07 神々と巫女と魂
「ふざけてはいません」
マルは拘束された大神官長に向けて言う。
「豊穣はもちろんお金に絡みますし、美も愛もお金が必要ですよね?」
国王は視線を大神官長からマルに移した。
「美も愛もだと?」
「だって、美しさを保つ為にはお金が必要だし、お金がなくなれば愛も終わるのでしょう?」
「その様な訳ではないだろう?」
「そうですか?他の宗教ならともかく、お金の愛と美と豊穣を司る女神の下では、そうなのだと学びましたけれど?」
マルはそう言って首を傾げた。そして国王達や参列者達をマルは見回す。
「それにしても皆さんは、自分が信仰しているのが、何の神か知らずに祈ってたんですか?」
マルがそう言って眉根を寄せた。その言葉を切るかの様に、国王は質問を挙げる。
「お金の神とは何だ?」
マルはまた、胸の前で両腕をクロスさせ、片手は親指と人差し指と中指を摺り合わせて薬指と小指は折り、もう一方は親指と人差し指で輪を作って他の指は伸ばしながら、国王に答えた。
「お金の神は、お金を司る神ですけれど?」
「神々と言っていたな?」
「ええ」
「幾柱もの神がいるのか?」
「ええ」
「愛と美と豊穣を司る女神も、その中の一柱だと言うのか?」
「いえ。宗教が別ですから」
「この国の宗教とマルが信仰する宗教は違うと言う事か?」
「ええ」
「マルの宗教では、愛も美も豊穣も司る神がいないのだな?」
「いえ」
マルは胸の前で片手を握り、もう一方の手でそれを包んだ。
「愛の神も」
マルは今度は両手を顔に前で合わせる。
「美の神も」
次はマルは胸の前で両手の指を組んだ。
「豊穣の神もいらっしゃいます」
「一つ一つに一柱一柱の神がいるのか?」
「はい」
「マルの宗教では、幾柱の神がいるのだ?」
「え?数えた事ないけど・・・」
マルの体が光を放ち、マルの目が焦点を失う。光が消えるとマルは国王を見た。
「八百万柱だそうです」
「八百万?それほどに?」
「ええ」
参列者の中から「嘘だろう?」との声が上がる。
マルの体が光を放ち、マルの目が焦点を失う。光が消えるとマルは参列者達を見た。
「いま疑った人には」
マルは両手の手のひらを自分に向けて、ウェーブを作る様に指をリズミカルに折ったり伸ばしたりする。
「数の神が罰を与えたそうです」
参列者達から「罰?」「与えた?」「何ともないぞ?」「嘘じゃないの?」などの声が上がる。
「罰とはどんな神罰なのだ?」
マルは声を掛けた国王を振り向いた。
「数が分からなくなるそうです」
驚いた顔をした参列者が、指を折ったり伸ばしたり、空中を見ながら口を動かして何かを言おうとしたりして、上手く出来ずに冷や汗や脂汗を流す。
中には財布から硬貨を出して、数字が読めると勝ち誇った様にマルに向けて言う者もいた。
マルは胸の前に両手で丸を作る。
「数字の神ではなく、神罰を与えたのは」
マルは指でウェーブを作った。
「数の神です。数字は読めても、数の大小は分からないのでは?」
参列者が硬貨を何種類か出して、「本当だ」と絶望の声を上げた。
「数の神と数字の神は別なのか?」
国王の問いにマルは「もちろん、そうです」と肯いた。
マルの答えに国王は、訝しげに眉を顰める。
「しかし、我々は愛と美と豊穣を司る女神の信徒だ。もし本当に愛と美と豊穣を司る女神がこの地を去っていたとしても、信仰していない数の神の神罰を受けるのはおかしいのではないか?」
「私は神々の信徒ですが、愛と美と豊穣を司る女神の神罰で魂を縛られました。神に取っては信仰しているかいないかは、関係ないのでしょう」
「それでは神罰を受けない為には、全ての神々を信仰しなくてはならないと言う事か?」
「え?なんでです?違いますよ。基本的には神々は人間の区別をしませんから、神々の目や耳のある所では、不遜な事を言ったり行ったりしなければ良いだけだと思います。宗教に拠っては違うかも知れませんけど」
「そうすると今は、数の神の目か耳があったと言う事だな?」
「神々の耳もいますけれど」
マルはちらりとバツを見上げ、また国王に視線を戻す。
「私は神々の巫女ですから」
参列者がざわつく。
「神々の巫女?つまりマルは神々に神罰を与える様に頼めると言う事か?」
「それは捧げ物次第ですけど、神々の巫女が見聞きしたものは、神々に筒抜けですから」
誓いの間に沈黙が降りた。
マルが周囲を見回して、満足そうな表情をする。
「話は終わりで良いですかね?」
「いや、待て、まだだ。筒抜けだと?マルが祈っている間だけなどではないのか?」
「筒抜けですけれど、どの神も見聞きしていない時が多いです。普段は気が向いた神が気の向いた時に、勝手に見聞きしてます。そして人間から神々に感謝を伝えたい時とか、願いを聞いて欲しい時とかには、巫女が祈って目当ての神に話を聞きに来て貰うのです」
「それは、聖女とは役割が違うのだな?」
「神々の巫女も、愛と美と豊穣を司る女神の聖女みたいに、神々が伝えたがった言葉を人間に伝える事はありますけど」
「・・・そうか」
「ええ」
話が途切れたのでマルはもう一度、話は終わりで良いかと訊いたら、国王はまだだと答えた。
「お金の神は何故、愛と美と豊穣を司る女神への信仰を奪えたのだ?」
「何故と言うか、信仰心には区別がないので、祈る人が愛と美と豊穣を司る女神に祈るか、神を指定しないで祈るかじゃないですかね?お金持ちにして下さい、とか祈るだけなら、元々は愛と美と豊穣を司っていた神より、元から」
マルは両腕をクロスさせて手も形を作る。
「お金の神の方に届きやすいですよね?」
「ですよねと言われても分からんが、だがここは、愛と美と豊穣を司る女神を信仰する国なのだ。それなのにお金の神に信仰が流れてしまうのは、納得出来ないが、そう言うものなのか?」
「それは私に愛と美と豊穣を司る女神の聖痕が出来たからですね」
「それはどう言う事だ?」
「私の信仰心は神々に向けられていました。当然」
マルはまた腕をクロスさせる。
「お金の神も私の信仰対象です。その私に愛と美と豊穣を司る女神の神罰が下され、私の魂に愛と美と豊穣を司る女神の聖痕が付きました。そうしたら当然、愛と美と豊穣を司る女神への信仰は」
腕をクロス。
「お金の神に流れますよね?聖痕を通して」
「なに?そんな事があるのか?」
「だって、魂への聖痕ですし」
「いや、素人考えだが、魂に聖痕が付いたなら、マルが愛と美と豊穣を司る女神の信徒になりそうではないか?」
「どうでしょう?魂の中まで犯されればそうかも知れませんけれど、そんな事をしたら魂が壊れそうですよね?あ、でも、私に愛と美と豊穣を司る女神の神罰を下したそこの副神官長なら、私の魂を壊さない様にすると言ってましたから、その辺りに詳しいかも知れません」
「知らん!知りません!」
国王に見られてそう叫ぶと、副神官長は首をふるふる振りながら、拘束されている大神官長の後に身を隠した。




