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応接室の少し手前の廊下で、ヨルゲンが私たちを見つけて早足で近づいてきた。
そして私たちも歩みを止めるとヨルゲンも近くでピシッと背筋を伸ばして立ち止まり、
「旦那様、お嬢様からお話はお伺いになっているかもしれませんが、応接室に天使様お二方をご案内させていただきました。
お茶をお出しし、お待ちいただいております。」
と、呼吸も乱さず簡潔に伝える。
さすが我が家の自慢の執事だ。自然と私まで背筋が伸びる。
お父様もそんなヨルゲンの言葉にしっかりと頷く。
「簡単にだがイーリッカから話しは聞いた。
詳しくはお会いしてご本人たちから伺うことにする。」
「そうね、私なんて何も事情は聞いていないのよ。
ただ、天使様をお客様としてお迎えした、とだけしか。
――ヨルゲンも突然の対応ありがとう。できたらあなたも中に控えていて話しを聞いておいてほしいわ。
追加のお茶の手配や、話しの流れでご滞在の準備など必要に応じて動いてほしいの。
お話し合いが終われば、私もおもてなしの采配には加われますから。
くれぐれも失礼のないように対応しなくてはいけないわ。よろしくね。」
お母様もヨルゲンに必要事項を伝える。その声はもういつも通り凜とした、動揺などまったく感じない口調だった。
お家の中のことは伯爵夫人であるお母様の腕の見せ所だ。
その指示も完璧!私もいつかくる未来のためにしっかりと見て学ばないと。
「お母様!私も、私もおもてなしのお手伝いをしたいです!」
そう言ってお母様を見上げると、お母様は表情を緩ませて小さく頷いた。
「そうね、イーリッカのお客様なのでしょう?
それならしっかりとおもてなしをしないといけないわね。
あなたにも色々とお願いすることになると思うわ。よろしくね。」
私はお母様のその言葉に嬉しくなって大きく頷いた。
すると、そんな私を見てお父様もお母様も頷き返してくれた。
……がぜんやる気が出てきたわ!こんな風に私のお客様を招くなんて初めてだし!
気合いを入れ直して胸を張ると、お父様はそんな私を見て少し笑うと再び歩き出す。
そしてついに応接室の扉の前にたどり着くと、お父様が丁寧にノックをし失礼いたします、と声をかけて部屋の中へと足を踏み入れた。
全員が部屋の中に入ると、天使様方お二人が綺麗な所作でソファーから立ち上がっているところだった。
はあ……私なんてさっきたくさんお話しもしたのに、少し時間が空いただけでもう耐性がなくなってる!
お二人が美しすぎてつい見とれてしまった……。
ただソファーから立ち上がっているだけなのに、見とれてしまうなんて――天使様とは本当に美しいのよね。
しかし、耐性がなくなって見とれてしまった私よりも、お父様とお母様はもっと固まってしまっているようだ。
さすがに本物の天使様を目の前にするとお父様もお母様も衝撃を隠せないのだろう。あまりにも優美で――。
私はそんな状況にはっとすると、誰も話し始めないのでは何も進まない!と思い、バルデウス様とムニアン様に向かって口を開いた。
「バルデウス様、ムニアン様、大変お待たせいたしました。
こちらが私の父と母です!」
この空間の静寂を崩すように少し大きめの声でお二人に両親の紹介をした。
バルデウス様も、ムニアン様も私の方を見ると先ほどと同様に、にこりと笑みを向けてくれた。
……うーん!美しい!!
そして私の声に反応してくれたのか、お父様がすぐにお二人に向かって頭を下げると、
「ニヴリム国。境界伯ヴァルター=ブロムベリと申します。
そしてこちらが、私の妻のヘルミです。」
と、しっかりと落ち着いて自己紹介をした。
なんと立ち直りの早い!お父様は銅像にならなかったわね。
しかもお母様も!
お父様に続いて綺麗にお辞儀をすると、
「ヘルミ=ブロムベリと申します。
どうぞよろしくお願い申し上げます。」
と、ご挨拶。
うん、お母様ももう立ち直ってるわ。すごい!
お父様とお母様の立ち直りの早さに感心していると、向かい側でバルデウス様が頷くのが見えた。
「ご丁寧にありがとう。
私はバルデウス=イーガイアスと言う。
突然の訪問になってしまい申し訳ない。」
丁寧にそう言うと、ふわりと笑みを浮かべる。
落ち着いて聞くとバルデウス様は声も完璧だ。
高すぎず、低すぎない程よい高さでずっと聞いていたいと思ってしまう声をしている。
すごいな、どこまでも完璧だ!
「初めまして。私はバルデウス様の側近のムニアンと申します。
この度はバルデウス様共々ご迷惑をおかけしてしまい大変失礼いたしました。
突然の訪問にもかかわらず快く受け入れて下さり感謝しております。」
続けてムニアン様もご挨拶をして下さる。
そうか、そういえばバルデウス様とムニアン様の関係をちゃんと聞いていなかったけれど、
バルデウス様の側近なのね。確か最初に「主」とおっしゃっていたものね。
全員の挨拶が終わると、お父様は天使様お二人に座っていただくように促し、私たちにも座るように目で合図をした。
改めて全員着席して顔を合わせると、お父様が話を進めるべく口を開いた。
「天使様が地界にいらっしゃる、ということは常らしからぬ事。
私は娘から簡単にしか事の経緯を聞いておらず、申し訳ないのですが今一度お聞かせ下さいますでしょうか。」
天使様が地界にいるのは確かに人間からしたら一大事だ。
早急に対処しなくてはいけない事態かも知れない、ということを考慮してか、貴族特有の遠回しな挨拶などは一切省き、
いきなり本題に入るようだ。
そもそも、天使様に人間の貴族間の挨拶の定型文が必要か?ということもあるしね。
だって天界では天界なりの挨拶の定型文があるかもしれないし……その辺どうなのかな。
貴族院で習ったりするのかしら。
私はまだ12歳だから貴族院にも行っていないし、基礎学習と令嬢の礼儀作法を家庭教師の先生から教えていただいているところだ。
そういった天界のことまではまだまだ全然だ。
「いや、それに関しては本当に驚かせてしまっていることだろう。申し訳ないとしか言いようがない。
完全に我々の都合……というか、落ち度と言っていい。」
バルデウス様が苦笑いで答える。
あれでしょ?結界を壊しちゃったっていう!
私はさっき聞いた話を思い出してつい笑ってしまいそうになり、一生懸命我慢した。
――もしかしたら少しくらい顔がにやけてしまっていたかもしれないけど。
「――天界には全体に強力な結界が張られていることはご存じだろうか?
その結界は外からも天界を守るが、内側からも地界に落ちぬよう防ぐことができる。
基本的には皆飛べるのだが、もちろん事故だって起こりうるからな。
今回も……そう、事故だったんだ。
剣術の訓練中に、勢い余って結界を突き破ってしまい、その衝撃で一瞬気を失って気が付くと地界の地面すれすれ。
慌てて受け身を取ったがまた気を失ってしまってね。一瞬だったけど。
そう、これはちょっと運の悪い事故だったんだ。」
バルデウス様は何度も頷きながら「事故」を強調する。
おかしくなって私は思わず小さく吹き出してしまう。
お、お母様に怒られちゃう!
……と、思って慌てて姿勢を正してお母様をチラリと見ると、お父様もお母様も、見事に固まっていた。
どうやら二人には天使様の美しい外見の衝撃よりも、天使様が武闘派だった事実の方が衝撃的だったのだろうか。
私はそんな二人をみてもう一度吹き出してしまった。
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