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『老衰で死んだ剣豪ですが、若返って安倍晴明と妖怪退治始めます  作者: ばけつプリン


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22/26

武人の酒

手合わせを終えたあとも、庭にはしばらく熱が残っていた。


源一郎は借りていた木刀を綱へ返し、肩を軽く回す。最後の一合では寸前で止めたとはいえ、その前に一度まともに入れられている。じんわりとした痛みが残っていたが、それすら久しぶりで心地よかった。


綱も似たようなものらしい。


木刀を受け取ると、何度か握り直しながら源一郎を見る。


「次は取る」


いきなりそれだった。


源一郎は思わず笑う。


「まだ言ってるのか」


「当たり前だろ。負けたまま終われるか」


「頼光は俺の一本って言ってたけど、俺はほとんど引き分けだと思ってるぞ」


「それが気に入らねえんだよ」


綱が不満そうに鼻を鳴らした。


「次は、お前にも負けたって言わせる」


「いいな」


「何がだ?」


「そういうの、久しぶりだ」


綱は少しだけ眉を上げたが、それ以上は聞かなかった。


源一郎も説明するつもりはない。


生前、若い頃にはこういう相手が何人もいた。


勝ったら次。


負けたら次。


互いに技を見て、盗み、また戦う。


いつからだろう。


周囲から「先生」と呼ばれるようになってから、そういう関係は少しずつ減っていった。


自分より若い相手と稽古をしても、相手はどこかで教えを請う側になる。


源一郎自身も、無意識に教える側へ回っていた。


だが綱は違う。


こちらを先生とも師匠とも見ていない。


ただ、強い相手として見ている。


その距離感が、源一郎には妙に嬉しかった。


「お前ら、まだ続けるつもりか?」


頼光の声に2人が振り返る。


縁側に立った頼光は、呆れているというより面白がっているようだった。


「せっかく晴明たちまで来ているんだ。飯でも食っていけ」


「酒はあるか?」


源一郎が即座に聞く。


晴明が横から冷静な視線を向けた。


「手合わせが終わった直後ですよ」


「終わったから飲むんだろ」


「源一郎は最近、そればかりですね」


「2度目は好きに――」


言いかけて、源一郎は口を止めた。


晴明の目が一瞬だけ細くなる。


危ない。


頼光と綱の前だということを忘れかけていた。


「……好きに楽しむって決めてるんだ」


少し強引に言い直す。


綱は特に気にした様子もなく、頼光の方を見た。


「酒、あるんだろ?」


「ある。ただし屋敷を壊したら追い出すぞ」


「もう手合わせは終わった」


「お前が言うと信用ならんな」


頼光がそう言うと、紫苑が楽しそうに笑った。


「頼光、もう綱の扱い分かってるのね」


「長い付き合いだからな」


「源ちゃんの扱いもすぐ同じになりそう」


「なんで俺までなんだ」


源一郎の抗議を誰も聞いていなかった。


通された部屋には、しばらくして料理と酒が運ばれてきた。


源一郎は興味深そうに料理を眺める。


この時代へ来てから何度か食事はしているものの、まだ見慣れないものは多い。味付けも、源一郎が生きていた頃とは当然違った。


向かいでは綱がすでに酒を飲んでいる。


「早いな」


「お前が言うな」


「俺はまだ飲んでないぞ」


「昼から酒があるか聞いた奴が言う台詞か?」


「それは確認だ」


「何の確認だよ」


源一郎は笑いながら自分の器にも酒を注いだ。


横では紫苑が当然のように源一郎のすぐ隣へ座っている。晴明は少し離れた場所に腰を下ろし、頼光と何か話していた。


綱が源一郎の器へ目を向ける。


「飲めるのか?」


「まあまあ」


「まあまあ?」


綱が酒壺を持ち上げた。


「なら勝負するか」


「何を?」


「どっちが先に潰れるか」


源一郎は一瞬考えたあと、首を横に振った。


「嫌だな」


「逃げるのか?」


「せっかくの酒をそんな飲み方したくない」


綱が少し黙る。


源一郎は器を傾けた。


「楽しく飲めばいいだろ」


「……お前、たまに妙に落ち着いてるよな」


「そうか?」


「見た目と合ってねえ」


横で紫苑が吹き出した。


「綱、鋭い」


「何だ?」


「なんでもないわ」


源一郎が紫苑を横目で見る。


余計なことを言うな。


視線だけで伝えると、紫苑は分かっているというように笑った。


綱は気にせず酒を飲み、少ししてから源一郎へ尋ねた。


「さっきの投げ、あれは何だ?」


「柔術」


「じゅうじゅつ?」


「相手を殴るだけじゃなく、崩したり、投げたり、関節を取ったりする技だ」


綱の目に興味が浮かぶ。


「剣を持ってても使うのか?」


「ああ。距離が潰れたら剣だけにこだわる理由はない」


「なるほどな」


綱は少し考え、自分の手首を見た。


「さっき、取られた瞬間に力が抜けた」


「綱が下がろうとしたから、そのまま使った」


「力負けしたわけじゃないってことか」


「むしろ力なら綱の方が強いかもしれないな」


綱が顔を上げる。


「本気で言ってるか?」


「ああ」


源一郎は素直に答えた。


綱はしばらく源一郎を見たあと、笑う。


「なら次は、投げられねえようにすればいい」


「できるならな」


「言ったな?」


「言った」


2人の間に笑みが浮かぶ。


教える者と教わる者ではない。


互いに相手の技を見て、次にどう破るか考える。


源一郎は、その感覚が気に入っていた。


頼光も2人のやり取りを眺めながら酒を口へ運ぶ。


「綱がここまで楽しそうなのも久しぶりだ」


「別に楽しんでねえ」


「顔に出ているぞ」


「頼光様まで紫苑みたいなこと言うなよ」


紫苑が眉を上げる。


「私みたいって何?」


「人の顔ばっか見てるだろ」


「私は源ちゃんの顔を見てるの」


「それは聞いてない」


源一郎は紫苑を見る。


「そんなに見てるか?」


「かなり」


「なんでだ?」


紫苑は少しだけ身体を寄せた。


「好きだから」


綱が酒を飲む手を止めた。


頼光も一瞬だけ源一郎を見る。


源一郎はもう以前ほど慌てなかった。


「そうか」


「それだけ?」


「嬉しいぞ」


紫苑の方が少し驚いた顔をした。


源一郎は器を口へ運ぶ。


「最近、素直に言うことにしてるからな」


紫苑は数秒黙ったあと、源一郎の腕へ絡みついた。


「やっぱり源ちゃん、成長してる」


「何の成長だ」


綱がその様子を見ながら眉を寄せた。


「お前、そういう男なのか?」


「俺も最近知った」


前にも似たようなことを聞かれた気がする。


綱が笑い、頼光まで小さく肩を揺らした。


しばらくして、話題は自然と刀へ移った。


綱が源一郎の腰にある妖刀へ目を向ける。


「そういや、その刀。鞘に入ってる間は普通なんだよな?」


「ああ。晴明と紫苑が細工してくれた」


源一郎は腰から妖刀を外し、床へ置いた。


「中には水鬼の妖気が残ってる。抜けば重くなる」


頼光も興味を示す。


「どの程度だ?」


「今なら普通の刀よりかなり重い。振れないほどじゃないけど、俺には邪魔だな」


「贅沢な話だ」


綱が言う。


「妖を斬れて、再生まで遅くする刀なんだろ?」


「妖怪相手にはな」


源一郎は自分の手を見る。


「でも、人間を相手にするなら普通の刀がいい」


晴明が源一郎を見る。


「またその話ですか」


「欲しいものは欲しい」


「今のところ、人を斬る予定はありませんよ」


「予定ができてから探すのは遅いだろ」


その言葉に、頼光の目が少し細くなった。


「人を斬ったことは?」


源一郎は一瞬だけ黙った。


「ない」


綱が意外そうな顔をする。


「一度も?」


「ああ」


「それで人を斬る刀が欲しいのか?」


源一郎は少し考えた。


「人を斬りたいわけじゃない」


鏡の女。


美しさを奪う術。


その裏にいる何者か。


妖怪と関わるうちに、少しずつ見えてきたことがある。


怪異の向こう側に、人間がいる場合がある。


「できれば斬りたくない。でも、妖怪だから悪いとも限らないし、人間だから話が通じるとも限らないだろ」


綱は黙って聞いている。


源一郎は続けた。


「必要になった時に選べるようにはしておきたい」


頼光が酒を置いた。


「面白い考え方だな」


「そうか?」


「武器を欲しがる者の多くは、使いたいから欲しがる」


「俺は使わずに済むなら、その方がいい」


綱が少し笑った。


「でも必要なら使う?」


「ああ」


「それならいい」


「綱に許可された覚えはないぞ」


「許可してねえ。気に入っただけだ」


「やっぱり俺のこと好きじゃないか」


「斬るぞ」


「ほら人斬ろうとしてる」


源一郎が笑う。


綱も堪えきれずに笑った。


晴明が2人を見ながら、呆れたように首を振る。


「本当に相性がいいですね」


「そう見えるか?」


源一郎が聞く。


「ええ。似ているという意味ではありませんが」


晴明は少しだけ考えた。


「互いに遠慮がない」


それは源一郎にも分かった。


綱は源一郎の過去を知らない。


先生とも呼ばない。


こちらの年齢も、本当の出自も知らない。


それでも剣を交えれば、十分だった。


強い。


またやりたい。


その程度の理由で付き合える。


源一郎にとっては、久しくなかった関係だった。


酒席が終わる頃には、日はかなり傾いていた。


源一郎たちは頼光の屋敷を後にする。


帰り道、しばらく歩いたところで晴明が口を開いた。


「源一郎」


声が少しだけ低い。


源一郎には何を言われるかすぐ分かった。


「さっきのことだろ?」


「ええ」


晴明は周囲に人がいないことを確認する。


「『妖怪だから悪いとは限らない』程度なら構いません。ただ、自分の知識がどこから来ているのかには今後も注意してください」


「分かってる」


「本当に?」


「今日は何も言ってないだろ」


「だから念を押しているんです」


紫苑が源一郎の腕へ絡みながら笑う。


「晴明、源ちゃんの保護者みたい」


「誰がですか」


「源ちゃん、怒られてるし」


「俺は92――」


源一郎は途中で口を閉じた。


晴明と紫苑が同時にこちらを見る。


「……危なかったな」


晴明が深くため息をつく。


「今のを見る限り、まだ安心できません」


紫苑は声を上げて笑った。


「源ちゃん、全然駄目じゃない」


「癖なんだよ」


「92年分だものね」


紫苑はそう言うと、源一郎の腕へさらに身体を寄せた。


源一郎も苦笑する。


隠し事を抱えるのは面倒だ。


だが、晴明の言うことも分かる。


自分が未来から来たと知られれば、今の気楽な立場ではいられなくなるかもしれない。


それは困る。


せっかく2度目の人生では、肩書きから離れて好きに生きようとしているのだから。


源一郎は少しだけ前を歩く晴明を見る。


「晴明」


「なんです?」


「俺が余計なこと言いそうになったら、また止めてくれ」


晴明が少し意外そうに振り返る。


「素直ですね」


「面倒事は嫌だからな」


「そこですか」


「大事だろ」


晴明は少し笑った。


紫苑も隣で笑っている。


源一郎はそのまま歩きながら、先ほどの手合わせを思い出した。


渡辺綱。


次はどう来るだろう。


どこまで速くなるだろう。


そして次は、自分もどう動こう。


考えるだけで自然と口元が緩んだ。


2度目の人生で、源一郎には初めての剣友ができようとしていた。

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