それは魔法のような
離れに隠されていた第三の神話。
魔獣王だけのものだった。
それを見つけ出し、開いた者がいる。
ラウルの血を取り込んだリシャール。
子でもないのに、血を引く者。
「リシャール様なら発動させることはできますか?」
一度限りの魔術陣。
使えば、もう二度と現れることはない。
「魔力が足りないだろう」
オーエンは無理だと言う。
そして空になるほど使えば、もうリシャールに魔力は戻らないとも。
「僕の魔力も使えばいい」
最後の魔術になろうが、出し惜しみはしないとエドガーが言う。
「私も歌います。魔獣達からも借りられるかもしれない」
「大して残っていないが、出すとしよう」
オーエンまで。
「決まりですね」
あとはラウルに知られずに。
その夜はもうすぐ。
――オーエン伯爵邸
石はグラスの中で眠っていた。
時折、ぷくっと泡が吐き出された。
ノエルが出掛けた後。
グラスに酒がなみなみと注がれた。
石は何度もグラスから出ようと割った。
そのたびに「付き合え」とリシャールが容赦なく新しいグラスの中に入れた。
つまらない噂話、長々と面倒な仕事の話まで聞かせているうちに、石は動かくなった。
「もう抵抗できないだろう」
自分は飲まずに、ひたすらお酌。
「お前が勝手に一人で終わらせようとするからだぞ」
王になったら独裁者だなと笑う。
「少しは頼れよ。人にだって魔獣を好きな奴はいるんだ」
結局、瘴気の正体は分からない。
「どうしたものか……」
ため息をついたリシャールがグラスに手をかけた時。
目の前の空間が歪んだ。二人が姿を現した。
「なんてことを!」
ノエルが目を丸くして、グラスの中から石を取り出した。
「これじゃあ、ラウルが溺死してしまいます!」
それも酒で。
可哀想にとノエルがハンカチで拭うが、臭いはとれない。
「もう。これじゃ側に置けないわ。どうしよ」
「『酔い』『醒める』って石に書いてあげなよ」
「そんな文字は知りません!」
リシャールを睨んでも、もう飲み始めて、聞いちゃいない。
グラスはエドガーが取り上げた。
「兄上。帰りますよ。ノエルまたね」
「ええ。次は飼育場へ連れて行ってくださいね」
「もちろん。ぜひ君に見せたい」
今度はリシャールが目を丸くする。
「いつの間に戻った?」
「元から僕らは気が合うんだ。ね、ノエル」
「そうですよ。真面目で努力家のエドガーといると安心できるわ」
「うわ。親密度が爆上がりだな。それに、僕が真面目じゃないって言いたいの?」
「ふふ。いつも驚かされてばかりですけど。頼りにしていますよ。では……」
エドガーの転移魔法陣にノエルが手を振る。
「さーて。お水に浸してみましょうか。ラウル。もう少し我慢していてね」
ふんふんと歌いながら、たらいに水を張る。そしてミントの葉を入れた。
「酒臭さもこれで少しはましになるかしら。ラウルも気持ちいい?」
石は答える代わりにたらいの中を転がる。
石でも千鳥足? つい笑ってしまう。
「もっと酔いが回ると思うよ」
ノエルが動くなと指先で止めた。
「あとで熱いお茶をあげるね」
あのねとささやく。
「エドガーとは友達になったの。不思議だよね」
あれほど胸がドキドキしていたのに。
前よりもエドガーと話したいことがたくさんある。
……ラウルとはどうなるんだろう。
友達ではいられない。
このままお世話係もできない。
許されるなら。
「もう一度夢を見てもいいかな」
何も特別なことはいらない。
ご飯食べて、本読んで。
いってらっしゃい。
ただいま。
おかえりなさい。
なんてことはない日常。
出会ったのは奇跡。
一度は離れたいと思ったのに。
無理だった。
引き寄せられてしまう。
それこそ魔法だ。
「そのための未来を守らなくてはね」
石の中では、ぼんやりしながらその言葉を聞いていた。
『未来……』
僕も夢を見ていいだろうか。




