第八話 セリカリアの戦い
街の入り口に近づくにつれ、轟音と怒声が肌を刺すように強くなっていく。
石畳には焦げた瓦礫が散乱し、崩れた家屋の陰から悲鳴が漏れ聞こえていた。避難民の波はすでに逆流し、戦場へ向かうラティウスとは反対方向へと押し寄せている。
「小隊長! ご無事でしたか!」
瓦礫の向こうから、見覚えのある兵が声を上げた。腕に浅くない傷を負いながらも、銃を構える手は震えていない。
「状況を報告しろ」
「悪魔の民族の先鋒がここまで……! 数はそう多くありませんが、統率が異常です。並の獣兵じゃありません」
言われずとも、ラティウスにはわかっていた。
瓦礫の隙間から覗く敵影──毛皮と鋼が入り混じった異形の群れが、統制された動きで通りを制圧しつつある。人間の兵とは根本的に違う、獣性と理性が奇妙に同居した戦い方だった。
軍刀を抜き、マスケット銃の残弾を確かめる。
「──全員、下がるな。ここを抜かれたら街の奥まで蹂躙される」
ラティウスは低く告げると、土嚢やバリケード、崩れた瓦礫を魔法で組み直し、防御陣地を固める。
身を隠しながらの銃撃に相手が手をこまねいている間に、小隊の被害を把握し部隊の再配置を行う。
「魔力弾はできるだけ温存しろ! 実弾の使用を許可! 当たらなくてもいいからとにかく撃ち続けろ! 紙薬莢の出し惜しみはなしだ! 砲兵!移動式大砲の残りは!?」
「あと一つです!」
「よし! そいつは虎の子だ! 合図で撃てるよう魔力をチャージしておけ!」
「了解!」
ラティウスの指揮により徐々に戦況は好転する──かに思えた。
そこへ人を超えた巨躯が猛然と突進を仕掛けてくる。
「エラク!」
兵士の誰かが叫んだ。そして銃弾の嵐を意にも返さずあっけなく防御陣地の一つが吹き飛ぶ。
「来たな、黒獣野郎!」
ラティウスは指揮陣地から飛び出しエラクのもとに向かう。途端に瓦礫の奥から敵の弓矢と投げ槍が飛んでくる。
「小隊長を援護しろ!」
兵士が一斉に四方へ射撃を行う。
その隙にラティウスは悪魔の民族の長、エラクに接敵した。
「誰かと思えばさっきの小僧か。老いぼれ役人はどうした? 両方轢き潰してやろうと思ったが」
兵士の一人を片手で握りつぶして、エラクはラティウスに問う。
それに苦い顔をしたラティウスが答える。
「奴さんは逃げたよ、ユイと一緒にな。──なぁ、あんたらどういう関係だ?」
「関係などない。あの女とていずれ殺す相手に過ぎん。まずはお前を血祭りにあげてからな」
エラクは斧槍を突きつけるが、ラティウスは怯まずに冷たく笑った。
「その割にはルーペス砦に着いてすぐに殺さなかったな。情でも湧いたか? それともその甘さは元からか? 黄泉路歩きも殺せなかったんだろう?」
なにビビってんだ、と彼を挑発する。
「口の減らぬ雑魚が、よく吠えた。──褒美に死をくれてやる!」
斧槍の連撃がラティウスを襲う。縦に横に、そして突き。その全てが当たれば致命傷の強力な攻撃だった。
それでも彼は反撃を捨てて回避に専念し、辛うじて全て避けていた。
「どうしたぁ! 逃げるだけでは勝てんぞぉ!」
やがて家屋の壁を背に追い詰められたラティウスはトドメとばかりに横から薙ぎ払われる攻撃に合わせレイピアを振り上げる。
「馬鹿め!」
勝利を確信したエラクが吠える。実際巨大な斧槍の一撃を魔力で強化しているとはいえレイピアで捌けるわけがなかった。
レイピアははじけ飛び、ラティウスの身体ごとバラバラになって宙を舞う。
──いや、そうではない。軍刀は砕けてもラティウスは健在だった。攻撃を利用して高くジャンプしたのだ。
「今だ!!」
飛ばされたラティウスが地上に合図を送る。
エラクの背後に設置された大砲が閃光を放った。
魔弾の轟砲は黒い巨躯の背中に直撃し、彼は前のめりに家屋へ激突して壁を突き抜けた。
なんとか空中で魔法の姿勢制御に成功したラティウスが着地する。
「やったか!?」
エラクを挑発して大砲前に誘導する。
作戦は見事に上手くいった。
家屋は倒壊し瓦礫に埋もれた黒い巨躯は動かない。
周囲の獣兵は、しばらく唖然としたあと、堰を切ったように散り散りに逃げ出した。──まるで、まだ何かを恐れているかのように。
テラソリス軍の勝ち鬨がこだました。
「小隊長! やりましたね!」
隊員たちが次々ラティウスの周囲に駆け寄る。
部隊が勝利に湧くなか、彼は同胞のクローンのことを考えていた。
──51号、66号。ややこしいことになってなければ良いが。
その呟きは、鬨の声に紛れて消えた。
地下牢に似た石造りの一室に、ユイは座らされていた。手首に施された封魔の枷が、かすかに魔力を吸い上げる音を立てている。
対面の椅子には、腕を組んだプラエトルが静かに腰掛けていた。その背後には質疑を記録する文官がひとり、羽根ペンを構えている。彼もまた、プラエトル一派のアレクトゥスクローンだった。
「では始めようか。──66号、お前が悪魔の民族に加担するに至った経緯を、洗いざらい話してもらう」
感情の見えない声だった。先ごろ丘陵で見せた老獪な余裕は鳴りを潜め、そこにあるのは徹底した審問官の顔だけだ。
ユイは膝の上で手を握りしめ、しばらく俯いていたが、やがて顔を上げた。
「……最初から、話します。私がフェリクス村を訪れたのは──アスト・ラナ教に伝わる、転生者の伝承を調べるためでした」
声はか細かったが、震えてはいなかった。
「私はもともと、転生がどのようなメカニズムで起きるのか知りたかった。だから歴史に残る転生者と呼ばれる人々の足跡を、各地の遺跡や文献から辿っていたんです」
プラエトルは何も言わず、ただ視線でその先を促す。
ユイの脳裏に、記憶が像を結び始める。
湿った風、枯れた大木、色褪せた旗、遠くで鳴る鐘の音。──あの村を訪れた日の光景が、今もはっきりと蘇る。




