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『老衰で死んだ剣豪ですが、若返って安倍晴明と妖怪退治始めます  作者: ばけつプリン


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23/26

再戦

朝の庭に、木刀が空を切る音が響いていた。


源一郎は一人、晴明の屋敷の庭で身体を動かしていた。妖刀は腰に差しているものの、晴明と紫苑が鞘に術を施してからは、納めている限り普通の刀と変わらない重さに収まっている。


だが、稽古で使うつもりはない。


妖気も術も関係なく、自分の身体がどこまで動くのか。それを確かめるなら、木刀で十分だった。


一振り。


身体を返し、もう一振り。


若い頃の肉体は、頭に描いた動きをほとんどそのまま再現してくれる。


「やっぱりいいな」


92歳まで生きた身体では、頭で分かっていてもできない動きが増えていた。


それが今は違う。


足が動く。


腰が回る。


腕がついてくる。


何度味わっても、この感覚だけは飽きそうになかった。


「朝から楽しそうだな」


聞き覚えのある声がした。


源一郎が振り返る。


門のところに渡辺綱が立っていた。


今日は使いの者も連れていない。右手には木刀を2本抱えている。


源一郎の口元が自然と上がった。


「早くないか?」


「何が?」


「この前やったばかりだろ」


綱は門をくぐると、当然のように庭へ入ってくる。


「負けたまま何日も待てるか」


「頼光の判定だろ。俺はほとんど引き分けだと思ってるぞ」


「それが余計に気に入らねえ」


綱は木刀を一本、源一郎へ放った。


源一郎が片手で受け取る。


「晴明には?」


「さっき会った。庭を壊すなって言われた」


「俺も言われそうだな」


「もう言われてますよ」


いつの間にか縁側に晴明が立っていた。


その隣から紫苑も顔を出す。


「源ちゃん、今日は屋敷壊さないでね」


「俺が壊したことないだろ」


「橋」


「水鬼だ」


綱が横から言う。


「半分くらい俺たちだったらしいぞ」


「綱まで認めるなよ」


紫苑が笑いながら縁側へ腰を下ろした。


今日は完全に見物するつもりらしい。


晴明も止める気はないようで、いつものように淡々と告げた。


「怪我もしない程度にしてください」


「綱に言ってくれ」


「源一郎にも言っています」


「信用ないな」


「前回を見ていますので」


源一郎は肩をすくめ、庭の中央へ向かった。


綱も向かい側へ立つ。


前回と同じ距離。


同じ木刀。


だが、源一郎にはすぐに分かった。


綱の立ち方が違う。


「変えたな」


綱が眉を上げる。


「まだ始まってねえぞ」


「だから分かる」


前回は、踏み込む直前に肩がほんの僅か動いていた。


今はそれがない。


肩だけではない。


呼吸。


足。


重心。


何かを隠そうと無理に固めたのではなく、自然な動きそのものを修正している。


源一郎は思わず笑った。


「数日で直したのか」


「同じのでまた読まれるほど馬鹿じゃねえ」


「いいな」


「その言い方やめろ。上からみたいで気に入らねえ」


「ああ、悪い」


源一郎は木刀を構え直す。


「じゃあ――楽しみだ」


綱も笑った。


「それならいい」


縁側で見ていた紫苑が、晴明へ小声で話しかける。


「男って面倒ね」


「同感です」


頼光がいなくても、始める合図は必要なかった。


源一郎と綱の間から、同時に笑みが消える。


先に動いたのは綱だった。


前回と同じような鋭い踏み込み。


だが源一郎は、肩を見ても先を読めない。


木刀が首筋へ迫る。


源一郎は寸前で身体を逸らした。


すぐに二撃目が来る。


受ける。


乾いた音。


そのまま綱は押し込まず、木刀を引いて角度を変えた。


源一郎も追わない。


一度距離が開く。


「どうだ?」


綱が楽しそうに聞いてくる。


「前より分からない」


「だろ?」


「その顔で全部分かるけどな」


「余計なこと言うな」


再び綱が来る。


今度は源一郎も待たなかった。


二人の木刀が中央でぶつかる。


一撃。


二撃。


三撃。


前回は綱の速さを源一郎が読み、それを先回りしていた。


今日は違う。


綱自身が、読まれることを前提に動いている。


踏み込むように見せて止まり、止まるように見せて一気に入る。視線を肩へ向けてから、足元を狙う。


「面白いな」


源一郎が木刀を滑らせながら言った。


「まだ余裕あるか」


「少しだけ」


「じゃあ、これならどうだ!」


綱が一気に間合いを潰す。


近い。


木刀を大きく振れば、互いに邪魔になる距離だった。


前回なら、ここから源一郎が木刀を捨てて柔術へ入った。


綱もそれを分かっている。


源一郎の手が動く。


木刀を離した。


同時に綱が腰を落とす。


「同じのは食らわねえ」


源一郎の右手が手首を取る。


だが綱は逃げない。


逆に一歩前へ出た。


体重を落とし、源一郎の胸元へ肩をぶつける。


「おっ」


前回なら後ろへ下がろうとした。


今回は、あえて前へ来た。


源一郎が投げるために使おうとした力そのものを消している。


綱が源一郎を押し込む。


「どうだ!」


「そう来たか」


源一郎は笑った。


手首を離す。


綱がわずかに体勢を崩しかけたところで、源一郎もすぐに距離を取った。


投げない。


投げられないなら、別のことをする。


地面へ落とした木刀を蹴り上げる。


柄が手元へ戻る。


綱の目が見開いた。


その隙に源一郎の木刀が横から走る。


綱もすぐに受けた。


カンッ、と大きな音が庭に響く。


「お前、なんでもありか!」


「綱が対策してきたからだろ」


「だからって蹴って拾うか普通!」


「拾えたんだからいいだろ」


二人は木刀を押し合わせたまま笑っていた。


紫苑が呆れたように呟く。


「楽しそうねえ」


晴明は二人を見ながら、小さく頷く。


「前回とは違いますね」


「綱が?」


「両方です」


前回の手合わせで、綱は源一郎の技を見た。


そして対策してきた。


だが、それによって変わったのは綱だけではない。


源一郎もまた、綱が同じ動きをしないことを前提に戦い始めている。


どちらかが教える関係ではない。


相手が変われば、自分も変える。


ただそれだけだった。


源一郎にとって、それが心地よかった。


また綱が踏み込む。


今度は綱の木刀が源一郎の脇腹を狙った。


源一郎は受ける。


そこから綱が手首を返し、首へ軌道を変える。


源一郎は身体を反らす。


木刀の先端が顎先を掠めた。


「危なっ」


「喋る余裕あるじゃねえか!」


源一郎も踏み込む。


肩を狙う。


綱が受ける。


そのまま源一郎は木刀を滑らせ、綱の手元へ切っ先を流した。


綱は一度手を離し、片手だけで木刀を返す。


源一郎の斬撃を外へ弾いた。


今度は源一郎の眉が上がった。


「それ、さっき考えたのか?」


「お前とやりながらな」


「やるな」


「だからその言い方!」


綱が笑いながら斬り込んでくる。


源一郎も笑った。


もう、誰がどこまで読んでいるのか分からない。


綱が速さで押す。


源一郎が間合いで外す。


源一郎が崩そうとすれば、綱がそれを潰す。


綱がフェイントを入れれば、源一郎は途中から別の動きに切り替える。


木刀がぶつかる音だけが、何度も庭へ響いた。


そして少しずつ、二人の呼吸が乱れ始める。


綱の額には汗が浮かんでいた。


源一郎も同じだった。


前回より明らかに楽ではない。


それが嬉しい。


「源一郎!」


「なんだ!」


「次で決めるぞ!」


「勝手に決めるな!」


言いながらも、源一郎は一度距離を取った。


綱も止まる。


二人の空気が変わった。


紫苑も口を閉じる。


晴明の視線も鋭くなった。


風が庭を抜けていく。


前回は、最後の一合で源一郎がほんの僅かに先へ届いた。


綱も当然覚えている。


源一郎も忘れていない。


だからこそ、同じことはしない。


綱が低く構える。


源一郎は木刀を少し下げた。


「来い」


「言われなくても!」


二人が同時に動いた。


綱の踏み込みは、前回よりさらに速い。


木刀が源一郎の脇腹へ向かう。


源一郎は喉を狙わない。


一歩深く入った。


綱も同時に軌道を変えた。


乾いた音が二つ、ほぼ同時に響いた。


静寂。


源一郎の木刀が、綱の肩へ触れている。


綱の木刀も、源一郎の脇腹へ触れていた。


どちらが先だったのか。


源一郎には分からなかった。


綱も同じらしい。


二人はそのまま数秒動かず、やがて同時に木刀を下ろした。


「……同時だな」


源一郎が言う。


綱は少し悔しそうに顔をしかめた。


「ほんの少し俺が先じゃねえか?」


「それはない」


「なんで言い切れる」


「俺の方が先だった気がする」


「それ同じだろ!」


縁側から晴明の声が飛んだ。


「同時です」


二人が晴明を見る。


「本当に?」


源一郎が聞く。


「私にはそう見えました」


紫苑も頷く。


「私も。今度は完全に引き分けね」


綱は少し黙った。


やがて木刀を肩へ乗せる。


「前は一歩負けた」


「そうだったか?」


「頼光様が言ってただろ」


「あれはほとんど引き分けだ」


「で、今日は完全な引き分け」


綱の口元が上がる。


「次は取る」


源一郎も笑った。


「前も聞いたな、それ」


「今回はここまで来た」


「じゃあ次は俺が離す」


「言ってろ」


二人は木刀を軽くぶつけた。


握手の代わりのようなものだった。


源一郎は少し息を整えながら、綱を見る。


たった数日。


それだけで、前回こちらが使った読みも、柔術も、かなり潰してきた。


92年積み上げてきた自分に対して、綱は今この瞬間も近づこうとしている。


だが不思議と焦りはない。


むしろ逆だった。


「次は俺も変えるからな」


綱が眉を上げる。


「やっとその気になったか」


「最初からその気だ」


「前回余裕あったくせに」


「それは頼光が勝手に言っただけだ」


「嘘つけ」


二人の言い争いを聞きながら、紫苑が笑う。


「これ、ずっと続くんじゃない?」


晴明は静かに答えた。


「恐らく」


源一郎はその言葉を聞いて、少しだけ笑みを深くした。


ずっと。


悪くない。


師匠でもない。


弟子でもない。


年上でも年下でも関係ない。


互いに負けたくないと思い、相手が強くなれば自分も強くなる。


生前、いつの間にか失っていた関係だった。


手合わせが終わり、二人が縁側で水を飲んでいた時だった。


門の外から慌ただしい足音が聞こえた。


「安倍晴明様!」


声に反応し、晴明が立ち上がる。


門前にいたのは、陰陽寮の使いだった。


息を切らしている。


手には封をされた書状があった。


「陰陽寮より、至急とのことでございます」


晴明の表情が変わった。


書状を受け取り、その場で封を切る。


源一郎と綱も自然と会話を止めた。


紫苑が晴明の顔を見る。


「何かあった?」


晴明は書状を読み進める。


やがて、その目が僅かに細くなった。


「都の北西で、妖が人を襲っています」


源一郎が顔を上げる。


「被害は?」


「今のところ死者が2人。怪我人が複数」


綱の表情も変わる。


「ならすぐ行くか」


だが晴明は続きを読んだまま動かなかった。


「晴明?」


源一郎が声をかける。


「妙なことが書いてあります」


「何が?」


晴明は書状を下ろした。


「妖を目撃した者がいるそうです」


「それの何が妙なんだ?」


「その妖の首に――」


晴明は一度言葉を切った。


「札が貼られていた、と」


源一郎の笑みが消える。


紫苑も晴明を見る。


「札?」


「ええ」


晴明の声が低くなる。


「自然に付くものではありません」


源一郎は、鏡の裏に刻まれていた術式を思い出した。


人の手で施された術。


使った者の痕跡だけが、綺麗に消されていた。


まだ同じ人物の仕業と決まったわけではない。


それでも。


「誰かが妖怪に何かしてる?」


「その可能性があります」


晴明が書状を畳む。


先ほどまで手合わせをしていた空気は、もう消えていた。


綱が立ち上がる。


「俺も行く」


晴明が綱を見る。


「頼光殿へ話を通さなくていいのですか?」


「人が死んでんだろ。後で言う」


「相変わらずですね」


「源一郎は?」


綱が聞く。


源一郎は木刀を置き、腰の妖刀へ手を添えた。


鞘に収まっている間は、普通の刀と同じ重さだ。


「行く」


迷う理由はなかった。


綱が笑う。


「じゃあ続きは帰ってからだな」


源一郎も少し笑った。


「次は負けないぞ」


「引き分けだろ」


「だから次は勝つ」


「それ、俺の台詞だ」


紫苑が呆れたように2人を見る。


「もう仕事始まってるんだけど」


晴明も小さく息を吐いた。


「行きますよ」


4人は屋敷を出る。


人を襲う妖怪。


その首に貼られた、人間の札。


これまでとは少し違う怪異が、都の外れで待っていた。

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