第三話 兎穴の底の茶会
そうして多様なクローンを作ることに決めた結果、アレクトゥスの記憶をコピーされながらも、容姿や性格の違うクローンたちが百年後に戦場で会合してしまったのである。
作戦司令室の重い沈黙を切り裂いたのは、鋭い金属音だった。
堅牢なはずの石壁が内側から爆ぜ、巨大な亀裂が走る。直後、部屋全体を揺らすほどの衝撃とともに、扉の横の壁が土砂のごとく崩れ落ちた。
砂塵の中から現れたのは、人の形を逸脱した巨躯だった。
全身を覆う漆黒の毛並みと、隆起した筋肉。剥き出しになった牙の間からは、熱を帯びた蒸気が漏れている。その背後には、獣の血に酔いしれた戦士たちが、影のように控えていた。
「──ほう、静かだと思えば。こんな陰気臭い穴蔵で、場違いな身なりの顔ぶれが仲良く茶会か?」
地響きのような低い声。それが悪魔の民族の長、エラクだった。
彼は血に濡れた巨大な斧槍を肩に担ぎ、部屋の中央へ向かって悠然と歩みを進める。その瞳には、知性と野生が危うい均衡で混ざり合っていた。
「エラク! ここはまだ私の……」
ユイが声を上げるが、エラクはそれを太い指一本で制した。彼は机に広げられた地図を一瞥し、鼻を鳴らす。
「その耳障りな口を閉じろ、女。抜け道のおかげでここまで来られたのは感謝してやるが、オレたちのやり方は知っているだろう? 邪魔な奴は殺し、欲しいモノは奪う。それ以外に何がある?」
エラクは、軍服に身を包んだラティウスと、老骨ながらも鋭い眼光を放つプラエトルを交互に見据えた。
「テラソリスの軍人に、共和国の腐れ役人か。どちらも敵には変わりない」
エラクが斧槍の石突きを床に叩きつけると、石畳に蜘蛛の巣状のヒビが入った。その圧倒的な質量と、迸る魔力の気配を前に、三人のクローンは一瞬、息を呑む。
「……やめてください。こんなところで戦ったところで、あなたは満たされない」
ユイがエラクに向かって一歩踏み込み細く声を絞りだす。それが無駄に終わると分かっているとしても、彼女はそうせずには居られなかった。
「知った口を利くな。……戦えばいいのだ。血を吐き、血を吐かせれば。そうすればこの無意味な闘争の先にも、一抹の答えが生まれるだろう」
エラクは獰猛に口角を吊り上げ、獲物を定めるように腰を落とした。
「憎い、忌まわしい……! お前たちが! このオレの中に流れる、この血が! ──全てが!」
咆哮が地下を震わせる。エラクの鬨に合わせ背後の戦士達も共鳴するように牙を剥き吠え立てる。
ラティウスがその怒号に顔をしかめて舌打ちすると、ユイとプラエトルも戦闘態勢に入ろうとした。
しかしその時、どこからか魂まで凍らせる静かな声が戦いに割って入った。
「血の気の多いことだ、悪魔の末裔よ。その獣化魔法の先にある答えなど、とうの昔に知れているだろうに。──憐れなり」
司令室の天井を突き破り、黒い陰がエラクに跳び掛かる。鋭い刀の刃による奇襲を斧槍で受け流しカウンターとしてその陰を蹴り飛ばす。特にダメージを負った様子もなく陰はゆらりと立ち上がった。
その様相はまるで地獄の鬼のよう。ところどころ破れ汚れた着物を肩をはだけさせ、大木のように鍛え抜かれた剛腕の手には刀を持ち、ゴワゴワとした白髪交じりの短髪を頭の天辺で髷にしている。まさに戦鬼と形容するに値する、エラクとはまた違った異形だった。
「まさか、黄泉路歩きか!?」
ラティウスが驚愕の声を上げる。それにユイが反応した。
「──黄泉路歩き。激しい戦場に現れては死を振りまく厄災。でも、彼は……」
複雑な感情を見せるユイを察してプラエトルが前に出る。
「45号……。ここを任せて良いか?」
45号と呼ばれた黄泉路歩きは、無表情のままだったが、否定する様子はなく、プラエトルは肯定と受け取った。
残り二人にも視線で撤退を促すと、ユイもラティウスも渋々といった感じで従った。
「……目障りな雑魚が。オレの邪魔をするな!」
エラクと黄泉路歩き──クローン45号が激突する。
わけがわからない、と溢しながらも、ラティウスは指示通りその場を後にした。




