雷鳴
先頭を歩くのは、クリスタの保護棟にいた保護官。クリークも隊に加わっていた。
原生林に入る前に、ノエルは野生動物の嫌う匂い袋を持たされた。
以前は魔法で簡単に移動していた場所も、今は自分の足だけが頼り。
川を渡り、険しい山道もなんとか進んだ。
動物を見つけると、魔獣でないことを確かめた。
まだ瘴気を持った子がいたら、浄化しようと思っていたのに。
「ノエル、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。もともと森育ちですから」
足が痛いなどと言っていられない。無理を承知で隊に加えてもらったのだから。
それよりも、早く進みたい。
エドガーは汗だく。魔法が使えずに一番苦労しているだろう。
なのに、子どものような笑顔だった。
「僕は楽しくて仕方がない」
「そうですね。たしかに大変ですけど、あちこちで珍しいものも見られましたし」
食料も現地調達。果実を見つけるのも楽しかった。
エドガーは匂い袋を持たされたときは、渋い顔をしていたのに、今ではなくてはならないと、虫除けまで貰っていた。
他にもナイフの使い方、火の起こし方……。
教わるたびに、目を輝かしていた。
「もう少しで遺跡へ着く。頑張ろうね」
そう言うと、エドガーがノエルの側を離れ、また保護官のところへ戻ってしまった。
「ニャー」
「エドガーとは友達になったの。ノアにも色々心配かけたね。もう大丈夫だよ」
ノアは、ラウルが寄越したのだとクリスタから聞いた。
ノアは人の言葉がわかる。私のだめっぷりに呆れていたかな。
古代遺跡。
今は誰も住んでいない。
満月を待って、ノエルはノアと一緒に、ラウルの上った階段の最上段に立った。
「ふう。高いね」
リシャールは夢の中で、転がり落ちたと言っていた。
階段を降りた先に、特別なものは見当たらなかった。
やっぱり、赤い月じゃないとダメなのかな。それは次、いつになるのだろう。
「この高さから落ちるなんて、私には出来ないな」
巾着から、拾ってきた石を取り出し、落としてみた。
似た石をつい拾ってしまう。
「いないと分かっていても、拾ってきてよかった」
小さな石は、二、三段転がって、止ってしまった。
「どうしよう。転がせるような大きい石なんて、ここまで運べないし」
荷物をあさり、毛糸のセーターが目に入る。
何となく、ほどいて、毛糸玉にして、転がしてみた。
毛糸玉は弾んで落ちていく。
「ノア! そんなに急いだら危ないよ」
毛糸玉を追って、ノアが駆け下りていく。
「あっ!」
最後の段で――ノアが消えた。
ノエルも急いで、ノアの後を追った。
最後の段に、うっすらと古代文字が彫ってあった。
「こんなところにあったんだ」
よくよく見ないと分からない。
長い年月の間に、風化したのか、踏まれて削られたのか。
ノアの消えた段に立っても、ノエルは消えない。
見上げると、丸い月が見ていた。笑われている気がする。
「もう! 意地悪しないで、ラウルのところへ連れて行って!」
頭に浮かんだ古代文字を片端から唱える。
〈ここにはない場所〉へ!
月に届け! ラウルに届け!
――ノエルの体が吸い込まれていった。
「ここは……」
月明りがやけに明るい。
風が通り抜けるだけの、広い草原にノエルは立っていた。
「ミャー」
「ノア、お手柄だよ。入り口はどうにか見つけられたね」
「ラウルは、どこかにいるんだよね」
どこにも人の姿は見えない。
「まさか、石に入っていないよね」
閉じ込められたみたいなって、言ってたな……。つい、遠い目になる。
「ミャー」
「探そうか……」
地を這うようにして、草の根を分けて探し回った。
「違う……これも違う……」
拾い上げた石はどれも違う。
「これじゃ、いつになったら見つかるのかな」
ずいぶんと遠くまで探したと思っていたが、最初に立った場所からそう離れていない。
「もう! 出てきてよ!」
両手を地面に押し当てた。
「これもお返しします! だから返して!」
体からすっーと、見えない力が抜けていく。
――急に湿った風が吹き始めた。
黒い雲が月を隠す。
ザーザー ザーザー
酷い土砂降りになった。雨粒を避けるものなどありはしない。
「……きゃっ!」
空が光った。雷鳴に思わず耳を塞さぐ。
次の瞬間、空気を引き裂くような音に、ノエルの体が震えた。
それでも、怖くはなかった。
遠くの方から、鋭い破裂音がした。
雨粒が邪魔して、何も見えない。
ノアが駆け出した。




