敵襲
放課後、来夢は実家へ向かっていた。人の住まない家は傷む。風を小一時間ほど通した後、バイトへと行くのがほぼ毎日のルーティンである。
小学生の一団が来夢の横を小走りで走り抜けていった。
(俺もあんな頃あったんだろうな……)
来夢はボンヤリする頭で空を見上げた。散り散り頭にふんわりと風が通り過ぎる。
(俺は、オヤジを心底呪っている。研究者としては一流であっても人間としてどうなんだ、オフクロを殺し、俺も社会的に抹殺されたに等しい)
そう思いながら、時々頭に浮かぶのは幸せだった小学生の頃。夢にもたびたびみる。目を輝かせてオヤジを見つめる自分。抱きかかえて『お前の夢は俺が叶えてやる!絶対約束だ。お前を――』そう呟くオヤジ。
「けっ」
来夢はそこまで思い返すとざわついた胸を紛らすように短く言葉を吐き捨てた。実家の目の前という状況が更に腹立たしい気分を助長させた。
それでも気を落ち着かせようと溜息を一つ吐くと鍵を開けようとして何かに気づいた。
中に人がいる気配。玄関ドアのノブをそっとひねると抵抗なくドアは開いた。来夢の胸の鼓動が一オクターブあがる。
(まさか、泥棒?こんなぼろ屋に?)
来夢は息を殺して、音を立てずにゆっくりと部屋を点検して回る。玄関にあった金属バットを握った手に汗が滲む。
オヤジの研究室の方だ。物色する音の方へ歩み寄る。
中を覗こうとドアに近づいた時、後ろから強い力で押し倒された。床にうつ伏せのまま
、部屋の中へ。喧嘩に強い来夢らしからぬ一方的な制圧であった。
(……っく。ビクともしねえ。それに気配も感じなかった)
「おいおい、小バエちゃんが一匹いたぜ。見張りぐらいしっかりしとけよ」
来夢を捕まえているモヒカン頭のサングラスが口を開いた。振り返るスーツ姿の男たちも一様にサングラスをしている。
「問題ない。好都合だ。ここのお坊っちゃんだ。なぁ、坊や?パパの大事なものここにあるんだろう?教えてくれないかな、おじさん達困ってるんだ」
「知らねえよ、何だよ大事なもんって」
反抗的な態度と映ったか、モヒカン頭の押しつけが強くなる。
「まぁまぁ、手荒なまねはしなさんな、ガキ相手にアレさえ手に入ればガキには用はない。――そうだな、坊や。パパが最後まで研究していた人体に関する研究だ。あいにく大学やら別の機関には埃一つ残っていなくてね。ここじゃないかとおじさん達は睨んでいるんだ」
「くだらねぇアイツの事なんか微塵も知るもんか!アイツのせいで俺たち家族は……」
「んー、質問したことだけ答えてくれる?正直どうでもいいの、君たち家族がどんな感じかって興味まるでなし。アレがどこにあるかだけ。イエスかノーで簡潔に答えてくれる?」
来夢がやけ気味にノーと答える寸前に玄関からよく通る声が家の中に響き渡る。
「おーい、来夢。いるんだろ?バイト前に弁当買ってきた食えよーっ」
「絵音、来るっうっうっ」
モヒカン頭に口を塞がれた。発した言葉も絵音に通じたかは疑わしいほどの声量だった。
「来夢、何か言ったか?どこにいるんだ」
足音は確実にこちらに近づいてる。来夢は体を捩って音を立てようと試みるがモヒカン頭の押しつけに身じろぎ一つできない。
他のスーツどもはサングラス越しに口元だけを歪めて来夢を見下ろしている。
(情けねえ、何もできずに絵音まで巻き込んじまう)
そう歯ぎしりする間に絵音が研究室のドアを開いた。刹那、絵音も羽交い締めにされ、口を塞がれた。理解の追いつかない絵音は凍り付いた表情を見せる。
「それでイエス、ノーの返事はどちらです?
坊ちゃん」
腰をかがめて、来夢を問い詰めるサングラス男の一人。絵音だけは助けねば、しかしどうすることも出来ない。ライムの目に焦りと怒りが滲む。
「頼む。俺はどうなっても構わない。この子だけはどうか助けてくれ。お願いだ」
(来夢!)
涙目で絵音は来夢を見つめた。必死で首を振り、塞がれた口を開こうとするがうまくいかない。そればかりか強い力に息もうまくできずに苦しくてクラクラとしてくる。
押し黙っている男。サングラスで表情をうかがい知ることはできないが顔の筋肉一つ動かさず感情を読み解く事もできない。
「リーダー!反応も痕跡もありません。ここでもない可能性が……」
「そうですか。なら私の出す結論は一つ。あなたはアレのありかを知らない。私たちの存在を知ってしまった。そして彼女も。我々の取るべき手段はただ一つ」
腰をかがめていた男は立ち上がった。周囲のスーツ姿の男たちが来夢をナイフで刺し、絵音を縛り上げ、灯油をまき散らかす。
「何するつもりだ」
「今日は燃やしたいと思ったから今日は可燃ゴミの日」
一斉に火の手があがる。燃えさかる火の手。絵音が必死で頭を振る。来夢は苦痛に身悶えながら助かる道を模索する。
「彼女に降られたストーカー高校生。道連れの焼身自殺。そういうこと、じゃあね」
男たちは素早く撤収していく。複数箇所刺された来夢は燃えさかる火の中で手足が痺れ、冷たくなっていく感覚に苦笑いを浮かべた。
(コレが死ってヤツなのか?――だとしても絵音だけは……)
来夢が身体を引き摺りながら絵音に手を伸ばすと、絵音は身体をバタつかせて何とか縄を外そうと試みていた。学校帰り、そのまま来夢の元に来たのであろう。制服姿の絵音はミニスカート。露わになる太ももに来夢も目を背ける。
「こんな事態なんだから仕方ないだろ?こんな時までそんな……なんだから……」
視線を気取った絵音は少し恥じらいの表情を見せた。来夢は聞こえなかったかのようににじり寄り、絵音の縄を近くにあったガラス片で切断し、解放した。
(こんな時にしかも死にそうだって時に俺は何を……。とにかく良かった。これで絵音だけは助かる)
来夢は安堵の溜息をついた。




