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第四話 脱走道中、魔獣退治録



 ラティウス、プラエトル、ユイの三人はクローン51号、つまりプラエトルの指示によって地下司令室を脱出、その場の3つの勢力すべてに動きを悟られないよう混乱に乗じて戦地から抜け出した。


 砦を離れてすぐ、景色はがらりと姿を変えた。

 戦火に焦げた草地と、爆薬の粉じんが舞う空気を背に、三人の足は南へと向かっていた。

 ルーペス砦の背後に広がる丘陵地帯は、冬の訪れを前にして乾いた風が吹きすさび、草はくすんだ銀鼠色に枯れていた。斜面の岩は砲撃の余波か、あちこちに裂け目を刻まれ、まるで大地そのものが呻いているようだった。

 だが丘を越えるたびに、風の匂いが少しずつ変わっていく。

 焦げ臭さは消え、かわりに土と湿った落ち葉の匂いが鼻をくすぐる。背の低い灌木が道を縁取り、遠くには赤や黄色の葉が残る木立がちらほらと姿を見せはじめた。戦の影は、次第に地平線の向こうへと退いていく。


 そのように思われたが、ふとラティウスが微かな魔力の揺らぎを探知する。プラエトルもすぐに気が付き、杖を構えて臨戦状態に入った。

 しかしユイはまだ気付いていない。


「66号! 何をボサッとしている!」


 ラティウスが軍刀レイピアとマスケット銃を構えながらユイを叱咤する。


「やはりただでは逃してくれんか。例の最新兵器だろうな」


 プラエトルの冷たい呟きでようやくユイは事態を把握した。


「わ、私はあまり戦闘が得意じゃないので、お二人にお任せしてもいいですか?」


 もとからそのつもりだ、とラティウスは怒鳴り、ユイは縮こまりながら草陰に隠れた。


 やがて現れたのは、半人半狼の魔獣だった。

 この世界には、自然動物の他にも魔獣と呼ばれるモンスターが存在した。

 理性なく魔力を持つ厄介な怪物だが、目の前のそれには通常と違う行動様式が見られた。

 複数の個体が連携している。

 ラティウスは舌打ちしてその正体を看破する。


「魔獣ドローンだ。哨戒中のやつに見つかったらしい」


 その言葉に呼応するように、魔獣達は3人に牙を剥いた。


 最初に動いたのはラティウスだった。低い姿勢のまま地を蹴り、先頭を駆けていた一体との間合いを一息に潰す。マスケット銃の銃口が正面から突きつけられ、乾いた轟音とともに魔法の弾丸が爆ぜた。狼の額に穴が穿たれ、獣は声もなく頽れる。


「一体、二体……この数なら問題ない」


 強化魔法を纏った軍刀を返す手つきに迷いはなかった。次の個体が横合いから飛びかかるが、レイピアの切っ先が喉元を掠め、返す刀で脇腹を薙ぐ。魔獣ドローンは痛みに怯む素振りすら見せず、ただ機械的に次の動作へ移ろうとする。その反応の乏しさに、ラティウスは一瞬だけ眉根を寄せた。


「……使い捨てのドローンってのは、こういうことか」


 呟きは戦場の喧騒に紛れて消えた。


 背後では、プラエトルが杖の先端を地面に突き立てていた。彼の口から紡がれるのは、詠唱と呼ぶにはあまりに短く、譜面にも記録帳にも残らない類の言葉だった。声にならない響きが空気を歪ませ、周囲の魔獣たちの動きにわずかな乱れが生じる。


 統制の取れていたはずの連携が、ほんの一拍だけずれる。

 それは魔獣達のコントロールを奪う、彼独自の魔法だった。


「探知される心配がないのは、こういう時に有難いものだ」


 老いた声には、しかし焦りも驕りもなかった。ラティウスなどの軍人が扱う体系化された魔法は戦力として統率しやすかったが、探知されやすかった。

 逆に、プラエトルが使った魔法は呪術とも呼ばれる、秘匿性の高い戦術だった。

 杖を支えに、彼は自らその身を晒すことなく、群れ全体の呼吸を狂わせ続ける。かつて動物を操り使い魔としていたという古い技術の名残が、今は敵の統率を崩す術として活きていた。


 ラティウスの刃筋が乱れた個体を的確に刈り取っていく。連携の綻びを逃さず突く二人の呼吸は、口には出さずとも合っていた。


 一方、草陰に身を潜めていたユイは、その光景をじっと見つめていた。獣化された肉体、統率された行動、そして一切の躊躇なく振るわれる暴力。それら全てが、彼女の求める答えの断片であるように思えてならなかった。


「せめて、一体だけでも……」


 小さく呟くと、彼女は立ち上がり、群れの端で孤立しかけていた一体へと駆け寄った。その手のひらに宿るのは、体系立った魔法式と、悪魔の民族から見様見真似で学んだ獣化魔法の理が混ざり合った、彼女だけの術式だった。


「──眠れ」


 短い言葉とともに紡がれた光が、狼の四肢に絡みつく。殺すためではなく、動きを縫い止めるための術。魔獣は苦しげに唸り声を上げながらも、次第にその場へ膝を折っていく。


「ユイ! 庇う余裕はないぞ!」


 ラティウスの怒声が飛ぶ。振り向く間もなく、別の個体がユイの死角から牙を剥いて迫っていた。


 だがその軌道は、直前でぴたりと止まる。プラエトルの呪術が、寸前でその一体の脚を縺れさせていた。


「感謝の言葉は後で聞こう。今は目の前に集中しろ」


 素っ気ない声だったが、そこに苛立ちの色はなかった。


 三者三様の戦い方が、奇妙な均衡を保ちながら魔獣の群れを削っていく。斬り伏せる者、崩す者、生かして縫い止める者──同じ記憶から生まれながら、まるで違う答えを選び取った三人の姿が、そこにあった。


 やがて最後の一体が地に伏せると、静寂が丘陵地帯に戻ってくる。荒い息を吐くラティウスの傍らで、ユイは眠らせた一体の脇に膝をつき、その荒い呼吸を確かめるように手を添えていた。


「逆探知される恐れがある。生かすわけにはいかない」


 そう言いながらラティウスは眠る魔獣にレイピアを突き立てる。

 ユイは無念さを隠さなかったが、文句を言うわけでもなかった。ただ思案顔で魔獣が黒い泥に溶け落ちるのを眺めていた。


 三人は再び歩き始める。

 やがて、小さな川を越える橋が現れる。古びた石造りのアーチ橋は苔に覆われ、霧を含んだ冷気が水面を這っていた。川岸には機を織るように伸びた柳の木々が、風にそよいで葉を落としている。

 道は森を抜け、なだらかな坂を下った先に、霧をかぶった街の輪郭がぼんやりと浮かび始めていた。

 ラティウスが足を止め、振り返ることもなく呟いた。


「そろそろ詳細を話してもいいんじゃないか? ここなら誰にも聞かれないだろ」


 その声には、疲労とも警戒ともつかない鋭さが滲んでいた。

 プラエトルはわずかに歩調を緩めると、辺りを一瞥し、静かに頷いた。


「ふむ。まぁいいだろう。二人はこの先の街について、どれほど知っている?」


「このまま行けば……たしかセリカリアですよね」


 と答えたのはユイだった。フードを外し、首に巻かれたスカーフをふわりと指で摘まむ。


「絹織物と工芸の街。あそこの服は上流階級の女性に人気らしいですよ? 品質が良くて……。ほら、私もスカーフを持ってます」


 柔らかい黄色の布が、朝靄に染まりながらゆれる。無邪気なその仕草に、ラティウスは鼻を鳴らした。

 プラエトルはユイのスカーフをちらりと見やったが、すぐに視線を前へ戻す。


「……やはりそれ以外は知らなかったか。あそこにはあるのだよ。我々を産む母体。魂研究の要。生命に隠された神秘を解体する儀式。つまり──クローン生産工房が、な」


 その言葉に、ラティウスの表情がわずかに強張った。


「なんだって? ああ、それであんたがわざわざ出張ってきたのか。俺たちの秘密を知られるわけにはいかないからな……。いや、それだけなら、部下を送って現地人員と一緒に破壊でも隠蔽でもすりゃいい。直接あんたが来なきゃいけない理由はなんだ?」


 その問いに、プラエトルは肩をすくめ、老いた声で応じる。


「その工房はすでに稼働を停止している。今はもうテクストール工場として、織物生産のみを行っているのだ。我々を知るのは工場長──20号だけだ。作業員も街の市民も、表向きの顔しか知らん。顔が利くのは、儂だけというわけだ」


「工場長の20号……たしかセディウスさんですよね。ジュリア──28号と同期のクローンだと話してくれました」


 ユイが小さく頷く。その目に、懐かしさと哀しみが混ざっていた。


「私、ジュリアからルーペス砦のことを聞いていたんです。彼女、出発前に不安そうな顔をしていて……それが、あんなことになるなんて思ってなくて」


 ラティウスが足元の小石を蹴るようにして言った。


「なんだそりゃ。機密保持はどうなってんだ……。まさか、ノヴァ・ティダス軍に潜入してたのもそいつか? こっちに政府高官が視察しに来るってタレこんだやつ。……クソッ、いい加減な情報渡しやがって!」


「彼女のミスではある」


 プラエトルは淡々と言うが、その声はわずかに湿っていた。


「だが、あまり責めてやるな。28号の感情制御には、不安定な部分があってな……」


「やけに肩を持つじゃないか。老いらくの恋ってやつか? 自分同士で気色のわるい!」


 ラティウスの声は軽いが、その棘は鋭い。冗談とも本気とも取れぬ言葉に、プラエトルは表情を動かさなかった。

 ユイが慌てて二人の間に割って入るように声を上げる。


「もう! 喧嘩腰はやめて! ほら……そろそろ、セリカリアに着きますよ」


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