操られた妖怪
晴明、源一郎、紫苑、綱の4人で、妖怪が暴れている現場へ向かう。
現場に着くと、すでに妖怪が人間を襲っている。
妖怪は大型で、かなり強い。
ただし様子がおかしい。
身体に傷を負っても逃げようとせず、苦しみながら何度も人間へ向かっていく。
源一郎が妖刀を抜こうとしたところで、晴明が止める。
「待ってください、源一郎」
「なんだ?」
「あれを見てください」
晴明が指したのは妖怪の首元。
そこには黒ずんだ札が貼りついている。
晴明は一目見て、普通の使役ではないと判断する。
「これは契約ではありません」
「じゃあ何だ?」
「無理やり従わせています」
札によって妖怪へ痛みを与え、命令に逆らえないようにしている。
妖怪自身は人間を襲いたくない。
それでも身体だけが命令通りに動かされている。
源一郎は妖刀を見てから、鞘へ戻す。
「なら、こいつは斬らない」
綱が刀を構えたまま聞く。
「どう止める?」
源一郎が妖怪を見る。
「押さえる」
「簡単に言うな」
「綱も手伝え」
「最初からそのつもりだ」
源一郎と綱が2人で妖怪へ向かう。
前回までとは違い、互いの動きをかなり理解している。
綱が妖怪の注意を引けば、源一郎が懐へ入る。
源一郎が体勢を崩せば、綱が逃げ道を塞ぐ。
手合わせを繰り返したことで、言葉を交わさなくても次の動きが分かるようになっている。
苦戦はするものの、2人で妖怪を地面へ押さえ込む。
「晴明!」
「そのまま!」
晴明が妖怪の首元へ近づく。
札を剥がそうとするが、すぐに手を止める。
「駄目です」
「剥がせないのか?」
「無理に剥がせば、この妖まで傷つきます」
札と妖怪の身体が術によって繋がっている。
札を破壊すれば、妖怪にも同じ傷が返る仕組みだった。
晴明が術式を調べ始める。
紫苑は周囲に結界を張り、妖気が漏れないように抑える。
妖怪は苦しみながら暴れ続ける。
源一郎と綱も押さえるのにかなり力を使う。
それでも源一郎は妖怪へ声をかける。
「もう少しだけ我慢しろ」
妖怪が低く唸る。
「お前を殺すつもりはない」
晴明が術式の流れを見つける。
「分かりました」
札の一部へ自分の札を重ねる。
短く呪を唱える。
黒い札から伸びていた術の線が、少しずつ消えていく。
最後に晴明が札を剥がす。
今度は何も起こらない。
黒い札が地面へ落ちた。
その瞬間、妖怪の身体から力が抜ける。
源一郎と綱も押さえていた手を緩める。
妖怪はその場に倒れ込み、荒い息を繰り返す。
しばらくしても、人間へ襲いかかろうとはしない。
源一郎が晴明を見る。
「やっぱり、こいつ自身が暴れてたわけじゃないんだな」
「ええ」
晴明は地面へ落ちた黒い札を拾う。
紫苑が横から覗き込む。
「酷いやり方ね」
晴明は何も答えず、札の術式を調べる。
源一郎が聞く。
「鏡の時と同じ奴か?」
晴明はしばらく考えてから首を横に振る。
「分かりません」
「似てないのか?」
「術の組み方には似た部分があります。ただ、これだけで同じ術者だと決めることはできません」
源一郎は倒れている妖怪を見る。
「また人間か」
晴明が静かに答える。
「妖怪を使役すること自体は珍しくありません」
その言葉に紫苑が晴明を見る。
「私みたいに?」
「ええ」
晴明は頷く。
「ただし、私は契約します」
晴明が黒い札を見る。
「これは違う。相手の意思など関係なく、痛みで従わせている」
紫苑が自分の首元を触る。
「私にこんなの付けたら、晴明の顔を殴るわよ」
「なぜ私を殴るんです?」
「一番近くにいるから」
「理不尽ですね」
源一郎が少し笑う。
その時、晴明が倒れている妖怪の身体を見て表情を変える。
「待ってください」
「どうした?」
晴明が妖怪の首元の毛を避ける。
札が貼られていた場所の下。
皮膚に、小さな焼印のような術式が刻まれていた。
紫苑の笑みが消える。
「これ……」
晴明が指先を近づける。
「札だけではありません」
「どういうことだ?」
「この妖は、かなり前から術を仕込まれています」
源一郎の表情が変わる。
誰かが偶然見つけた妖怪へ札を貼っただけではない。
捕らえた。
術を刻んだ。
そして時間をかけて、人を襲う道具へ変えた。
源一郎は妖怪の身体に残る焼印を見つめた。
「妖怪を……武器にしてるのか」
晴明は答えなかった。
だが、その沈黙だけで十分だった。




