天への階段
「ラウル!」「ルーラー!」
ノエルは大声でその名を呼んだ。
……どこかにいるはずだ。
瞬間、雲の切れ間から月が顔を出す。
魔法陣の上で、リシャールとエドガー、オーエン伯が倒れていた。
その顔は安らかに眠っているように見えた。
オルゴールはまだ奏でられている。
そしてまた、月は隠された。
「誰も行かせない! お願いだから姿を現して!」
ふと、背に気配を感じた。なぜか振り向くことは出来なかった。
大きな、温かい手で目隠しをされた。
「もう止めることは出来ないよ」
低く静かな声。今はどんな姿だろう。
目隠しされているのに、不思議と、見えた。
黒い影が列をなし、上っていく。
「あれは……」
「〈ここにはない場所〉から連れてきた。あれが壊されたら、もう返せない」
もう蘇ることのない魂だけは、地ではなく、天に返したい。
長い長い列には、小さな影も混じっていた。
赤い布の犠牲になった幼獣もいるだろうか。
そっと手を合せた。
「どうなるの……」
「今ある魔の力はいずれなくなるだろう。魔獣はただの獣になる」
「あなたは……」
「君はどちらを望むの?」
「ラウルよ」
「ありがとう」
気配は消えた。
「今度こそ、戻ってくるよね」
大きな影が上っていく。
瘴気を抱え、膨れ上がった影たち。
人を避け、小さな魔獣達を守ってきた。
――人は変わらなければいけない。
「私は忘れないよ」
最後に、ひときわ大きな影が上っていく。
影が揺れた。
角を……手を振っているように見えた。
涙が止らなかった。
「必ず、戻ってきて」
ノエルは腕を天に伸ばし、歌った。
それは、初めて歌う、愛の歌だった。
どこかで鶏が朝を告げる。
魔獣だったものが目覚めた。
魔の力を持っていた者が目覚めた。
保護区の森だけではなく、王都でも、小さな街や村でも。
新しい朝が来た。
「あ……あ……」
もう歌う声を持たなかった。
それでもノエルは口元に笑みを浮かべていた。
神へお返ししただけだ。
「ノエル……」
振り向くと、オルゴールを手にしたエドガーが、小さく「あっ」と声を出した。
「何色なのかな」
「悔しいけど、あいつと一緒」
そうか。私の好きな深い緑の目。
最高のプレゼントだ。
オルゴールももう何も音を鳴らさない。
それでいいんだ。
「人形は?」
それが……。
エドガーは目が覚めたら砂になっていたと。
「風に乗って、どこかに旅するのもいいね」
歴代の魔獣王の妻たち。
風にのって……天まで辿り着くかもしれない。。
エマはどうしただろう。人形にも入れず、魔力を失えば……。
リシャールが手を振っているのが見えた。
遺跡の中の、〈ここにはない場所〉への入り口は見つからなかった。
「私にも探せないとは……」
オーエンは少し寂しそうだった。
もう役目を終えて、消えたのか、永久に閉ざされたのかもわからない。
そして、ドガールの封印された石もなくなっていた。
「さあ。帰ろう」
魔力のなくなった私たちは、歩いて森を抜けるしかなかった。
途中、輪になって休憩を取っている集団の中に、子どもを背負ったマリエッタと伯父を見つけた。
「みんな無事だったようね」
「ちょっと、いきなり何が起きたのよ」
遺跡からお猿たちは残らず退去させられた。
「シャルルは?」
「お猿たちを元の住処へ連れて行くって」
マリエッタには王都の家に先に戻るようにと告げて、どこかへ消えた。
「……ノン……かち」
「あら、シャーリーはおしゃべり出来るようになったのね」
ノエルに菓子がないか、小さな手を伸ばしてくる。
――人の赤ん坊だった。
「伯父様、シャーリーを頼みます。甘やかしてはいけまんよ」
「わかっているよ。でも……ほら、こんなに可愛いとな」
「それなら、お父様がおぶってよ」
「うぎゃー」
「こら! 大人しくなさい!」
シャーリーは必死で背にしがみつく。
母親がいいみたいだ。
これが最後よと、飴玉を小さな口へ押し込むマリエッタ。
お母さんの顔だ。もう本当に大丈夫だ。
「私は森の家にいるわ。何かあったら訪ねてきて」
「そうね。不味いクッキーを食べに行くわ。……あれは、ダイエットにいいのよ」
「ふふ。じゃあね」
従妹を笑って見送ることが出来た。
「君は本当に強いね」
隣を歩くエドガーが、苦笑していた。
「元魔獣王の、婚約者ですからね」
これからやることがたくさんある。
「保護区に残った子達がどうなったか見回りして、飼育場で世話もして……」
「ノエル」
「泣いたりしませんよ。私も待つのは得意ですから」
そうだ。必ず戻る。信じてる。




