第二十二話 リローデッド
血溜まりの中で老人──コルテスことクローン21号が踠いている。
鋼鉄の巨人は命令者を失い行動を停止した。
「……呵々。143号は、貴様を止められなかったか。最期は……さぞ、哀れだっただろう?」
黙れ、とラティウスは禿頭に銃を突き付ける。
「しょ、せん。我々クローンに……個体としての死、など……意味はない」
「黙れと言っている!」
ほとんど目の光を失いながらも、21号は遠くを眺めるように薄く笑う。
「──結局、彼女の……言う通りに、なっ、たか……」
──ジュリア。
そうして彼は絶命した。
信号弾を見たプラエトルとミヌキアがラティウスのもとに集まる。
合流した彼らは、一旦情報を整理するために話し合った。
「──それで、コイツの目的は何だったんだ?」
「オリジナルアレクトゥスの捜索らしい」
「でも、どうやってですかぁ?」
その答えは恐らく疫病エリアにある。とプラエトルたちは再び祭壇の前に立った。
祀られた蠢く肉塊にラティウスは嫌悪感を隠そうともしなかった。
「これを見たとき、何かが引っかかったのだ。──ラティウスはどう思う?」
「どうもなにも悪趣味だとしか──いや、祭壇の周りの魔法陣に見覚えがあるな。確か、アスト・ラナ教の安産祈願の儀式じゃないか?」
「へぇー。そうなんですかぁ」
「何かを生み出そうとしているのか? ミヌキア君、分かるかね?」
「んー。これだけじゃよくわかんないですぅ。かなりアレンジされてるみたいでぇ、もとの儀式と比較できればいいんですけどぉ」
「もとの儀式──アスト・ラナ教はユイ君が詳しかったな」
「肝心なときに居やがらねぇ」
ラティウスは舌打ちする。
「──解説役が必要かね?」
カツリと靴音が響く。通路の先に立っていたのは、エントランスで見たホログラフィックの姿と全く同じ容姿──つまりまだ若い頃のコルテス(21号)だった。
「な──に?」
唖然とする三人を見て、彼は満足気に微笑んだ。
「私はクリフォトゥス。コルテスを量産化したクローンシリーズだよ。そして──君たちの疑問に答えるものだ」
ラティウスは乾いた笑みを浮かべる。
「あの野郎。クローンのクローンを作りやがった」
クローンをさらに複製することはかなりの初期段階で試されたが寿命が短くなりすぎるため計画は破棄されていた。その後は暗黙の了解として作られていなかったが、コルテスはそれをも破ったようだ。
プラエトルが前に出る。
「疑問に答えると言ったな。では質問しよう。コルテスはどうやってアレクトゥスを捜索しようとしていた?」
「それを答えるには、この世界の魔法の仕組みを知る必要がある。少し長くなるぞ」
もともと、コルテスは魔法の原理を解明しようとしていた。
この世界の常識では呪いが集まり魔力となって、その力で魔法が作用する。
では呪いとは何か。
それは人間が自然を観測し、法則を見出そうとする想像力の不合理が、実際の自然法則と不一致したときに起きる情報の摩擦だ。
コルテスはこれを虚数情報と名付けた。
魔法とは溜まった虚数情報の力を用いて自然法則を侵食する技術のことだった。
しかしそこでコルテスは気付いてしまう。
魔法を使用すると黒い泥が発生することはわかっていた。これは呪い溜まりとも呼ばれ、要するに虚数情報の塊だ。
魔獣は死ぬと黒い泥に溶け落ちることもわかっていた。
この事実を照らし合わせ、検証した結果。
魔獣とは獣化魔法の使用によって虚数情報に汚染された元人間であることがわかった。
そこでコルテスは考える──クローンの製造過程と魔獣の生まれかたが酷似していると。
そしてこうも考えた。黒い泥に個体としての虚数情報が集約されているならば、一度全ての人類を魔獣化して黒い泥にしてから、アレクトゥスの情報をサルベージすればいいのではないかと。
「──馬鹿な。いや馬鹿なのか!? そのために人間を滅ぼすというのか!」
「どうかしている! いや、そもそもそんなことは不可能だ!」
「滅びではない。肉体のあり方が変わるだけだ。それと、その不可能を研究するのがシャンバラの真の目的だよ。そしてそれは今日をもって完成した」
カツリと、再び靴音が響く。そこにはクリフォトゥス、つまり若いコルテスと同じ顔のクローンがもう一体歩いてきた。
「目的が我々を作った」
さらにもう一人のコルテスクローンが増える。
「目的が我々を示した」
「目的が我々を導いた」
「目的が我々を動かした」
コルテスクローンは増え続け三人を取り囲む。
「目的こそが我々を定義する」
プラエトルは眉間の皺を指で揉んだ。ラティウスは深い溜め息を吐いた。ミヌキアは恐怖で萎縮した。
「肝心の方法を聞いていないぞ。どうやるつもりだ?」
「ウイルスだよ。魔獣化の原因である獣化魔法を解析し、人間のみに感染する魔法ウイルスを作った」
そのための疫病エリアの研究だ。とクリフォトゥスは自慢した。
「そしてそれを戦争エリアで作られた飛翔自爆魔獣ドローンに載せて世界中にばら撒く。もちろん隔離施設やシェルターなどにも誰も逃さない。コルテスの記憶を転写した研究員たちが要人にも直接感染させる」
「そんなことはさせない!」
ラティウスが吠える。それを取り囲むコルテスクローンたちは嗤った。
「──させない? 私は漫画の悪役ではないのだぞ? なぜこうしてお前たちに計画を話したと思う?」
「まさか──」
「およそ一時間前に計画は発動した。飛翔自爆魔獣ドローンは発射され、すでに着弾も確認している。──ただ私は、勝利宣言をしにきただけだ」
クリフォトゥスがパチリと指を鳴らすと、鋼鉄の巨人──タロスが再起動する。さらにコルテスクローンたちそれぞれが新たなタロスを操作して呼び出した。
その数は十を越える。
「これは──」
「さすがに──」
「無理ですぅ!」
周囲を取り囲むタロスが剣を振りかざす。
全員が諦めかけたそのときだった。
「今こそ我が意、万界に満ちたり」
それは流星の如く堕ちる一筋の光。タロスの装甲を一刀のもとに斬り伏せる究極の武技。
数多の戦場を渡り歩き、数多の呪いを集積した彼だから放てる修羅の一撃。
「──抜山蓋世」
正真正銘世界を轟かした冥府魔道のそれは、鋼鉄の巨人を藁束かのように両断した。
「黄泉路歩き──!」
「退路は開いた。生を求むる者は疾く居ね」
タロスの残骸の前で全身から禍々しい魔力を放つ彼の姿は、もはや幽鬼そのものであった。
「タロスの包囲は崩れたが、逃げられるのは恐らく一人だ」
ラティウスが冷静に戦力を分析する。
「ならば逃すものは決まったな。──ミヌキア君。行きなさい」
プラエトルの言葉に小さな彼女は困惑するしかできなかった。
「でもぉ──」
「お前しかあいつらの計画に対抗できないんだ。さっさと行け!」
ラティウスに叩き出されるように走り出す。
そんなミヌキアの後ろ姿を残った三人は見送る。
「さて、最後の仕事といくか。せいぜい奴らの注意を引きつけよう」
まだまだ残る、迫りくるタロスの軍勢をプラエトルは睨む。
「別に倒しちまってもいいんだぜ? なぁ黄泉路歩き」
「笑止。死合う前に敗することなど考えるに能わず」
「だそうだ。どうする爺さん」
「──そうか。それもそうだな」
行くか。と三人は戻ることのない戦場へ駆け出した。




