06 聖痕と信仰
マルの答に国王は眉間に皺を寄せる。
「巫女?巫女と言うのはつまり、聖女と言う事だな?」
「聖女見習いのマレニリアはさっき、愛と美と豊穣を司る女神がこの地を去るのと一緒に、どこかに行きました」
「どこかに行った?入れ替わった様には見えないが、お前はマレニリアとは別人なのか?」
「そう言う意味だと、体と魂は私で、私の魂に愛と美と豊穣を司る女神の聖痕が付けられていて、その聖痕の洗礼名がマレニリアです」
「どう言う事だ?聖痕があるならやはり聖女なのでは?」
「神罰で付けられた魂の傷が、神々の力を以て聖痕となったのです。ですから正しくは、神罰の痕の洗礼名がマレニリアですかね?」
「神罰の痕の洗礼名?大神官長、どう言う意味だ?」
「副神官長!どう言う意味だ?!何故神罰に洗礼名など付くのだ?!」
「いえ、その、わたくしにも、何が何やら」
「おい!マレニリア!」
「・・・・・・あ?私?私ですか?マレニリアはもうどっか行っちゃったんだけど、もしかして大神官長?私に言ってます?」
「お前だ!」
「でも大神官長?マレニリアはどっか行っちゃったので。私はマルで、マレニリアは私の魂を縛っていた神罰の洗礼名だから、どっか行っちゃっいましたからね?」
「ではマル!」
「なんですか?」
「・・・・・・?」
「あの、大神官長?もしかして、言う事忘れちゃいましたか?」
「うるさい!」
大神官長が何を言おうとしたのか思い出そうと、ここまでの流れをブツブツと呟き始める。
「さあ、話は済んだろう?」
「いや待つんだ」
バツがマルを振り向いて言ったけれど、また国王が待てと言った。
「この誓いの間で白い粉が降って光って消えて行くのは、マルの起こした奇蹟だな?」
「奇跡?え?違いますよ?」
「なに?」
「国王もそこから分かってなかったのですか?」
「マル、教えるならさっさと国王に教えて、後は任せて帰ろう。この国王って偉いんだろう?」
「そうね、バツ。大神官長と国王とどっちが偉いか難しかったけど、今日の様子では国王の方が偉そうよね?」
「だからマル?そうやって煽る様な事はいちいち言わないのよ。バツも」
「でも、スー?」
「いや、マル?あたしはさっさと引き上げたいの。分かる?話すならさっさと話す。話さないならさっさと引き上げる。簡単な話でしょ?話す?引き上げる?」
「そりゃあ、話せって言うなら話すけど」
「じゃあ前置きも言い訳も要らないから、さっさと話しなさいよ。要点だけ、簡潔に」
「分かったわ」
マルは肩を竦めた。
スーは、そう言う仕草も良いから、と言いたかったけれど、言えば話が延びると思って我慢する。
皆がマルの言葉を待った。
「国王。この場所はどこですか?」
「・・・大聖堂の誓いの間だ」
「正解です。正確には、愛と美と豊穣を司る女神の恩恵を受けて建てられた、大聖堂の中心にある誓いの間ですね?」
「そうだな」
「そうです。それでです。愛と美と豊穣を司る女神がこの地を去ったら、愛と美と豊穣を司る女神の恩恵がなくなります。愛と美と豊穣を司る女神の恩恵がなくなったら、愛と美と豊穣を司る女神の恩恵を受けて建てられたこの大聖堂は、その恩恵に守られていた部分が剥がれ落ちるじゃないですか?」
「剥がれ落ちる?もしかしてこの大聖堂が崩れるのか?」
参列者達から小さくいくつも悲鳴が上がる。
マルの体が光を放ち、マルの目が焦点を失う。光が消えるとマルは国王を見た。
「私達がいる間は、大丈夫だそうです」
「そうか」
今度は誓いの間に安堵の声が上がる。
「あ、私達と言うのは神々の信徒である私達の事で、皆さんの事ではありませんから」
「何?どう言う事だ?」
「我々はもちろん、愛と美と豊穣を司る女神の信徒ではないか!」
国王の質問にマルが答える前に、大神官長が大声を上げた。その声量に応える様に、降って来る粉が少しだけ増えた。
「神々の信徒である私達四人がここにいる間くらいは、この地を去った愛と美と豊穣を司る女神の代わりに、神々が大聖堂を支えて置いて下さるそうです」
「なんだと!」
「その、愛と美と豊穣を司る女神がこの地を去ったと言うのは、どう言う意味だ?」
「この地を去って、どこかへ行ったと言う意味ですが?」
「そんな訳があるか!」
「大神官長。少し黙っておれ」
「しかし陛下!」
「取り敢えず、マレニリアの話を聞くから、しばらく黙っておれ」
「あの、私はマルで、マレニリアは愛と美と豊穣を司る女神と共に」
「ああ、分かった、マル。それで?愛と美と豊穣を司る女神は何故、この地を去ったのだ?」
「信仰心を奪われて、消滅してしまいそうだったからだと思いますけれど?」
「嘘を吐くな!我々の信仰心は!」
「大神官長!命令だ!黙っていろ!黙っていられないなら、退席をさせるぞ!」
怒鳴られて、大神官長は国王を睨んだが、口は開かなかった。
大神官長が喋らないのを確認して、国王はマルに向き直る。
「信仰心を奪われたとは、どう言う意味だ?」
「どう言うと言うか、言葉の通りなのですけれど?愛と美と豊穣を司る女神への信仰心が、同じ信仰の対象である」
マルは胸の前で両腕をクロスさせ、片手は親指と人差し指と中指を擦り合わせて薬指と小指は折り、もう一方は親指と人差し指で輪を作って他の指は伸ばした。
「お金の神に向いたので、愛と美と豊穣を司る女神はこの地にはいられなくなった。そう言えば伝わりますか?」
「いや、伝わらん。同じ信仰の対象とはどう言う事だ?お金の神も分からんし」
「この地で信仰されていた愛と美と豊穣を司る女神は、実際はお金を司る神ですよね?」
「なに?お金?愛と美と豊穣を司る女神は、愛と美と豊穣の神なのではないのか?」
「元の愛と美と豊穣を司る女神は愛と美と豊穣の神でしたけれど、この地で信仰されていたのは、元の愛と美と豊穣を司る女神から分かれた、お金の愛と美と豊穣を司る女神じゃないですか」
「元?愛と美と豊穣を司る女神は、一柱ではないのか?」
「元は一柱でしたけれど、お金の御利益を望む信徒が多くなって、元の愛と美と豊穣を司る女神から、お金の愛と美と豊穣を司る女神が分離したのだそうですよ?」
「ふざけるな!」
怒鳴った大神官長を拘束する様に、国王は命じる。
大神官長は衛兵達に体を押さえられ、口に布を詰められた上で猿ぐつわを噛まされた。
「神に関する話だから、大神官長にも聞いておいて貰いたいが、これ以上騒いだり暴れたりすれば、退場させる」
そう言う国王は、睨んでくる大神官長を睨み返した。




