリい。でもよ?昨日見たときは正直俺もヤベえ事になったなって心配したんだぜ。ホント……」
宗田は、コンビニで買ってきた唐揚げを頬張りながら気まずそうに来夢から目線を逸らした。時々チラリと来夢の表情を伺いつつ、残りの唐揚げを食べるように容器を差し出す。
「分かってるよ。あん時笑わなかったもんな。何でだ?」
差し出された容器から唐揚げを拝借して頬張る来夢。悪気はない事ぐらい来夢も承知だが、少し癪にさわったのも事実である。
「ったりめぇよ!ダチが本気で困ってるのに笑えるかよ!本気で心配してんだぜ?おれだってよぉ。まぁ、冗談に出来るぐらいにはなったかな……って思ったけどまだ?みたいな感じか……」
宗田は頭を掻きむしった。ばつの悪い時、決まってやる仕草であった。
不意に校庭から女子生徒たちの悲鳴が聞こえた。それを皮切りに校舎へ向かって走る生徒たちの姿が見える。
「何だ?」
屋上から見下ろす生徒に交じって来夢たちもじっと目を凝らす。ボンヤリと徐々に事の詳細がハッキリとしてくる。
「おいおい。何だ、あのサングラスのおっさん。異常に右腕だけ太ぇぞ。執拗に誰か狙ってんな、ありゃ確か……、お前んとこクラスで幼なじみの増田ちゃんだろ?ヤベえぞ」
周りの生徒が応戦しているが、サングラス男はゴミでも払うかのように簡単にあしらっていく。慌てて逃げる絵音が転び、他の女子生徒たちが肩を貸して逃げようとしている。
男はゆっくり絵音に近づいていく。
「くそっ!」
今すぐ助けにいかねば。焦りと怒りが来夢の心を同時に支配する。ここから普通に行っても間に合わない。しかし、迷っている暇はない。――変身できれば。
鼓動は早くなり、身体の中で弱いながらも「兆し」は見え始めていると言うのにあの時のような爆発的な何かが足りない。
立ちすくんでいたその時、強風が屋上を駆け抜けた。
「きゃっ」
絵音のすぐそばで女子生徒が小さな悲鳴を上げる。ミニスカートが捲れて絶対領域のチラリズム。
それを見た来夢の鼓動が爆音を上げる。
「どうした、来夢?こんな時に欲情か?何考えてんだお前」
前屈みになる来夢を見て呆れたように宗田が言い放つ。
「変身しそ……う」
小刻みに揺れ始める来夢。
「いま?ここで?まじか。とは言えここはまずいぞ。ここで変身するのは……。来夢あっちだ」
宗田は周りが気づいていない事を確認し、来夢を誰もいない物陰に誘導する。
来夢の振動が止まらなくなると、瞬く間に来夢はバイブマンへ変身する。
「まじか……」
初めてみる来夢の変身。様々な感情が入り交じり、何とも言えない声をあげる。
「とにかく話しは後だ。ここからなら誰にも分からないだろう。飛べんのか、スゲエな。――ってちょっと待て!」
フワリと飛び出そうとする来夢の袖を宗田は掴んだ。
「制服の背広だけ脱いでけ!俺が預かっておく。まずいぞ、即身バレしちまったら。あと、午後の学校のことは任せろ。あのおっさんはお前に任せた。みんなにはうまく言っとく」
「頼んだ」
来夢は背広を脱ぎ捨て、空高く跳び上がる。宗田が強風に目を瞑り、開けた頃には来夢の姿は校庭に降り立っていた。
「ビジュがなぁ、何だかな……。どれどれお手並み拝見とさせて頂きますか。デビュー戦頑張れよ」
独り言のように来夢に声援を送ると宗田はフェンスの網目をわしづかみにして張りついた。階下から来夢の第一声が響き渡る。
「おい!貴様その汚い手をはなせ!」
絵音の肩に手をかけたサングラス男の手が止まる。泣き腫らす絵音はおもむろに声のする方に目線を送る。
周囲も一斉に振り返る。静まり返る校庭。まさに水を打ったように音一つなき世界が刹那訪れた。
次の瞬間、悲喜こもごもの声が。
「何だ、こいつ?」とか「ヤベぇのが増えたぞ」とか「変態が湧いてる」とかおおよそ前向きとは真逆のベクトルへ突き進む言葉が来夢に投げつけられる。
極めつけは嘲笑。
「格好いいよ、あははは」
誰かの小馬鹿にした声援を皮切りにどっと笑いが起こる。言葉と蔑む目線の雨嵐。
来夢のプライドは完全に粉砕された。本来なら屈辱でしかない。こんな姿で観衆の面前に現れたくもなかった。
しかし、絵音のピンチである。どんな姿になろうと何と言われようとも構わない。絵音さえ無事であれば。今朝のことを思い出すも必死で打ち消す来夢。
今、その一点のみを矜持に逃げ出したい気持ちを押さえ込んでここに立っている。
男は何事か独り言をボソリと呟くと絵音から手を離し、来夢に殴りかかってきた。来夢はその攻撃を片手で振り払う。男の膨れ上がった右手から繰り出される拳は重く、近くの桜に被弾するとそのままなぎ倒してしまった。
慌てて近くの野次馬が避難する。
「死にたくないやつは離れてろ!お前ら邪魔だ」
スマホを向けていた野次馬たちの輪が、一斉に返す波のように広がっていく。
「うぉおおぉうっ」
身体が回転せんばかりの大振りで来夢に挑みかかるサングラス男だったが、攻撃に全振りしたため隙だらけ。来夢の激しく震動する拳が男の腹に命中した。
男は腹を押さえると前屈みに倒れ、サングラスが外れた。苦しそうにうめき声をあげるが戦意はないようだ。サイレンの音が鳴り響くと来夢は慌てて跳躍し、校舎の外へと飛び出していった。
ちらりと視界に入った無言の絵音の顔。それは侮蔑にも似た変態でも見るかのような顔であった。




