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ガキの頃の夢

「痛てててっ!はなせ、ガキ!」

 手を捻じ上げられたサラリーマン風の男は相手を睨み大声を上げた。周りには人だかり。通勤通学時間帯の駅のホーム。この路線は痴漢が多い事で有名だ。


「どっちがガキだよ。いい歳こいて男らしくねぇ」

 暴れる痴漢男を押さえている高校生がクールに言い放つ。名前は月原来夢つきはららいむ。天然パーマのかかった頭とシャープな顔立ち、そして鋭い切れ長の目。


 それだけでも相手は怯むのに彼は長身で腕っ節も強い。そして何よりも弱いものと女を泣かす輩が大嫌いである。


 卑劣な犯罪は見過ごすことさえできない。沿線で検挙された痴漢、盗撮の70%はこの男の手によるものである。今も正にその新たなる勲章を彼が手にした瞬間であった。


 この物語はそんな正義感溢れる男の悲劇?いや喜劇?もとい活躍劇である。


 痴漢男を警察へ引き渡すと来夢は学校へ向かった。道すがら後ろから肩を叩かれる。


 「よっ!お疲れさん。やっぱ来夢は凄いや。これで何度目だよ、ってか痴漢とか多すぎ。この路線やばいっしょ」



 ちょっと派手目なギャル風の見た目の女の子が来夢に声をかけた。来夢の幼なじみでお隣さん兼クラスメイトの増田絵音えのんだ。


 「くだらねぇ。人の嫌がる事やるヤツの気が知れねえよ、朝から。職場だの、家族だの気にすんなら初めからやるんじゃねえっつうの」


 足を緩めることなく、溜息交じりに来夢は言葉を吐き捨てた。視線は進行方向の少し斜め上。絵音とは目も合わさない。


 身長差30センチの絵音としては自然見上げるような形になってしまう。歩幅も合わせる予定はないようで絵音はちょこちょこ小走りになる。


 「こないだはお礼言えなくてごめんな」


 「何かしたっけ?」


心当たりなしと言わんばかりに上の空のような返事が来夢から返ってくる。


「ほら、盗撮犯から……」


「あぁ。別に俺が許せなかっただけだ。気にすんな」


「気になるよ!あんな格好いいところ見せられたら。私にとってはさ、来夢ってクールだけど優しいし、喧嘩強いし、頭も優秀だし、スポーツ万能だし……。大学も――」


「行かね」


間髪入れず即答する。


「えっ?毎度毎度思うんだけど勿体なくね。私と違ってさ、できがいいんだし。奨学金とかあるじゃん」


「だーかーら何度も言わせんなよ、働くんだって。借金返さねえとそれどころじゃないの。進路指導の先生じゃあるまいし、どんだけ進学させたいんだよ、俺のこと」


「だって、来夢は私のヒーローじゃん。それに来夢だってヒーロー、憧れてたじゃん」


「あのなぁ。それ、小学校の低学年の時のヤツな。小っ恥ずかしい俺の黒歴史に土足で踏み込んでくるなよ」


 来夢の顔がほんのり赤みがかる。毎日のように興奮して、目を輝かせながら絵音に話していた事を思い出したからだ。


 あの頃は絵音だけでなく、人の顔も真っ直ぐ見ていたのだが――。


 ほんのり色づいた来夢の頬に、ニンマリする絵音。


「ヒーローになるには来夢の場合、やっぱ大学だろ?いつか来夢の好きだったオヤジさ――」


「あんなジジイどうでもいい。アイツのせいで今の俺はこんな目に遭っている。オフクロも死なずに済んだんだ、アイツさえしっかりしてれば。二度と口にすんな、思い出したくもない。朝から気分悪くなる」


 そう言い残すと来夢は更に足を速めた。置き去りにされた絵音は不満そうに口を尖らせたが気合いを入れ直すかのように胸の前で握りこぶしをつくるとフンと一息ついて駆け足で校舎に向かった。


 来夢の父はノーベル賞受賞者であった。幼い頃の来夢にとっては自慢の父であったのは事実である。


 しかし、研究のデータ不正を指摘され、マスコミに糾弾されたのをきっかけに国からの補助を没収され、資金が枯渇。莫大な借金を背負う事になった。

 

 高校生になった来夢はそれを返済しながら通学している。無理がたたって母親も亡くなり、借金の半分を肩代わりし、自宅の維持までしてくれる叔父が唯一の身寄りということになっている。


 昼休み、来夢は屋上にいた。ボンヤリと校庭の様子を眺め、空に目をやる。晴れた日の日課。自炊のおにぎりを食べるとフェンスにもたれて束の間の休息をとる。


 「よぉ、お疲れの様子だなぁ」


 来夢が薄ら目を開けて確認するとクラスメイトの宗田栄二がニヤニヤしながら立っていた。黒縁眼鏡で特徴的な声の主。目を瞑ったままでもわかるがテンションにより何を仕出かすかわからない。用心のため来夢は確認した。


 「何か用かよ、寝みぃんだ、勘弁してくれ」


 「いつもいつもつれないヤツだな。それより喜べ!搾取され続けてきた肉体労働者よ、コツコツ投資してきたお前が報われる時が来たんだぞ」


 「株でも上がったのか?」


 来夢は宗田の誘いで渋々バイト代の一部を少しずつ彼のアドバイスに従い投資をしてきた。もう5年経つ。その間、下がりっぱなし。正直当てにはしていなかった。


「上がった?上がったなんてもんじゃない、見ろ!爆上がりだ。俺様の言った通りだろう?来夢、俺たちの時代が来たんだ!」


 「あーはいはい」


 来夢は興奮する宗田を尻目に面倒くさそうに返事すると再び目を閉じた。


 「だーかーら、何でそうお前はノリが悪いんだ!そういうところだぞ?ダチになろうって奴が去っていくのは」


 「ダチ,ダチって群れりゃ強いとか偉いって勘違いしてんだけだろう、俺はいらねえよ」


 掴まれた胸ぐらを簡単に外すと来夢は宗田を睨みつけた。


 「まぁ……。お前の気持ちもわからんではないが、とにかくコレをみてみろ、借金を返すヒント満載の俺様が開発したアプリを」


 宗田はポケットから取り出したスマホの画面を嫌がる来夢に見せた。


 ――その瞬間、辺り一帯に響き渡る女性の艶声と大人のオモチャの振動音。


 慌てて音を切る宗田。その宗田の頭を一発小突く来夢。

 

 「何やってんだ、テメエは!ガン見されてんだろう、周りに。俺も同じ目で見られんだろうが、恥ずかしい」


 「わりいわりい。間違えちまった。ま、そういうこともあるわな、人生。――興味ねえとは言わせねえぞ?お前だって男なんだからな」


 「俺はそういうのはいい……」


 「なぁに、格好つけてんだ?人を突き動かす原動は欲望なんだよ、よ・く・ぼ・う!だからお前は――。……ってもしかしてお前そっちの方なのか?いあいあ、俺はその気ねえからな」


 「ねえよ!」


 こうして本日の来夢の昼休みは潰された。

 




 


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