第三話 スパイ疑惑
第三話 スパイ疑惑
「おい、鼠谷。どうするんだよ!」と、豚崎が、狼狽えた。
「そうだな。ここは、大人しく捕まるか…」と、鼠谷は、観念した。逃げ場など無いからだ。
「毒ガスの実験体にされちゃうんじゃないのですか?」と、比手元が、声を震わせた。
「さあな」と、鼠谷は、口にした。現状では、何とも言えないからだ。
「諦めの悪いお前が、そんな事を言うなんて…」と、豚崎が、言葉を詰まらせた。
「確かに、らしくないですね…」と、比手元も、同調した。
「えーっと、兎君。君だけは、この“スマホ”を持って、身を隠して居て貰えないかな?」と、鼠谷は、指示した。黄兎に、スマホを預けていた方が、安全だと考えられるからだ。そして、「ピテ、渡せ」と、促した。
「はい、兎さん」と、比手元が、黄兎へ、右手で、スマホを差し出した。
黄兎が、スマホを受け取るなり、近くの繁みへ、駆け込んだ。
入れ代わりに、二人の日本兵が、正面に立った。
「お前達は、我が隊の所属の者じゃないみたいだな?」と、右側の色黒の日本兵が、開口一番に、問うた。
「う〜ん。何と言えば良いのか…」と、鼠谷は、口籠った。いきなり、事実を言っても、信じて貰えないだろうからだ。
「模罹田所長、連行しちゃいましょう」と、模罹田の左隣の間抜け面の日本兵が、半笑いで、進言した。
「そうだな。密偵ならば、破壊工作の為に、この島に居ても、不思議じゃないな」と、模罹田が、すんなりと聞き入れた。
「鼠谷。こいつら、俺達を、“密偵”に仕立て上げるつもりだぜ」と、豚崎が、耳打ちした。
「らしいな」と、鼠谷も、頷いた。難癖にしか見えないからだ。
「おい! 何を、コソコソ話してやがる!」と、間抜け面の日本兵が、凄んだ。
「おう! やろうってかっ!」と、豚崎も、喧嘩腰に、応じた。
「俺達に、手を上げれば、“国家反逆罪”で、処刑だぞ!」と、間抜け面の日本兵が、不敵な笑みを浮かべた。
「豚崎、自重しろ! ここでは、俺達は、部外者なんだからさ」と、鼠谷は、窘めた。下手に逆らって、殺られても、意味が無いからだ。
「くっ!」と、豚崎が、歯嚙みした。
「豚野郎! 口答えした分だ!」と、間抜け面の日本兵が、右手で、豚崎の左の頬を殴った。
「…っ!」と、豚崎が、睨み付けた。
「何だぁ〜? その反抗的な目は、よう!」と、間抜け面の日本兵が、半笑いで、戯けた。そして、「掛かって来な! 命が惜しくなければな!」と、上から目線で、挑発した。
「は、反抗的って、仰られますけど、その、こんな言い方されますと、誰だって、イラッとなりますよ」と、比手元が、口を挟んだ。
「小僧! 目上の者には、黙って従うものだぜ。俺のやる事に、口出ししてんじゃねぇぞ! コラァ!」と、間抜け面の日本兵が、恫喝した。
「ひぃ~!」と、比手元が、怯んだ。
「ピテ、根性見せたな」と、鼠谷は、労った。比手元にしては、頑張った方だからだ。
「典然一等兵。遊びは、それくらいにしろ」と、模罹田が、窘めた。そして、「気分を害させると、情報が引き出せなくなるぞ」と、言葉を続けた。
「はい…」と、典然が、神妙な態度で、応じた。
「けっ! 上司には逆らえないんだな!」と、豚崎が、悪態をついた。
「んだと!」と、典然が、威圧した。
「豚崎、怒らせるなよ…」と、鼠谷は、ぼやいた。腹を立てても、“スパイ疑惑”が、晴れる訳ではないからだ。
「模罹田所長。この豚野郎の取調べを、自分にやらせて頂きませんか?」と、典然が、やる気満々で、進言した。
「そうだな。でも、やり過ぎるなよ。先刻の学生共を、全員、やっちまったばかりなんだからな」と、模罹田が、注意した。
「鼠谷先輩。学生って…」と、比手元が、息を呑んだ。
「恐らくな…」と、鼠谷も、同調した。黄兎を蹴飛ばした学生達の事だと、察したからだ。
「まあ、奴らが、“軟弱者”だっただけですよ。一番のクズは、ボサボサ頭の大柄な小僧だったな。自分だけ助かろうと、仲間を売りやがるんだからな」と、典然が、吐き捨てるように語った。
「確かに、あいつは、クズだな」と、模罹田も、頷いた。
「そこだけは、俺も、あんたに賛成だぜ」と、豚崎も、賛同した。
「まあ、あの立ち居振る舞いは、頂けませんからね」と、比手元も、見解を述べた。
「“因果応報”ってやつだな」と、鼠谷も、納得した。黄兎にした事が、男子生徒達へ、別の形で、跳ね返ったようなものだからだ。
「模罹田所長。尋問は、明日からにしませんか?」と、典然が、進言した。
「何だ? 女にでも、逢いに行くつもりか?」と、模罹田が、左手の小指をたてながら、冷やかした。
「ええ。廣島の“物産陳列館”の前で、待ち合わせをしているもんで…」と、典然が、鼻の下を伸ばしながら、返答した。
「まあ、このご時世。いつ、戦地へ行かされるか、分からんからな。午前零時までに、戻るように!」と、模罹田が、許可を下した。そして、「こいつらを、牢屋へ放り込んだ後になるがな」と、補足した。
「そうでしたなぁ〜」と、典然が、上機嫌で、返事をした。
「お前とお付き合いする“物好き”な女の顔を、見てみたいぜ」と、豚崎が、憮然とした表情で、皮肉った。
「お前には、分からない“男の魅力”が、俺には在るって事さ」と、典然が、上から目線で、得意満面に、返答した。
「くっ!」と、豚崎が、歯嚙みした。
「豚崎。好みは、人それぞれだ。ここは、大人しくして居よう」と、鼠谷は、宥めた。典然の付き合っている女性に、興味は無いからだ。
間も無く、三人は、連行されるのだった。




