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「要するに、極秘の任務や調査などではなく、天界での訓練時の勢いで地界に落ちてしまった……ということでしょうか?」
お父様は心なしか小さめの声量で恐る恐る確認する。
どうやら相当驚いているようだ。
そうだよね、世界史の本には天使様については魔法の得意な美しい翼の生えた麗人、って書いてあるもんね。
それに、実際に天使様に会えるのは5国の王様と中央都市の騎士様、イクイリオン・オーダーだけなのだ。
「全くその通りです。
地界に何か異変があったり問題があったりしたわけではありませんので、その点につきましてはご安心下さい。
このように境界伯にご挨拶させていただいたのは我々の帰郷に関しましてご協力をお願いしたいと思いまして。」
お父様の質問に、安心させるように素早く回答をするムニアン様。
さすが、できる側近って感じだ。
それにこちらへの対応もすごく丁寧で好感度がさらに上がる!
基本的に、天使様は天界から地界を見守って下さり、中央都市イクイリオンでは魔物の討伐まで手助けして下さることもあって
人間は自分たちよりも目上と認識している。
だから私たちが敬語を使ってきちんと対応するのは当然なのだが、天使様はもっと高位から……と言ったら失礼かもしれないが、
人間に対しては目下、という感覚で対応してくるものかと思っていたので余計ムニアン様の対応に感動してしまうのだ。
そう感心していたが、そうだ、ここは私も少し説明できる気がする!と気が付いて慌てて口を開いた。
「そうなのです、お帰りになるには中央都市に行くしかなく、中央都市に行くには王都の転移陣を使わせてもらわないといけないということで。
ですからここから王都に向かうための旅支度や国王様へのご連絡や紹介状も必要かと思いまして!
それにはお父様がご協力できるのではと。あと、王都へ向かう準備ができるまでは我が家に滞在していただくのが良いかとも思ったのです!」
私はここに天使様お二人をお連れした理由を私なりに説明した。
そしてお父様の方を見ると、私に一度頷いてくれた。
「なるほど、そういうことでしたか……。
――承知いたしました。旅の準備や国王への連絡等、私の出来ることは迅速に行いましょう。
もちろん準備の期間は当家にぜひご滞在下さい。」
「ご滞在中は快適に過ごしていただけるよう、努めさせていただきますわ。
ただ、天使様のご嗜好等詳しく存じあげませんので何か不備がございましたらなんなりとお申し付け下さいませ。
ご希望やご要望もぜひお聞かせいただけたら嬉しいですわ。
なにせ、天使様をおもてなしさせていただける機会なんてまずないのですから。
色々と差し障りのない程度で問題ありませんのでお話などをお聞かせいただけたら嬉しいです。」
お父様に続いてお母様も会話に加わる。
お母様も天使様のこと知りたいって思っているのね。わかる!
私ももっと色々お話ししたいわ。
「そう言っていただけると助かる。
我々もできうる限りのことをしたいと思うので、何かあれば言ってほしい。
ああ、我々の扱いは特別なことは特にない。
普通で大丈夫だし、人間の方々と同じだと思ってもらえれば問題ない。
でもそうだな、せっかくこのように交流できるのだ。
何でも聞いてもらってかまわないし、逆に私も色々と地界を知りたいと思う。
なので王都への旅ものんびり色々見ながら行きたいと思っているくらいだ。」
バルデウス様が楽しそうに話す。
それを聞いてお父様もお母様もとても嬉しそうな表情を浮かべている。
そうだよね、天使様に地界を知りたい、って言ってもらえるのは嬉し事だよね。
「ぜひ!地界をゆっくりと見てほしいです!ニヴリムの境界地もとっても良いところなんですよ。
ここに滞在している間にぜひご案内させてもらいたいです。」
この辺りのことなら私にも案内できるし、ぜひしたい!
そう思って張り切って声を上げるが、お父様は少し難しい顔をして話し出した。
「私もぜひこの辺りもご案内して差し上げたいところですが……その場合は天使様ということを隠していただかなければなりません。
それでもよろしければ――。」
「え!それはどうしてですか?
あ、天使様が珍しくて人が集まってしまうからでしょうか?」
お父様の発言に私は驚いて問いかけた。
すると返答はお父様ではなくムニアン様から返ってきた。
「そうですね、もちろんそれもありますが……。
そもそも、なぜ天使が地界ではイクイリオンにしか降りられないのかという理由はご存じですか?」
「いえ……すみません、知らないです。」
私は不勉強で恥ずかしかったけれど正直に答えた。
少し声は小さくなってしまったけど。
そんな私に、ムニアン様は優しい表情と声で言葉をかけてくれる。
「大丈夫ですよ。ご令嬢はまだ幼くていらっしゃる。きっとこれから学ぶ機会があるのでしょうから。
――天使がイクイリオンにしか降りないのは、地界の5国の均衡を保つためなのです。
天使は人間よりも強い力を持っているとされています。ですから、天使がどこかの国に肩入れしたりすると一気に国家間のバランスが崩れてしまうのです。
今はイクイリオンで魔物という共通の敵がいて、協力して討伐をしている、これにより地界の5国間では戦争は起きていないでしょう?
それが崩れるということは、つまり――。」
「5国間での争いが起きる、ということでしょうか?」
ムニアン様の丁寧で分かりやすい説明のおかげで私はすぐに理解することができた。
ムニアン様は私の答えに良くできました、と言うように頷いてくれる。
「その通りです。ですのでどんな理由であれ、誤解を避ける意味でもイクイリオン以外の地界で天使が存在するのは良くないのです。
今回の様に完全に天使側の、何の表も裏もない理由であっても――。」
私は納得してしっかりと頷いた。
「そのような理由でしたら確かに天使様は地界を見て回ることはできませんね。
でも、だからこそ今回は天使様ということを隠して行動すれば少しくらいなら問題ありませんよね!」
天界に帰るにしても王都までは旅をしないと行けないわけだし!
だからバルデウス様は楽しそうにしていたのか、納得!
「王都まではこちらで護衛の騎士を出しましょう。
……しかしあまり目立つと天使様だと気付かれやすくなってしまいますよね。
境界騎士が王都に行くことはあまりないものでして……。」
お父様も王都までの旅路をどうするか考えているようだ。
すると今度はお母様が何かをひらめいた、といった感じで話し始める。
「イーリッカが来年から王都の貴族院に入る年齢になるのです。
準備もあるので入学の数ヶ月前には王都に行かせる予定だったのですが……それを少し前倒しにしてはどうかしら。
イーリッカと、イーリッカの護衛騎士数人ということで。
その中に天使様方も紛れていただく、という形ならとても自然だと思うわ。」
お母様はめずらしく弾んだ様な声でそう言った。
さすがだわ!お母様すごい!名案だと思う!
私は興奮してお母様の方を見やると何度も頷いた。
するとお父様も笑みを浮かべて、
「なるほど、それは良い案だ。幼いイーリッカの護衛なら騎士をそれなりの人数連れていても何もおかしくはない。
ただ私とヘルミは今の時期に王都に行くのはあまりに不自然だ。
社交のシーズンでもないし、むしろ境界地の空間が不安定になる時期でもある。
イーリッカ、どうだ?頑張れそうだろうか?
王都に着けばタウンハウスには兄のヘンリックもいるし、タウンハウスの執事もとても優秀だ。
何も心配することはない。
社交シーズンになれば私もヘルミも王都に行って予定通りの入学準備もしっかり行おう。」
と、おっしゃった。
おおー!
なんか急に私に重大な任務が降ってきた!
すごい!天使様と旅ができるってことでしょ?
そんなの不安どころか楽しみでしかないわ!
「うん、それは良い案だな。
イーリッカと旅ができるなんて私も嬉しい。
旅の護衛は心配いらないさ。なんて言っても天界の結界を突き破れる私が一緒なのだから!」
わ!バルデウス様も嬉しいと言って下さるなんて!
私は嬉しすぎて、また何度も頷きながら、お父様やお母様、そしてバルデウス様を見ると弾んだ声で答える。
「はい!もちろん!私もその案に大賛成です!
天使様と旅ができるなんて素敵!
きっととても楽しい旅になると思います。
そして私も、天使様方を全力でお守りします!」
するとバルデウス様も笑顔で頷いてくれる。
「ではこの計画で王都に向かおう。
イーリッカが守ってくれるなら安心だな。
私も王家の名に誓ってイーリッカを守ろう。」
美しく凜としたバルデウス様の声が部屋に響いた。
……?
…………?
「えっと……?
王家、とは…………?」
私はバルデウス様の発した最後の言葉に首を傾げる。
部屋の中はしん、として。
お父様もお母様も凍ってしまったかのように固まっている。
「……バルデウス様は天界のイーガイアス王家現国王の第一王子であり王太子として冊立されております。」
これでも……。
と、ムニアン様の声が静かな部屋にずしりと響き渡った。
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