↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『老衰で死んだ剣豪ですが、若返って安倍晴明と妖怪退治始めます  作者: ばけつプリン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/26

川底の水鬼

橋の下から聞こえた笑い声は、しばらく水面に残っているように思えた。


低く、濁った音だった。


人の声にも聞こえる。だが、喉から出した声というより、水の底に沈んだ何かが無理やり笑い方だけを真似ているような、不快な響きだった。


源一郎は欄干から川を覗き込む。


月明かりが水面に揺れている。


つい先ほどまで、そこには何もなかったはずだ。


「晴明」


「動かないでください」


晴明は水面から目を離さなかった。


手にはすでに札が数枚握られている。その横では紫苑も笑みを消し、橋の周囲に張った結界へ意識を集中させていた。


綱だけは刀を抜いたまま、源一郎と同じように川を見下ろしている。


「来るぞ」


綱が呟いた。


次の瞬間だった。


水面が膨らんだ。


最初は小さな波だった。


それが川の中央から急速に広がり、まるで下から巨大な何かに押し上げられているように、水そのものが盛り上がっていく。


そして。


バシャアッ!


大量の水が弾けた。


源一郎の目の前を、白い何かが通過する。


反射的に身体を引いた。


細長い腕だった。


いや、腕に見えるだけで、人間のものとは到底思えない。肘があるべき場所を無視するように曲がり、濡れた白い指が橋板へ爪を立てる。


ギィィィィ……。


木を削る嫌な音がした。


「さっきの腕か」


源一郎が腰を落とす。


川の中から、さらにもう1本。


その隣から、また1本。


白い腕が次々と水面を突き破った。


5本。


6本。


明らかに1体の身体から生えている数ではない。


紫苑が目を細める。


「全部本物の腕じゃないわ」


「妖気か?」


「ええ。形にしてるだけ」


白い腕の1本が綱へ伸びた。


綱は躊躇なく刀を振るう。


一閃。


腕が途中から斬り落とされ、水面へ落ちる前に黒い靄へ変わった。


だが、切断されたはずの根元から妖気が溢れ、すぐに新しい指先が伸び始める。


綱の眉が寄った。


「再生するのか」


「面倒そうだな」


源一郎が言った直後、足元の橋板が大きく揺れた。


川の中央から、黒い頭が浮かび上がる。


長い髪だった。


濡れた黒髪が水面いっぱいに広がり、その中心から巨大な顔がゆっくりと姿を現す。


源一郎は思わず見上げた。


「……でかいな」


水鬼が川から立ち上がる。


完全に姿を現した身体は、3m近くあった。


青黒い皮膚。


異様に長い両腕。


骨ばった指先には、魚の骨のように白い爪が伸びている。


腰近くまである黒髪は、水から上がっても肌へ張りついたままで、その隙間から白く濁った目が覗いていた。


口元だけは、人間とは思えないほど横へ裂けている。


その口が開いた。


「ァ……ァァ……」


声と同時に、水鬼の身体から冷たい妖気が広がった。


紫苑の結界が薄紫色に光る。


「強いわね」


「さっきの女とは全然違うな」


源一郎も分かった。


橋の上に現れた女からは、ほとんど妖気を感じなかった。


だが、これは違う。


目の前に立っているだけで、肌へ冷たいものがまとわりつく。


晴明が静かに言った。


「あの女はやはり餌だったのでしょう」


「餌?」


綱が水鬼から目を離さず聞く。


晴明は、先ほど拾った濡れた髪の束を見せた。


「死者の髪と残った念から、見た目だけを作っていた。人間を橋の中央まで誘い出すために」


源一郎が水鬼を見る。


「美人なら男が寄ってくると覚えたわけか」


「長く人間を喰っていれば、それくらいは学びます」


「賢いのか馬鹿なのか分からんな」


紫苑が横から源一郎を見る。


「源ちゃんも普通についていったじゃない」


「仕事だ」


「胸まで見てたけど?」


「そこはもういいだろ」


綱がこんな時だというのに笑った。


その笑い声に反応したのか、水鬼の首が不自然な角度で傾く。


白く濁った目が綱へ向いた。


次の瞬間。


消えた。


「なに?」


綱の声とほぼ同時に、水面が大きく弾けた。


水鬼が一瞬で橋の反対側へ移動している。


3m近い巨体からは想像できない速さだった。


「水の中だと速いな」


源一郎が振り向く。


水鬼の長い腕が橋を横から薙いだ。


源一郎と綱が同時に後ろへ跳ぶ。


太い腕が欄干を打ち砕いた。


木片が宙へ舞う。


その間にも、水面から伸びた白い腕が何本も橋へ這い上がってくる。


「晴明!」


紫苑が声を上げる。


「結界は維持してください」


晴明は動かない。


「手を出さないの?」


「まだ必要ありません」


晴明の視線の先には、すでに源一郎と綱がいた。


源一郎も妖刀へ手をかける。


綱は一歩前へ出た。


水鬼が大きく腕を振り上げる。


綱が迎え撃った。


刀が月光を反射する。


次の瞬間。


水鬼の左腕が宙へ飛んだ。


あまりにも綺麗な一太刀だった。


巨大な腕が橋の上へ落ち、黒い妖気を撒き散らす。


源一郎の目が細くなる。


「やっぱり速いな」


綱が刀についた妖気を払う。


「感心してる場合か」


「いいものはいい」


だが、斬られた水鬼は倒れなかった。


腕の付け根から黒い妖気が湧き上がる。


肉が蠢き、骨が伸び、数秒もしないうちに新しい腕が形を作り始めた。


「面倒な奴だな」


綱が顔をしかめる。


「肉を斬るだけでは駄目です」


晴明の声が飛ぶ。


源一郎が水鬼を見る。


「じゃあ、どこを斬ればいい?」


晴明は答えなかった。


まだ見ている。


妖気の流れ。


再生する腕。


水の中と身体を行き来する気配。


水鬼が再び口を開いた。


その奥から、先ほどと同じ女の声が聞こえた。


「……こちらへ」


源一郎の表情から笑みが消える。


水鬼の裂けた口の奥で、いくつもの声が重なっていた。


男。


女。


老人。


若者。


これまで喰われた者たちの声なのかもしれない。


そして水鬼の背後。


暗い川底に、人のような影が一瞬見えた。


動いた。


源一郎が目を凝らす。


「晴明」


「見えました」


「あれ、人じゃないか?」


綱も水面を見る。


暗い。


だが確かに、水鬼の後ろに人間の腕らしきものが浮かんでいた。


晴明の顔が変わった。


「まだ生きています」


源一郎の右手が柄を握る。


「なら話が変わったな」


「何がだ?」


綱が聞く。


源一郎は妖刀を抜いた。


白い刃が月明かりの下に現れる。


「倒す前に、助ける」


水鬼が咆哮した。


白い腕が一斉に橋へ伸びる。


源一郎はその群れを見ながら、ほんの少しだけ腰を落とした。


「綱」


「なんだ?」


「少し付き合え」


綱の口元が上がる。


「最初からそのつもりだ」


2人が同時に地面を蹴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。