原生林へ
ノエルは小さな家で、ため息をついていた。
開け放した窓から、幾度、満月を見上げただろう。
冷たい月明りがノエルの顔を照らす。
――今夜も帰って来なかった。
もう手に石は持っていない。
翌朝。
馬のいななきが聞こえた。
いつもの郵便配達だ。
表に出てみると、ポストの下に黒猫が座っていた。
「ノア、来ていたのね」
ノアはふらりとどこかに消えては、不意に現れる。
ノアも探しているのだろうか。
「もう呼び出せないから、会いに来てくれて嬉しいよ」
小さな、掠れた声。もう歌うことはない。
でも、あまり不便は感じていなかった。
ポストから手紙を取り出す。
「ふふ。今週はどんな話が聞けるかしら……」
元魔法省のメイド仲間たちと文通をしていた。
声に出さずとも、手紙ならたくさん話が出来る。
そして、ピンクの封筒に入ったマリエッタの手紙には、いつも長々と愚痴ばかりが書いてあった。
シャーリーの話だけなら、読み返して、大事にとっておくのに。
返事を出さないでいると、シャルルを寄越してきたことがあった。
「あれでも、あなたに感謝して、心配しているのですよ」
「オベール村まで行くのは大変なのよ」
オベール村は保護区への入り口。王都からの手紙や物資がまとめて届けられる。
そして、王都への手紙はオベールからまとめて送られる。
そこから週に一度、小さな家に配達される。
ノエルの足では、早朝に出ても着くのは夕方。
夜道は移動できない。帰りは早くても翌日になってしまう。
ラウルがいつ戻っても良いように、長く留守にできなかった。
ノエルは遺跡から戻ると、真っ先にオベール村へ行った。
エマとマークスの姿は消えていた。
友達を見送ることはできなかったが、ふたりは一緒に旅立ったのだ。
「……お幸せに」
ノエルはオベール家の墓にふたりのための花を植えた。
几帳面な文字で書かれた手紙を開く。
魔法省――今は保護区の管理局。
魔術で隠されていた原生林が見つかり、その保護を目的とする。
エドガーが初代管理局長となり、陣頭指揮を執っていた。
元魔人がどこかに隠れ住んでいないか。取り残されて、困っていないか。
「人として迎え入れ、助けたいんだ」
元魔人だった者には、戸惑いもあるだろう。
生涯をかけてもやり抜くと、エドガーは王家を出てしまった。
手紙には、局長自ら保護区をまわり、探しに行くという。
「私も行きたい……」
ラウルがどこかにいるかも知れない。でももしすれ違いになったら。
そう思うとなかなか外へ探しに出られないでいた。
最後に、手本のような字が目に入った。
「さすが王太子様ですね」
中身を読んだノエルは思わず声を上げた。
「まさか……」
それはリシャールが見た夢の話だった。
夢の中で帰り道を探していた。
空には満月。月明りが道を照らしていた。迷うことなく、階段を見つけ、降りようとした。
だが突然、月が隠れ、今度は暗い夜道を歩き続けた。
そしてどこか知らない場所へ辿り着いた。
……閉じ込められているような、そんな息苦しさで目が覚めた。
そして次の日、また夢を見た。
今度はどこか高いところから、転がり落ちていく。
……どこへ行き着くのかわからない。
それでも帰ろうとした。そして、気づくと草原に立っていた……。
夢の中に出てきたのはラウルだろう。僕に流れる血が、知らせてきたのかもしれない。
「私が迎えに行く」
きっと〈ここにはない場所〉だ。
扉はどこにあるのだろう。
もう一度、遺跡に行ってみよう。
必ず探し出す。
そうと決まれば、じっとはしていられない。
「アメリ、留守番を頼んでいいかな?」
もちろんと、うなずいてくれた。
アメリは人の姿を選んだ。
クリスタから一人暮らしは心配だと言われ、一緒に暮らしている。
「旅支度なら出来てますよ」
「いつの間に?」
どこへ行くとも言ってないのに。さすがだな。
「ノエル様のことだもの。そのうちきっと探しに行くと思ってましたよ」
「ミャー、ミャー」
「ノアも一緒に来てくれるの?」
「ミャー」
良かった。どこへ行くにしても、心強い。
アメリがノアに、「戻ったら一緒に暮らそう」と言うのが聞こえた。
ノアはノアのままだったが、アメリは番いになれなくても離れたくないらしい。
「ニャッ!」
「えっ! 今、いいよって言った?」
「アメリ、私にもいいよって聞こえたよ」
「やった~!」「ニャッ!」
アメリのためにも早く、ラウルを探して戻らなくてはいけない。
エドガーに手紙で探索に同行したいとお願いした。
さすがにひとりで原生林に入るのは無謀だ。
返事はなかなか来なかった。それならと、来るまで毎日送り続けた。
根負けしたのか、次の探索に連れて行ってもらえることになった。
ズボンとしっかりとした厚底の靴。
大荷物を背負い、家の前でノエルはエドガーを待っていた。
もうそろそろかな。
「おーい!」
クスリと笑ってしまう。
待ち人ではなく、リシャールだった。
「お手紙ありがとうございます」
「あいつには内緒で、ノエルちゃんに渡したいものがあってさ」
「王宮を抜け出してきたんですか?」
「違うよ。ちゃんと行き先を書いて置いてきたよ」
リシャールはどうだ、すごいだろうと得意顔だ。
「それは……。いえ、何でもありません」
リシャールは渋々王太子となった。あれこれ言うと、また嫌だとごねてしまう。
余計なことは言わないに限る。
「旅に必要なものですか?」
荷物はパンパンに詰め込んである。これ以上は重くて無理だ。
「必ず必要になるよ」
いつものふざけた様子もなく、真剣な目。
「これは?」
手に握らされたのは、魔法陣が書かれた紙。
持っていても、誰にも使えない。
「大丈夫。必要になれば自動で発動するだろう。お守りと思って、持って行って」
「……ありがとうございます」
「じゃ、気をつけて行っておいで」
リシャール様は「見つかる前に帰る」と言って、なぜか家の中へ。
魔力はもうないはずなんだけど……。
しばらくして、エドガーが隊を引き連れてやって来た。
「ノエル、お待たせ。まさかと思うけど、兄上がここに来ていないかな」
「いえ。いらしてないですよ」
「そうか。遊びに行ってくるなんて書き置きして、どこかに消えたらしいんだ」
「相変わらずですね」
「王宮から使いが来て、いたらとっ捕まえておくようにとお願いされたんだ」
困った兄だよと言うわりに、困っている風には見えなかった。
家の中から、ぴかっと、何か光った気がするが、気のせいにした。
「エドガー様、ノエル様を頼みましたよ」
アメリとノアに見送られ、ノエルは、とてつもなく広い原生林へ足を踏み入れた。




