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『老衰で死んだ剣豪ですが、若返って安倍晴明と妖怪退治始めます  作者: ばけつプリン


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9/26

源ちゃん改造計画

その夜、源一郎たちは再び都の夜へ出ていた。


鏡の術式について分かったことは少ない。術を施した者が相当な使い手であること。そして、奪った美しさがどこか別の場所へ送られていたらしいこと。それ以上を追うには、今のところ手掛かりが足りなかった。


ならば考え続けても仕方がない。


少なくとも源一郎は、そう判断した。


「仕事が終わったなら遊ぶ」


それが2度目の人生で決めた、新しい方針だった。


晴明に連れられて入った店は、以前よりも少し賑やかな場所だった。酒を飲む者だけでなく、楽器を鳴らす者や、談笑する女たちの姿もある。


源一郎は出された酒を口へ運びながら、周囲を興味深そうに眺めていた。


「相変わらず見回してるわね、源ちゃん」


隣に座った紫苑が、楽しそうに笑う。


「珍しいものばかりだからな」


源一郎が答えると、紫苑が一瞬だけ目を丸くした。


「今の、いいじゃない」


「何がだ?」


「それよ」


「それ?」


紫苑は源一郎の顔をじっと見た。


見た目だけなら20代半ばほどの男だ。


短く整えた黒髪に、精悍な顔立ち。身長は180cmほどあり、この時代ではかなり大柄な部類に入る。紫苑が仕立てた和装の下には、余分な肉のほとんどない鍛え上げられた身体が収まっている。


腰には妖刀。


黙って座っていれば、かなり目立つ。


実際、店へ入ってから何人かの女が源一郎へ視線を向けていた。


紫苑はそんな女たちを一度確認してから、源一郎へ向き直った。


「源ちゃんって、見た目は結構いいのよ」


「随分急に褒めるな」


「背も高いし、身体もいいし、顔も悪くない。黙ってればかなり格好いい」


「最後が引っかかるな」


「問題は喋った時なの」


紫苑は真顔になった。


「喋った瞬間、92歳になるのよ」


源一郎が酒を飲む手を止める。


向かいに座っていた晴明が、わずかに顔を逸らした。


源一郎はそれを見逃さなかった。


「晴明」


「なんです?」


「今、笑っただろ」


「笑っていません」


「口元が動いたぞ」


「気のせいです」


紫苑がくすくすと笑う。


「ほら。そういうところ」


「どういうところだ?」


「昨日までなら『どういうところじゃ?』って言ってたでしょ」


「……言ってたな」


「それ」


紫苑は源一郎の鼻先へ指を向けた。


「その喋り方、やめましょう」


源一郎が眉を寄せる。


「なぜじゃ……」


言いかけて止まった。


紫苑の目が細くなる。


「今」


「今のは癖だ」


「だから、その癖を直すの」


「92年これで喋ってきたんだぞ」


「少なくとも今の顔になってから92年じゃないでしょ?」


「それはそうだが」


「源ちゃんは今、どう見ても若い男なの。なのに『そうじゃのう』『なんじゃ?』『〜じゃろ』って言うから、女の人が混乱するのよ」


晴明が酒を飲みながら口を挟む。


「私は別に、そのままでもいいと思いますが」


源一郎が少し嬉しそうに晴明を見る。


「晴明は分かってるじゃないか」


「その方が、女性関係で面倒が増えなさそうなので」


「そういう意味か」


紫苑が笑い出した。


「駄目よ。せっかく若返ったんだから」


源一郎は酒の器を置く。


「別に女にモテるために若返ったわけじゃないぞ」


「あら?」


紫苑が源一郎の方へ身体を寄せる。


胸元が腕に触れた。


「じゃあ、モテたくないの?」


源一郎は紫苑を見る。


近い。


相変わらず、かなり近い。


紫苑は明らかに答えを楽しみにしている。


源一郎は少し考えてから、正直に答えた。


「……モテるなら、その方がいいな」


紫苑が満足そうに笑った。


「でしょ?」


「源一郎」


晴明が呆れたように言う。


「随分素直になりましたね」


「2度目の人生だからな。嫌でもないことを嫌と言うのはやめた」


「その考え方だけは、見習ってもいいかもしれません」


紫苑は源一郎の肩へ軽く手を置いた。


「じゃあ決まりね」


「何がだ?」


「今夜から私が源ちゃんをモテる男にする」


「随分大きく出たな」


「まずは喋り方から」


紫苑が源一郎の正面へ座り直した。


「『なんじゃ?』」


「なんだ?」


「『そうじゃな』」


「そうだな」


「『分からんのう』」


「分からんな」


「『仕方ないじゃろ』」


「仕方ないだろ」


紫苑が何度か頷く。


「できるじゃない」


「できるが、落ち着かんな」


「あ」


「なんだ?」


「今ちょっと戻りかけた」


源一郎は眉間に皺を寄せる。


「面倒だな、これは」


「慣れれば平気よ。全部変えなくてもいいの」


「そうなのか?」


「源ちゃんらしさまで消したら面白くないもの。普段は今みたいに喋って、驚いた時とか気が抜けた時にちょっと出るくらいでいいわ」


「なるほどな」


「そうそう」


紫苑が嬉しそうに頷いた。


晴明が横からぼそりと言う。


「本当にやるんですね」


「当たり前でしょ」


「源一郎はそのままでも十分目立ちますよ」


「見た目だけならね」


源一郎が晴明を見る。


「お前さんはモテるんだろ?」


「人並みです」


紫苑が即座に笑った。


「源ちゃん、晴明の『人並み』は信用しちゃ駄目よ」


「前にも聞いたな、それ」


「この人をそのまま真似すると、女関係が泥沼になるから」


「言い方に悪意がありますね」


「事実でしょ?」


晴明は答えずに酒を飲んだ。


源一郎は少し考える。


「じゃあ晴明は遊びの師匠で、女については紫苑に聞けばいいのか」


「そういうこと」


「勝手に役割を決めないでください」


晴明の抗議は、2人とも聞かなかったことにした。


紫苑はさらに身体を源一郎へ近づける。


「次は目線」


「目線?」


「女の人と話す時、どこ見る?」


源一郎は一瞬だけ紫苑の顔を見る。


それから、わざとらしく目を逸らした。


「顔だろ」


「今、胸見たでしょ」


「見てない」


「見た」


「見える位置にあるんだから仕方ないだろ」


晴明が酒を噴きそうになった。


紫苑は一瞬きょとんとしたあと、声を上げて笑う。


「源ちゃん、本当に正直になったわね!」


「嘘をついても仕方ないからな」


「それはいいんだけど、ずっとそこ見てたら駄目よ」


「そんなことはしない」


「女と話す時は、ちゃんと目を見る」


紫苑が源一郎の顔を両手で軽く挟み、自分の方へ向けた。


「ほら」


近い。


少し動けば額が触れそうな距離だった。


紫苑の瞳が、楽しそうに源一郎を見つめている。


「逃げない」


「逃げてない」


「昨日なら視線を逸らしてた」


「昨日より慣れた」


「あら。誰に?」


「紫苑に」


今度は紫苑が一瞬黙った。


源一郎の口元がわずかに上がる。


「どうした?」


「……源ちゃん」


「なんだ?」


「今のは結構いい」


「そうか」


「そういうのよ」


紫苑は源一郎の顔から手を離したものの、距離はほとんど変えなかった。


「考えすぎないで、今みたいに普通に言えばいいの」


「何を?」


「思ったこと」


「なら簡単だな」


紫苑が眉を上げる。


「本当に?」


「ああ」


源一郎は紫苑を少し眺めた。


「紫苑は綺麗だと思うぞ」


紫苑の目がわずかに開いた。


晴明も源一郎を見る。


「……源ちゃん」


「なんだ?」


「それ誰に教わったの?」


「誰にも」


「じゃあなんで急にそんなこと言えるのよ」


「思ったことを言えと言ったのは紫苑だろ」


紫苑は数秒黙ったあと、楽しそうに笑った。


「いいじゃない」


源一郎も笑う。


「先生がいいからな」


「私は先生じゃなくて師匠にして」


「女の師匠か?」


「なんか嫌な呼び方ね」


晴明が口を挟む。


「恋愛指南役でいいでしょう」


「晴明」


紫苑が睨む。


「そういう言い方するから色気がなくなるのよ」


「術式の説明ではないので、正確さは必要ありません」


「ほら源ちゃん。こういう男になっちゃ駄目」


「参考になるな」


「なぜ私が悪い例なんですか」


晴明が本気で少し不満そうな顔をした。


源一郎はそれを見て笑う。


紫苑も笑った。


酒が進むにつれ、源一郎の口調は少しずつ変わっていった。


完全に別人になるわけではない。


長年の癖は簡単には消えず、油断すれば「そうじゃな」と口から出る。そのたびに紫苑が指を立て、源一郎が「ああ、そうだな」と言い直す。


そんなやり取りを何度か繰り返していると、紫苑がふと真面目な顔になった。


「あとね、源ちゃん」


「まだあるのか?」


「女の人に何か相談されても、すぐ解決しようとしないこと」


源一郎は眉を寄せた。


「なぜだ?」


「ほら。それよ」


「何がだ?」


「相談されたら、まず話を聞くの」


「話を聞けば、次はどうすればいいか考えるだろ」


「考えなくていい時もあるの」


源一郎には理解できなかった。


顔にそう書いてある。


紫苑がため息をつく。


「女の人って、答えが欲しいんじゃなくて、ただ聞いてほしい時もあるのよ」


「……何のために?」


「そういうものなの!」


源一郎は腕を組んだ。


「難しいな」


「剣より?」


「剣の方が分かりやすい」


晴明が静かに頷いた。


「そこは同意します」


紫苑が晴明を見る。


「晴明もできてないじゃない」


「私は相談されても、相手によっては聞き流します」


「もっと悪いわよ」


源一郎が思わず笑った。


「晴明から女を学ばない方がいい理由が分かってきたな」


「だから最初からそう言ってるでしょ?」


紫苑が胸を張る。


「源ちゃんは私がちゃんと教える」


「頼む」


「まず女の話は最後まで聞く」


「ああ」


「途中で説教しない」


「努力する」


「先生みたいに諭さない」


源一郎が少し黙る。


「それは難しそうだな」


「なんで?」


「長年の癖だ」


「だから直すの」


「92年分だぞ」


「今からまた90年生きればいいじゃない」


源一郎の動きが一瞬止まった。


紫苑は何気なく言っただけなのだろう。


だが、源一郎には妙に響いた。


今からまた90年。


この身体なら、それがあり得るのかもしれない。


もちろん何年生きるかなど誰にも分からない。


この時代なら、明日妖怪に殺される可能性だってある。


それでも。


生前なら残り時間を考える歳だった自分が、今はこれから先の時間を考えている。


源一郎は酒を一口飲んだ。


「それも悪くないな」


紫苑が首を傾げる。


「何が?」


「いや。なんでもない」


「あ。またお爺ちゃんみたいに誤魔化した」


「これは年齢関係ないだろ」


「そう?」


紫苑が笑いながら、また源一郎の腕へ絡みつく。


その柔らかな身体を、今度は源一郎も特に気にせず受け入れた。


「源ちゃん」


「なんだ?」


「今の喋り方、かなりいいわよ」


「そうか」


「うん。見た目と合ってきた」


源一郎は少し笑った。


「なら練習の成果が出たな」


「じゃあ実践してみる?」


「実践?」


紫苑が店の向こうへ視線を向けた。


源一郎もそちらを見る。


少し離れたところに、2人の若い女が座っていた。


先ほどから何度か源一郎の方を見ている。


そのうちの1人と目が合った。


女は慌てたように視線を逸らす。


源一郎が紫苑を見る。


「……あれか?」


「そう」


紫苑は楽しそうに笑っている。


「行ってきて」


「いきなりか?」


「何事も実践よ」


源一郎は女たちを見る。


それから晴明を見る。


晴明は涼しい顔で酒を飲んでいた。


「晴明」


「なんです?」


「こういう時どうする?」


「行けばいいでしょう」


「それだけか?」


「声をかけて、話す。以上です」


「雑だな」


紫苑が呆れたように笑う。


「だから晴明に聞いちゃ駄目だってば」


源一郎はしばらく考えた。


不思議な緊張がある。


鬼を投げた時には何も感じなかった。


妖怪へ斬りかかった時も怖くなかった。


だが、知らない女へ自分から話しかけろと言われると、妙に落ち着かない。


紫苑がそれに気づいた。


「源ちゃん」


「なんだ?」


「もしかして緊張してる?」


「……少しな」


紫苑が嬉しそうに笑った。


「可愛い」


「言うな」


「鬼は投げられるのに?」


「鬼は向こうから来るだろ」


「女の人も源ちゃんのこと見てるわよ」


「それとこれとは違う」


晴明が静かに器を置いた。


「源一郎」


「なんだ?」


「失敗しても死にません」


源一郎は晴明を見る。


それから、笑った。


「確かにな」


その言葉だけで少し気が楽になった。


失敗してもいい。


それは、生前の源一郎がなかなかできなかったことだった。


先生として。


師範として。


人の上に立つ者として。


失敗しないように、間違えないように、長い間そうやって生きてきた。


だが今は違う。


源一郎は立ち上がった。


「行ってくる」


紫苑が楽しそうに手を振る。


「頑張って、源ちゃん」


「応援されると余計に恥ずかしいな」


「もう喋り方は大丈夫そうね」


源一郎は苦笑しながら、女たちのいる方へ歩いていった。


紫苑はその背中を見送りながら、晴明の酒を勝手に一口飲む。


「どうなると思う?」


「普通に話せるでしょう」


「つまんない答え」


「源一郎は人と話すこと自体には慣れていますから」


「先生としてはね」


紫苑は頬杖をついた。


「でも、男として女の人に声かけるのは慣れてない」


晴明は少しだけ源一郎の背中を見た。


「なら、ちょうどいいんじゃないですか」


「何が?」


「失敗する練習になります」


紫苑が晴明を見る。


そして、ふっと笑った。


「晴明もたまにはいいこと言うじゃない」


「たまには余計です」


少し離れた場所では、源一郎が女たちへ何やら話しかけていた。


最初こそぎこちなかったものの、しばらくすると女たちが笑い始める。


紫苑の眉が少し動いた。


「……あれ?」


「何です?」


「思ったより上手くいってない?」


晴明が酒を飲む。


「だから言ったでしょう」


「ちょっと待って。源ちゃん、あれ以上モテるようになったら困るかも」


「自分で教えたんでしょう」


紫苑は答えず、源一郎をじっと見た。


さっきまで自分の腕に絡みついていた男が、知らない女と楽しそうに話している。


ほんの少しだけ、面白くない。


そんな自分に気づいて、紫苑は目を細めた。


「……源ちゃんのくせに」


「何か言いました?」


「なんでもない」


今度は紫苑が晴明の真似をして誤魔化した。


その頃、源一郎はまだ知らなかった。


女性と話すことよりも、あとで紫苑の機嫌を直す方がよほど難しいということを。

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