その日はやって来た
ノエルは石を片時も離さなかった。
遺跡の古代魔術が不発に終わればよし。
でも簡単には行かないだろう。
不安はつきなかった。何が起こるか分からない。
今は二人で、ただ静かに暮らそうと決めた。
「ラウル、今日は森へ行こう」
天気はいい。風も穏やか。
こんな日は家に閉じこもらず、外でゆっくり過ごしたい。
「面白いね」
地面にうつる丸い木漏れ日。
葉ずれの音を聞きながら、本でも読もうかと敷物を広げた。
「日焼けしないようにね」
そっと石をおいた。服は着せていないが、鹿耳帽子を被せた。
「あら」
ノエルが座ると、じっとこちらを見ている子鹿と目があった。
「おいで。お母さんはどうしたの?」
近くのクローバーを摘んで揺らすと、子鹿は耳をパタパタしながら近づいてきた。
魔獣ではなかった。白い斑点が可愛い。
「ラウル、見て。木漏れ日と一緒でぜんぜん気づかなかったよ」
子鹿は石を不思議そうにじっと見ていた。
「この森の主さんだよ。今はお休み中なんだ」
子鹿はふんふんと匂いを嗅いだ。そして蹴飛ばした。
「だめよ。ボールじゃないの」
転がった石を拾い上げ、傷がないか確かめる。
「そういえば……。昔、怪我した子鹿魔獣がいたっけ。あの子は白かったな」
あれって、もしかして。
「ラウル。あなただったの?」
石が少し熱を帯びた気がする。
もしそうなら嬉しい。子どもの頃にも会っていたなんて。
「ラウルもすごく可愛かったよ」
母鹿の鳴き声がした。子鹿は振り向きもせず走って行った。
子鹿の姿が消えるまで、ノエルはじっと見つめていた。
「……いいな」
小さな声がこぼれた。
家に帰ると、大きな箱を抱えたクリスタが待っていた。
「開けてみて」
「まあ!」
出てきたのは、薄い生地のドレス。
「母屋にあったウェディングドレスを誰かさんが魔法で変えてしまったからね。こんなのも良いかと思って」
絵本に出てくる妖精が纏うようなドレスは、淡い緑。
「素敵です。羽があったら飛べそうです」
ノエルがくるくると回ってみせると、クリスタは目を細めた。
もうすぐ満月。
石にドレスに合わせた衣装を着せた。
着れば石に音は聞こえない。
愛してるとささやき、ノエルは一人、月明りの庭にそっと出た。
ドレスを身にまとって。
胸には鹿角のネックレス。
アウラのオルゴールを開き、ノエルは歌った。
「眠れ……眠れ……」
誰も階段を上らないで。
そんな祈りを込めた。
その日はやって来た。
ノエルはベッドの上にラウルの服を広げ、石を置いた。
自力で石から出るだろう。
遺跡の周りは結界を張った。ラウルが追いかけて来ようが、中には入らせない。
ノエルが消えると、石は熱を帯びた。
そしてラウルが姿を現す。
「君にはお見通しか……」
ため息をついて、服を手にとった。
「エドガー、お待たせ」
「いよいよだね」
リシャールとオーエン伯爵はすでに魔法陣に手をかざし、魔力を流し入れていた。
「すごい……」
ノエルにもはっきりとわかるくらいに魔力が見えた。
「ノエルちゃん、何でもいいから口に入れて」
「特製クッキー作ってきましたよ」
「助かる」
手が離せないと口を開けるリシャールに、エドガーがクッキーを押し込んだ。
「兄様、ノエルにも準備があるんですよ」
「ノエルちゃん! 僕が倒れたら看病してよ」
ふふとノエルが笑う。こんな時でもリシャールは普段通り。それがありがたい。
魔法陣の中央にオルゴールを置いた。
「アウラ様。お守りください」
あとは満月を待つだけ。
「ノエル。万が一のためだ。人形の中に入って欲しい」
「エドガー、それはできないよ」
自分の目で見届けたい。
ノエルは遺跡の上にのぼった。ここからなら全てが見通せる。
絶対にラウルはやって来る。
その時に止めるのは自分だ。
最初にエドガーが魔術を発動。
風が強くなる。
オルゴールから歌が流れた。
それは風に乗って、森中に届けられた。
「眠れ……眠れ……」
動くものの気配が消えていく。
赤い月が魔法陣の真上にきた。
魔法陣が輝き出す。
その時、黒い雲が月を隠した。




