第十六話 物神性にはほど遠く
ゲートを潜ると、緩やかな坂道が続いていた。
両脇には磨かれた手すりと、等間隔に灯る柔らかな光源。それはあたかも見晴らしの良い展望台へと誘う遊歩道のような造りだった。
坂を上りきったところで、視界が一気に開ける。
「──これは」
プラエトルは言葉を失った。
眼下に広がっていたのは、丘陵に沿ってなだらかに広がる集落だった。木組みの小屋が等間隔に並び、その間を縫うように土の道が走っている。中央には焚き火の跡らしき黒い円が幾つも点在し、井戸を思わせる石組みの構造物もあった。
一見すれば、どこにでもある牧歌的な村だ。
しかし、目を凝らすほどに、そんな感想は崩れていく。
小屋は一つ残らず同じ大きさ、同じ形をしていた。屋根の傾き、壁の継ぎ目、扉の位置に至るまで、寸分違わず。まるで同じ型を使って延々と押し出したかのようだった。
そして、その間を行き交うもの達もまた、同じだった。
全身を覆う灰褐色の体毛。四肢の長さ、歩幅、首を傾げる角度。誰もが、寸分たがわず同じ動作を、同じ速さで繰り返している。ある者は水を汲み、ある者は薪を運び、ある者はただ地面に座り込んで前後に揺れていた。
しかし、水を汲む個体も、薪を運ぶ個体も、揺れる個体も、それぞれが複数いるにもかかわらず、まるで一つの映像を何重にも重ねて再生しているかのように、寸分の狂いもなく同期していた。
「なんなんですかねぇ、あれはぁ」
ミヌキアが手すりから身を乗り出しかけ、プラエトルがその肩を掴んで止めた。
「落ちるぞ。……そう言えば音声ガイドがあると言っていたな。──これだな」
手すりの横に付いていたボタンを押す。
するとスピーカーからスタッフのものと思われる録音音声が流れる。
「共産村に住む魔獣をご覧になりましたか? 彼らは人間と同じ生活をしながら、しかしその悩みから解放されています。我々は魔獣の特性を生かし、永遠の寿命を完成させました。
しかし寿命がなくなったとしても、外的要因による死は存在します。
シャンバラはその外的要因をも解決する手段をご提示いたします」
「──永遠の寿命だと? そんな話は聞いたことがない」
どんな絡繰りだ。と訝しむ間にも音声は続く。
「どのような政治体制も最終的には強いリーダーを求め、権力は一極に集約されます。そしてそれは体制の腐敗を呼び、やがて人々は望んで最も愚かな指導者の選択に従うのです。自ら滅ぶという絶望の終わりを。
シャンバラはこの終末に回答を提示します。
このエリアに生息する魔獣たちは全て同じ権利を持っています。上下関係はなく、財産は共有され、同じ労働を行う。
ここに権力は存在しません。ただありのままの共同体のなかで全員が平等に暮らすのです。
それが人類の目指すべき、最も優れた文明なのです」
「──原始共産制」
ガイドを聞いていたプラエトルが苦虫を噛みつぶしたような顔で呟く。
「え?」
「簡単に言えば、個の否定だ。そして確かに、魔獣ドローンの技術を応用すれば可能だろう。全てをあらかじめ入力し、示し合わせているのだから」
本来示し合わせるためには、命令する者と、従う者が要る。リーダーと、選び取る意志が要る。
だが、あの光景にはそのいずれもない。
誰も指示していない。誰も選んでいない。ただ、個体差そのものが失われているがゆえに、同じ状況に置かれれば、同じようにしか動けない。それだけのことだった。
「パンとサーカス、そして死の恐怖の克服。確かにそれだけ見せれば、財産を投げ売ってでも参加する人間も現れよう」
それがシャンバラの狙いなのだろう。永遠の命を釣り餌に展示を見せて最裕福層のスポンサーを得る。魔獣や人間の被験体すらスポンサーの提供かもしれない。
「──だが、欺瞞だ」
「どういうことですかぁ?」
「永遠の命だよ。先ほどアイデンティティ・コリジョンのファイルを読んだだろう? それで察しはつく。どうやら、シャンバラでは人間の記憶を魔獣に転写している。転写を繰り返せば、寿命は問題なくなる」
今度はミヌキアが渋い表情を見せる。
「でも、それってぇ──」
「そうだ。結局のところ誰が転写を入力し、監視するかの問題が残る。共産制の特権階級による矛盾は未解決のままだ」
だから欺瞞なんだと、プラエトルは吐き捨てた。
「行くぞ。ここに見るべきものはもうない」
微妙に納得のいっていない様子のミヌキアだったが、足早に去る彼のあとを追うのであった。




