第二十一話 夢の終わり
「──いやぁ! 追ってきますぅ!」
鋼鉄の巨躯が石畳を割りながら追ってくる。振動が足の裏から突き上げ、ミヌキアの悲鳴じみた声が飢餓エリアの空気を裂いた。
「飢餓エリアに逃げ込むか──自ら袋の鼠となるつもりか?」
プラエトルらしくもない。とコルテスはひとりごちる。
二人は魔法で加速しながら逃げていた。
プラエトルは走りながら杖を握り直す。身体能力補助の魔法をしていても息が上がる。老骨に鞭打っているのは自覚していたが、今はそれを気にしている場合ではなかった。
周囲には、あの共食いの環を生きる魔獣たちが息を潜めている。獣人系、ドラゴン系、スライム系、ゴーレム系、そして植物系──種は違えど、一つの命令系統の下に飼い慣らされた群れだ。
これを使えないか。
プラエトルは足を止めず、杖の先を地面すれすれに走らせた。短い詠唱を施す。
声にならない響きが空気を歪ませ、近くにいた獣人型の魔獣がびくりと身を震わせた。
いける。
そう確信しかけたところで、杖を握る手の感覚が急速に薄れていく。指先が痺れ、視界の端が滲んだ。
「──っ、足りん……!」
舌打ちが漏れる。数体を乱すだけならまだしも、あの巨躯に対抗し得る数を動かすには、今の魔力ではまるで足りない。老いた身体が悲鳴を上げている。力を振り絞ろうにも、焦りと疲労がそれを押し潰していく。
「プラエトルさぁん!」
ミヌキアが横から飛びついてきた。
「それ、命令の入力点を狙ってませんかぁ? だったらもっと、こう──効率よく回せるはずですよぉ!」
「なんだと?」
「ここの魔獣ドローンってぇ、全部同じ設計思想で作られてるんです。命令の割り込み方にも共通の癖があってぇ。プラエトルさんの魔法、乱すだけならもったいないですよぉ!」
彼女の目に、これまで見せたことのない光が宿っていた。恐怖に竦んでいるはずのその瞳の奥で、何かが猛烈な速さで組み上がっていく。
「ここと、ここと──あとここ! この三点を同時に叩けば、命令系統ごとまとめて乗っ取れます! その呪術、少し形を変えれば……いけるはずですぅ!」
ミヌキアが震える指先で宙に何かをなぞる。プラエトルの目には、それがまるで即席の魔法陣のように映った。本来、彼の呪術は彼一人にしか扱えない、再現性のない業のはずだった。それを、この小柄な研究者は瞬時に読み解き、体系化して組み替えようとしている。
「──面白い」
プラエトルは短く笑うと、杖を握り直した。ミヌキアが示した三点に狙いを定め、再び声にならぬ言葉を紡ぐ。
今度は、感覚が違った。
薄い霧のように広がっていた魔力が、彼女の示した法則に沿って一気に収束していく。無駄なく、鋭く。
周囲の魔獣たちの動きが、次々と乱れ始めた。獣人が、ドラゴンが、スライムが、ゴーレムが、まるで見えない糸に引かれるように向きを変え、次々とタロスへと殺到していく。
「ほう……タロスに魔法は効かないと見るや、周囲の魔獣ドローンの制御を奪ったか……!」
物見を決めこんだ21号が呟く。
巨大ゴーレムの足元に群がる魔獣たちが、その巨躯にまとわりつき、爪を立て、牙を突き立てる。一体一体は取るに足らない攻撃でも、数がそれを埋め合わせていく。
タロスの歩みが、目に見えて鈍った。
「やりましたぁ!」
ミヌキアが息を切らしながら声を上げる。だがプラエトルの表情は険しいままだった。
「──喜ぶのはまだ早い。所詮は足止めだ。あの図体を止めるだけの力はない」
現に、まとわりつく魔獣たちを一体、また一体と、タロスは苛立たしげに払い落としている。時間稼ぎにしかならないことは、火を見るより明らかだった。
「それでどうする? 時間を稼いだところで策がなければ無意味だぞ?」
呵々、と嗤うコルテスだった──が。
「──ああ、それも、伏兵が居なければの話だがね」
背後から心臓を穿つ一撃。突然の奇襲に反応することも出来ず、禿頭の老人は自らの胸を突き破る軍刀の刃を唖然と眺めた。
「140号、貴様……」
血溜まりに沈む21号を見おろして、軍刀の血を払うと、ラティウスはマスケット銃から魔法で信号弾を放った。




