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10-11 孫季高

 石頭せきとう城に戻ってくりゃ、城の前庭で予備に残しといた兵らがまちまちに体をほぐしてた。いざってときの、頼みの綱。そいつを使わずに済んだんなァ儲けもんだったが、代わりに、もっと厄介な役割を与えにゃなんねェ。

 ったく、どんだけ兵からの恨みを買や済むんだろうな。

 寄奴きどァ兵らン中から、とびきり上背の低いやつに近付いてく。

「おう、季高きこう。よく眠れたか?」

 呼びかけられたやつ、孫季高そんきこうァ、伸びも止めねェまんまで寄奴を見る。

 寄奴が徐赤特じょせきとくを問答無用でぶっ殺したんなァ、とっくに石頭にも伝わってるところだった。どいつもが孫季高の振る舞いにビビり上がってた。まァ、そういうのを鼻で笑うんが孫季高なんだがよ。

「何を言っちょる。劉郎りゅうろうのこと、どうせ碌でもない話持ってくるんじゃろうが。眠っとかんわけがなかろう」

「そりゃそうだ!」

 わかってる(・・・・・)奴とのやり取りァ、面倒ねェことこの上ねェ。寄奴ァ思わず、大口開けて笑う。

 多少ァ、場を緩ませたか。そいつを見立てたあと、寄奴ァ懐から木簡を取り出し、孫季高に投げる。そいつを受け取り、ひもとくると、孫季高ァニヤリとした。

「結局、やることになったんか」

「無しで済ましたかったがな。查浦さほが転んじまった以上、やるしかねえ」

「そろそろ洗っておくべきじゃの、その首」

「そうするさ、終わってからな」

 軽口ァそこまでだ。やり取りをハラハラしながら見守ってた奴らを見回し、寄奴ァ言う。

「もうお前らも聞いたろう! オレらぁ、奴らの息の根をここで止めるつもりでいた! だがどうだ、ことが転びゃ、ろくろく奴らを殺せねえうちに、おめおめ逃すことになった! まったくもって、クソだ!」

 己の見立てがな――寄奴ァそう言いかけたが、なんとかして飲み込んだ。そいつァ、いま言っていいことじゃねェ。ことが終わるまで、寄奴ァやるべきことをやるためにも、兵どものことをまるで考えずに煽りまくる暴君でなきゃなんねェ。

「己らぁ、こっから奴らを川づてで追って、潰す! お前らは白石はくせきに出ろ! 白石の東にゃ、海風に強え船を三十用意してある! こいつで海路を行け! 番禺ばんうに出て、奴らの根城を先回りして、潰せ! 川づてで追い立てられた奴らが戻ってった先で、晋の旗を見せつけてやれ!」

 そっから寄奴ァ、この役割の褒賞を示す。そいつ無しで動くやつなんざ、むしろ信じるに値しねェ。

 海路ァ河路に比べて時化たときの荒れ狂い方がやべェし、しかも沿岸は山ばっかなもんだから、まともな町らしい町もねェ。沿岸に漂着すりゃまだマシで、丘も見えねェようなどこまで流されちまや、生きて戻ってこれさえしねェ恐れもある。海に出るなんざ、半ば死ににいく、って言ってるようなもんだ。

 だからこそ、寄奴ァ大盤振る舞いの褒賞を示す。手前ェが死んでも、残された家族が贅沢できるくれェに、豪勢な。

 もっとも、単に戦功の意味で言ったって、かなりの値打ちにゃなる役目だ。なにせ奴らにひとたび引きこもられりゃ、そこに差し向けなきゃいけねェ兵力、軍資ァ甚大なモンになる。そしたらどんだけの痛手を被ろうか、ってもんだ。徐羨之じょせんしのはじいた計算からすりゃ、海路が成功すりゃ、諸々込みにしたって四回分の損害が浮く、って話だった。

 そうとも知らず、兵どもァ寄奴の示した金額に湧き上がる。大晋だいしん万歳! 劉将軍、劉将軍! の大合唱だ。まったく、調子いいことこの上ねェ。

 が、それでいい。

「下流から楽しみにしてんぞ、お前らが五斗米道どもを青ざめさせんのをな!」

 孫季高を先頭に、兵どもが白石に向かう。いざとなりゃ寄奴自身で五斗米道どもを地の果てにまで追いかけるつもりじゃあ、ある。っが、そいつをやりゃ今度ァヤオに、トゥバにどう踏み込んでこられるかもわかんねェ。

 ――ついでに言や、司馬休之しばきゅうしどの。

 皇弟こうてい殿下、王弘おうこうの動きァ、どう安く見積もってもシカトしていいシロモンじゃねェ。下手に放置しときゃ、それこそ寄奴の首根っこがいきなり締まることだってありうる。これ以上ながながと建康けんこうを放置なんぞ、してられるはずもねェ。

「将軍」

 と、寄奴の後ろから、ひとり。

 振り返りゃ、そこにいたんなァ、沈田子しんでんし

 五斗米道ごとべいどうの縁者ってことで散々に疑いをかけられ、いっとき殺しかれられさえしたやつだ。寄奴が家の守り手に雇い入れて、その口実にかこつけて叩き上げてきた。

 ムロン討伐にも従い、蒯恩かいおんの下で寄奴の身の回りをよく守ってきた。臧熹ぞうきやら到彦之とうげんしやらに頼み込まれたからって飼い始めた奴じゃあったが、その働きァ、義理で片付けるにゃ余りあるほどのもんだった。

「おう、どうした」

 寄奴が呼びかけると、沈田子ァいったん孫季高らのほうを見て、そっから改めて向き直る。

「どうか、自分を海周りの隊には加えさせては頂けませんか!」

 その眼差しにゃ、やや怯えもあったが、それでも強い決意も伺えた。

 そいつを見て、寄奴も思いつくフシがあった。

 沈田氏の親父、沈穆夫しんぼくふ。やつァ五斗米道どもに参加して、家族ぜんぶをお尋ね者に仕立てやがった。そこにどんなきっかけがあるかなんざわかったもんじゃねェ、たァいえ親父をどうにかしなきゃ、沈田子にゃいつまで経っても「賊の息子」って汚名がついて回る。

 そいつを振り払うにゃ、手前ェの手で、五斗米道を盛大に叩く必要がある。そのための、海周り志願。

 寄奴ァ、ニヤリと笑う。

「わかった、行ってこい。そこまで言うなら、期待していいんだな?」

「無論のこと! この手で廬循ろじゅん徐道覆じょどうふく、そして」

 そこでいったん、言葉が切れる。

「――妖賊ようぞくどもの首級、挙げてみせましょう!」

 拱手を示し、すぐさま白石に向かう。

 そいつを見送ってから、寄奴ァ西に目を向ける。


 矢は、飛ばした。

 後ァこっちで、どれだけ矢の威力を上げられるか、だ。

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