10-10 徐赤特
白石が王仲徳の手配でどうにかなるってんなら、あえてそこにとどまる必要もねェ――ってか、むしろそこでのんびりしてるほうがアホか、って話にもなってくらァな。
白石に繋がれてた馬ァ、そんなに多かねェ。いざってときの伝令に使おう、って感じだったんだろう。
そうだ。
「いざ」ァ、いまだ。
繋がれてた一頭をぶったくる。他の奴らに指示なんかろくろく飛ばせやしねェ。ただ、諸葛長民だけにゃ伝える。どうにか付いてこい、ってな。
「なに笑ってんだ劉裕、きめぇな」
「あ?」
当人にしちゃそんなつもりもなかったんだが、諸葛長民に言われてみりゃ、確かに頬の肉が張ってやがる。
「まぁ、笑ってるでいいさ。どうぶっ殺してやるかって考えんのと似たようなもんだ」
「似てねえよ莫迦」
軽口めいちゃいたが、その口ぶりァ、やや重めェ。
そりゃそうだ、手紙にゃ崩れた、までしか書かれちゃなかった。
どう崩れたか、そんでどうなったか。そこまでァたどり着くまで分かったもんじゃねェ。途中で報せも飛んで来ちゃいたが、いちいちそいつに立ち止まるくれェなら、たどり着いちまったほうが早えェに決まってる。止まろうとした奴らの遠ざかってく声を聞きゃ、まァ、悪りィことにゃなってねェが、なってるだろうが、ひでぇことにゃなってねェだろう、ってなァ言えそうだった。
石頭も素通りし、とにかく査甫に向かう。そこで見たんなァ、五斗米道どもをちびちび撃破する、単発の騎馬。
そいつを守るように歩兵隊が動き、遠目から見ても、わりと一方的じゃあ、あった。
そりゃそうだ、どんだけ五斗米道どもが手練でも、水戦に長けてるったって、ひとたび陸の戦いともなりゃ、ムロン騎馬すら弾き返した寄奴の軍が遅れを取るわきゃァねェ。
寄奴がつきゃ、勝ち。そいつァ何もハッタリで言ったわけでもねェ。そんだけの動きができるようにしごいてきた奴らで、しかも新顔どもをきっちり動きに組み込むだけの芸当も見せてる。負けを心配する必要なんざ、これっぽっちもねェ。
――だからこそ、勝ち方が求められた。
査浦周りの動きン中、いっちゃんまとまってるあたりを見て駆けつける。そいつらも寄奴のツラを見るなりぎょっとしたが、すぐに隊列を開け、その真ん中――徐逵之への道をつくった。
おあつらえ向きだ。そのすぐそばにゃ、顔を
真っ青にしてやがる、徐赤特。
寄奴と諸葛長民ァ馬から降りると、大股で徐赤特に近づいてく。「こ、この度は――」なんて泡くいながら言いかけた徐逵之を押しのけ、徐赤特の前に。
やっぱり笑ってたんだろうな、こんときもよ。
寄奴が近づこうとしたそばから逃げ腰になったが、まともに動けるはずもねェ。つんのめり、ぶっ倒れる。
前置きも、クソもねェ。
腰に帯びてた剣を抜きしな、背中から肺腑の辺りをめがけ、ひと刺し。
「あが……!」
その叫びァすぐ血の泡に取って代わられ、全身がこわばると、こと切れた。
騒がしいはずの戦場がが、寄奴とその周りだきゃ、まるで凍りついたようになる。
たァ言え、そいつをのんびり味わう暇もねェ。
「退路を絞れ! 奴らを港に追い返すようにしろ! 追撃よりゃ街に強奪が出ねえことを優先させろ! トカゲの尻尾なんぞ、いくら切ったって一緒だ!」
併せて主だった将に招集をかけ、あらましを報告させる。そのさい、徐赤特の死体ァすっ転がしたまんまだ。
一通りの取りまとめを徐逵之にさせてる間、寄奴ァ急速に怒りを鎮めてく。そいつに取り憑かれたまんまになりゃ、回るオツムもまわんねェ。
「逵之」
「は、はっ――」
「アレに守りを任せたんなぁ、己の手落ちでもある。たぁ言え、これ以上そこについてあれこれ言ってる暇もねえ。後ぁ、一通り片付いてからだ」
やや強めに徐逵之の胸甲を叩いたあと、改めて、辺りの兵らに向かい合う。
「奴らの息の根を、ここで止められなかった! なら、わかるな! 奴らぁ南に逃げ帰ろうとするだろう! そしたら逃げる道すがらに何があるかもわかんねえ! まして、また番禺に引きこもらせでもしてみろ! 国の長患いぁ、まだまだ続くぞ! なら終わらせるぞ、ここでな!」
応、って声が上がる。
目算があった。
張綱の神弩がありゃ、奴らに打撃与えんのにも、船に載せたほうが早えェ。まして、いままさに盧循、徐道覆がすぐそこにいる。孫恩のときみてェに、見送るだけのまんまにするわけにゃいかねェんだ。
場が動き出してから、馬に乗った虞丘進と蒯恩が追いついてきた。
「劉将軍、どうなった!」
「失敗だ! 追うしかねえ!」
どがら、と虞丘進ァ馬からも降りず、寄奴のそばに来る。
「将軍らしくないな。その見立て、鈍ってはおらんのか?」
「うるせえよ、そんな上手えこと、なんでもかんでも見通せるわけねえだろうが」
つーか、将軍呼びすんじゃねェ。そう、虞丘進にゃぶーたれる。さんざ呼び捨てしてきやがった奴にいきなり敬語使われちまや、ケツのむず痒いことこの上ねェ。
は、って虞丘進ァ笑う。
「そろそろ諦めろ、劉裕! もう乗ってしまったのだ、天運とやらにな! でもなくば、この成り行きに説明がつくまい!」
手綱を引き、虞丘進ァ建康城に馬首を向ける。
幾人かを引き連れ、やけに嬉しそうに走り去る虞丘進を見りゃ、寄奴ァ唸るっかねェ。
「そうさ、天運だ。まっことおありがてぇ限りだ――」
拳を握り、手前ェのおでこを、殴りつける。
「そいつを、己の腕で引き寄せられてるってんなら、な」




