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私と創とビリーと一緒

「これで全部か?」

「足りなかったら戻るから。多分平気」

「だったら休憩でもしないか。ビリーが寝ているところ気持ちよさそうだし」

彼が指をさしたのは、リビングのガラス窓。濡れ縁があるからそこから庭に出ることもできる。

「そうね。何か飲むもの用意しようか」

「インスタントのコーヒーでいいよ。場所が分からないだろうからちょっと来いよ」

「うん」

国立大学の二次試験が終わった二月の末に、創君のご両親から私達に提案があるのと相談されたときから、私たちの生活は一変した。

創君のお父さんの実家の近くに転勤になったから、創君が住んでいる自宅に二人で住みなさいという事だった。大学の近くで部屋を探そうと私は思っていたのだけど、二人とも結婚するつもりなのでしょう?だったら入籍して大学に通えばいいじゃないと私たちが考えていなかった道を示された。いきなりの事だったから、二人でゆっくりと考えた。

そして、私たちはご両親の提案にありがたく乗っかることにしたのだ。そこから、創君の家のリフォームが始まって、私たちの高校の卒業式も終わったのを見届けてからご両親は北関東の都市に引っ越していった。

リフォームの間は、私の部屋の整理とかを創君が一緒にしてくれた。創君の家は私の自宅からは屋根が分かる距離……歩くと五分はかからない。創君が家に帰るときには少しずつ私の荷物を自転車で運んでくれた。

引っ越し当日は、近所の電気屋さんにお願いして自分が買った家電を創君の家に運ぶことにした。おばさんたちの視線は気になったけど、私の家の比較的新しい家電は私が自分で買ったものだから持って行っても文句は言えないはず。おいていく荷物は物置に閉まったので必要になれば庭の隅の物置を開ければいいだけだ。多分、私の家に上がることなんてなくなるだろう。

私が持ってくると宣言した家電製品は創君のおじさんたちが引っ越すときに運んで行ったので、がらんとしたキッチンもようやく生活できる程度なったはずだ。食器類も私たちが必要な分は置いていってくれたので、拘らなければ買う必要もない。

「で、何か必要なものは?」

「今あるものを使いましょう。買い物をしていて欲しくなった時に少しずつ買っていこうよ」

「お前……それでいいのか?」

「うん。私達で私達の家を作っていこうよ」

「そうだな。部屋は……どうする?」

リフォームは終わったけれども、寝室のベッドはまだ届いていない。明日家具屋さんが搬入してくれる。


「今夜は……布団を並べて寝ようよ。ビリーもこれからゆっくりと慣れていくからさ」

「そうだな。もっとパニックするかと思った」

確かにビリーがパニックを起こさないかと気にはなっていたのだが、当の本人は、日当たりのいいリビングにペットベッドを置いて、ソファーにお気に入りのバスタオルを置いたら少しだけ家の探検をしてから、ペットベッドの中で大人しくしていた。さっき起きて庭を眺めながら、しっぽがゆったりと左右に揺れている。

「あれって……いいのか?」

「うん、ご機嫌よ。創の家の匂いは創がいるから知っているでしょう?それにビリーの事も知っているからね。ビリーが見えるところでお茶をする分には平気よ」

私達が結婚すると決めた時に一番の気がかりだったのがビリーの存在。元々はよっちゃんの家の前に捨てられていた子猫で、姪が欲しがって家に来たはずなのだが。お世話をたいしていしないので見かねた私が世話をしたら私を飼い主と認定してしまった。そうなると姪は飽きてしまったようなので引っ越し時に一緒に連れてきたのだ。

「本当に大人しいな」

「そうね。猫って手がかからないけど、この子は更に手がかからないから」

何せ怖がりだから網戸にしていても開けて外に出るなんてことはしない。人の傍から離れることもないのでこっちが不安になることもない。

「ってことは、他の猫は大変?」

「きっとね。たまにいたずらするからその時はちゃんと叱ってね」

「ああ。なんか自分の子供みたいだな」

「そうかもね。言葉は通じなくてもある程度見ていたら分かるもの。いいじゃない。実際に子供ができるまではこの子が長男だって」

「そうだな。すぐに子供は考えていなかったけど……お前はどうしたい?」

「できたら休学はしたくないなあ。そうなると、8月とか2月の末に出産が一番いいのかもしれないんだけど」

学生のうちに一人は出産したほうが楽かなとは漠然と考えていた。問題はその後だ。保育園に入れるとしても無事に入れるのだろうか?

「そこのところは、ゆっくり考えよう」

「そうね。大学では勉強したいから行くんだもの」

リビングのローテーブルにお互いのマグカップを置いて庭を眺めるように床に座る。

ローテーブルの前のカーペットはビリーがいるからというのでホットカーペットだ。今は電気を入れていないけど、もう少し時間が経ったら電気を淹れようかなと思う位今日は暖かい。

「なんか……いいな」

「そう?」

「ああ。俺達最初から二人でいるときはお互いの自宅だったろ?」

私は頷く。確かに彼の告白に返事をしたものの、周囲の目を気にして予備校に行く以外デートらしいデートはしたことがなかった。

「これからは、外でのデートも楽しもう。ビリーがいるからお泊りはちょっと考えないとな」

「猫だから、一泊位なら平気よ。気になるのならペットホテルに預けたらいいわ」

「……預けるって。ビリーに耐えられると思うか?」

「無理だと思う。気にしているのは新婚旅行でしょ?」

「ああ。何もしなくていいからって指輪だけはどうなんだ」

「だって、私達まだ学費がかかるじゃない。それに学校に行っている間に妊娠して出産するのなら更にかかるのよ」

「お前のそういうところ好きだけど、少しは俺に甘えてくれないか?」

「甘えているわよ。こうして一緒に暮らすじゃない。これでもいっぱい悩んだのに」

ギリギリまでビリーと二人で暮らすことも考えていた。それでも彼と過ごすことを選んでしまったのは甘えとは言わないのだろうか。

「そうだな。恋人らしい時間がほとんどなかったからちょっと……な」

「いいじゃない。私達がこうして笑って寄り添っていられるだけでも。それ以上に何かを求めるの?」

「まあ……欲しいものはあることにはあるけど、すぐじゃなくてもいいし。ちいの言う通りだな。俺が焦っていた。お前は俺のものなのにな」

「そうよ。どこにも行かない。ずっと隣にいる」

私は彼に寄りかかってみる。彼が私の肩を抱く。彼のぬくもりが何よりも心地いい。

「幸せだよ」

「本当に?」

「うん。ずっと一緒にいられるんだもの」

自分がこんなに早く結婚するなんて思ってもいなかった。この展開にまだついていけていないかもしれないけど、創君と一緒にいられることに対しては素直に嬉しいと思える。

「そっか。俺も。こんなに早く結婚するなんて思わなかったけど。でもさ、初恋の女の子と恋人になって結婚できるなんてすごいと思わないか」

私の事をずっと好きだった創君。そのことはすでに知っているけど、私自身は彼が初恋の相手ではない。

「うん……でも……いいの?私で」

「私じゃなきゃ困る。他の男と付き合っているのを分かっていても諦めきれなかったんだから。俺の想いが重たいんじゃないかって思う位」

私達は中学を卒業するまではずっと同じクラスだった。それだけに互いに良いところも悪いところも分かりきっていると言ってもいい。そういう意味では、はとこのよっちゃんと同様なくらいに近い存在だった。

「重くないよ。ちゃんと私のペースに合わせてくれるじゃない」

「そっか。だったら……俺……もっと欲張ってもいいか」

「うん」

彼が何を言おうとしているか分かっている。自分の気持ちだけで突き進むなんてことをしない人だから信じることは十分できる。

「少しずつ、お前を知りたい。お前の全部が欲しいから」

「創……」

「お前が何を気にしているかは、なんとなく分かっている。すぐにどうとかはないけど……ごめん。ベッドはダブルにしたから」

「えっ?」

「俺はそのつもりなのでよろしく」

いきなりの発言に私は焦る。でも基本的に似た者同士な私達だからすぐじゃなくてもダブルベッドを買ったかもしれない。創は私が嫌がることは絶対にしない。それだけは自信をもっていられる。

「今日は別だからね」

「今日は隣に布団を敷くから、あんまり意味がないな」

ああ、やっぱりそういうつもりだったんだ。今まではビリーが一緒に寝ていたんだけどこれからはどうしたらいいんだろう?

「ビリーの事が心配か?」

「多分大丈夫よ。少しだけ扉を開けておけば」

「そんなんでいいのか?」

「猫だもの」

私がのんびりと答えると、自分が呼ばれたのかと思ったみたいにビリーが私たちの前にちょこんとお座りをする。

「どうした?」

「創が呼んだから来たんでしょ。頼られてあげたら?」

私は背中をゆっくりと撫でながら彼に告げる。これから私達はビリーも含めて本当の意味での家族になる。今は家族若葉マークみたいなものだ。ゆっくりと私達だけの家族になっていこう。

「創」

「ん?」

「大好きよ。それからありがとう」

「なんかいいな。そうやってお前から聞くのって。もっと頑張れそう」

彼の解釈はきっと間違っているとは思うんだけど、今はお口をチャックした方がいいかなと思う私でした。


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