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ルシウスは苛立ちを隠そうともせず、大司祭を蹴り飛ばさんばかりの勢いで面罵した。
「で、殿下……それが……その……」
大司祭は喉を詰まらせ、恐る恐るアメリアの方へと視線を向けた。
「アメリア様が注ぎ込んでくださる光の魔力は、確かに絶大でございます。しかし……その、あまりにも純粋で強大すぎるが故に、結界の『受け皿』が耐え切れず、熱暴走を起こしているのです……!」
「ハァ!? 何を訳の分からんことを言っている!」
ルシウスは眉をひそめ、鼻で笑った。
「光の魔力が強すぎて問題になるなど聞いたこともないわ! 光は正義であり、神の祝福だぞ! 多ければ多いほど良いに決まっているだろうが!」
「ですが、かつてエルヴィラ様がいらっしゃった頃は、その過剰な光を『黒の魔力』で中和し……」
「黙れ!!」
ルシウスの怒声が地下室に響き渡った。顔を真っ赤に沸騰させたルシウスは、大司祭の胸ぐらを掴み引き寄せた。
「あの陰気で無能な女の名を二度と出すな! あいつはただ部屋に引きこもって遊んでいただけの穀潰しだ! 結界が狂っているのは、あの女が去り際に何か不吉な呪いでも残していったからに決まっている! そうだろう!?」
「ひ、ひぃぃっ! お、仰る通りでございます!」
「分かったら余計な言訳をするな! アメリア!」
ルシウスは振り向き、怯えるアメリアの腕を力任せに掴んだ。
「アメリア、お前がもっと強い光の魔力を流し込んで、結界の『不純物』を焼き払うんだ。お前は私を選んだ真の聖女だろう? あの出来損ないの姉にできて、お前にできないはずがない!」
「あ……ルシウス様……でも、私……もう魔力が……」
アメリアの顔は青ざめていた。
この三週間、彼女は毎日何時間もこの地下室に閉じ込められ、魔力を絞り出され続けていた。金髪のツヤは失われ、目の下には濃い隈ができている。優雅で美しい聖女の面影は、急速に失われつつあった。
彼女が持っていた「光の魔力」は、確かに人並み以上ではあったが、それはあくまで「観賞用」の美しい魔力に過ぎない。国全体を覆う大結界を支えるような、泥臭く強靭な魔力基盤など持ち合わせていなかったのだ。
エルヴィラが毎夜、血を流しながら耐えていた絶望的な苦痛の千分の一すら、アメリアには耐えられなかった。
「嫌……私、もう嫌ですわ! 苦しいの! 頭が割れるように痛いのよ!」
「甘えるな!」
ルシウスはアメリアの手を強引に結界の核へと押し当てた。
「お前が『やりたい』と言ったのだろう! エルヴィラを追い出し、国母の座に就きたいとねだったのはお前だ! 今更逃げられると思うな! 聖女としての義務を果たせ!」
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
アメリアの悲鳴と共に、彼女の体内から無理やり魔術陣によって光の魔力が吸い上げられ、結界の核へと注入された。
――瞬間。
メリメリメリッ!
大結界の核から、今まで聞いたこともないような不気味な破壊音が響いた。
注入された光の魔力は中和されることなく、内部で圧縮され、限界を超えて膨張した。水晶の亀裂がさらに深く、大きく広がり、そこから漏れ出た純白の閃光が、天井を突き破って地上へと射出した。
「な、何だ!? 何が起きた!?」
王都の街街頭で、人々が悲鳴を上げて空を見上げた。
澄み渡っていたはずの王都の空に、巨大な「亀裂」が走っていた。
まるでガラスの天井が割れるように、空間そのものがヒビ割れ、そこから眩しすぎるほどの白い光が漏れ出している。
そして――次の瞬間、各地で惨劇が巻き起こった。
「火事だー! 魔導具が爆発したぞ!」
「水が出ない! 水道管が破裂した!」
「きゃあああ! 助けて、光が……光が目を焼くの!」
王都中に整備されていた光の魔導具たちが、結界から漏れ出た過剰なエネルギーを吸い上げて一斉に暴走を開始したのだ。街灯は破裂して火花を撒き散らし、建物の結界は過熱して火災を引き起こし、人々の生活を支えていた利便性の象徴が、一瞬にして殺戮兵器へと変貌した。
さらに恐ろしいことが、王都の外縁部で起きていた。
大結界の過熱と崩壊に伴い、結界が本来持っていた「魔獣を退ける波長」が完全に狂い、逆に「狂乱した高エネルギー」として、遠方の魔獣たちを引き寄せる強力な撒き餌となってしまったのだ。
「報告! 報告です!」
血まみれの騎士が、王宮の大広間へと飛び込んできた。
「北方の『常闇の谷』より、数万を超える魔獣の群れが王都に向かって進軍中! 結界の外壁が機能しておらず、防衛線が突破されました!」
「な……何だと!?」
玉座に座っていた国王が、がたがたと震え出した。宴を楽しんでいた貴族たちは悲鳴を上げ、パニックに陥って逃げ惑う。
「ルシウス! ルシウスは何をしている!? 結界を直させろ! アメリアに結界を修復させよ!!」
国王の絶叫が虚しく響く。
その頃、地下室では――。
「ひぐっ……あぁぁ……」
アメリアは床に倒れ伏し、泡を吹いて気絶していた。無理な魔力抽出により、彼女の魔導回路は完全に焼き切れ、二度と魔術を使えない身体となっていた。
「くそっ! 使えない女め! 出来損ないが!」
ルシウスは倒れたアメリアを蹴飛ばし、苛立ちのまま髪を掻きむしった。
「なぜだ! なぜこんなことになる!? 光の聖女たるアメリアが結界を継いだのだぞ!? なぜ結界が壊れる!? なぜ魔獣が来る!?」
彼には、最後まで理解できていなかった。
自分たちが虐げ、追い払ったエルヴィラという存在が、どれほど異常な犠牲を払い、どれほど絶対的な力でこの国を支えていたのかを。
「代わりなどいくらでもいる」――そう豪語した男は、今や自らが作った地獄の渦の中で、恐怖にガタガタと震えることしかできなかった。
「殿下! お手上げです! 結界が……結界が崩壊します!」
大司祭が絶望の叫びを上げた。
ドカン―――――――――!!!!!
王都の天頂を覆っていた巨大な光の結界が、光の粒子となって音を立てて弾け飛んだ。
防壁は消えた。
王都ソル・インヴィクトゥスは、むき出しの肉のように、飢えた魔獣たちの群れと、過熱した光の暴力の前に晒されたのだ。
悲鳴と、爆発音と、魔獣の咆哮が、かつての栄華を誇った黄金の都を包み込んでいく。
完璧な、破滅の始まりだった。
四、闇の戴冠式
王都が地獄絵図へと変貌を遂げていたその頃。
北の漆黒の森の奥深く、見事にあたたかな静寂を取り戻した古の城塞では、華やかで美しく、そして静謐な戴冠式が執り行われていた。
鏡の前に立つ私は、漆黒のベルベットに銀糸で繊細な刺繍が施された、絢爛豪華なドレスを纏っていた。
かつて王宮で着せられていた、薄汚れたボロ布のようなドレスとは比べものにならない。私の肌の白さを引き立て、漆黒の髪と完璧な調和を保つ、真の「暗黒の女王」に相応しい衣装だ。
「美しい……実に美しいよ、エルヴィラ」
背後から歩み寄ったヴァレリウス様が、私の肩に優しく手を置き、鏡越しに私を見つめた。その手には、黒ダイヤモンドと紅玉が散りばめられた、重厚な王冠が握られている。
「この王冠は、古の時代、世界の深淵を統べる者にのみ許された権座の証。……これを受ける覚悟はできたか?」
私は振り向き、ヴァレリウス様の燃えるような赤い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「ええ、ヴァレリウス様。私にはもう、迷いも躊躇いもございません。私の力を、私の命を、正しく評価し、必要としてくださる貴方と共に……私は新しい歴史を刻みます」
「素晴らしい」
ヴァレリウス様は満足そうに微笑むと、私の頭上にそっと王冠を載せた。
瞬間、城塞全体から、そして漆黒の森全体から、歓喜の咆哮が巻き起こった。
数万の魔獣たち、古の闇の眷属たちが、新たな女王の誕生を祝って膝をつき、平伏している。
私の内に眠っていた真の権能――「終焉と再生の絶対権限」が、王冠を通じて完全に覚醒したのを感じた。
私は単なる「濾過器」などではない。世界全体の魔力バランスを統御し、万物を無に還し、新たなる秩序を再構築する、真の支配者だったのだ。
私はヴァレリウス様と手を取り合い、城のバルコニーへと出た。
バルコニーからは、遠く南の空が見えた。
そこには、赤く染まった不吉な空と、打ち上がる不自然な光の柱――王都ソル・インヴィクトゥスの崩壊の光景が、はっきりと見えていた。
「見なさい、ヴァレリウス様。とても綺麗な炎ですわね」
私は唇に優雅な笑みを浮かべ、愉しそうに呟いた。
「あれほど私が警告してさしあげたのに。『私の代わりなどいくらでもいる』とおっしゃったのは、ルシウス殿下、貴方たちですものね。……どうぞ、ご自分が選んだ言葉の重みを、その身と骨でじっくりと噛み締めてくださいませ」
「くく、酷い言い様だな。だが、それが良い」
ヴァレリウス様は私の腰を引き寄せ、私の頬に愛おしげな口づけを落とした。
「あのような愚か者どものことなど、もう忘れるといい。これからは、私とお前で、この世界をあるべき姿へと導くのだ」
「ええ……喜んで、ヴァレリウス様」
私はヴァレリウス様の胸に寄り添い、再び南の空を見つめた。
あちらには、絶望と悲鳴、そして己の愚かさを悔いる無意味な涙が満ちていることだろう。
しかし、こちらには、絶対的な愛と、揺るぎない尊厳、そして無限の自由が存在している。
「精々、束の間の平穏を楽しんで下さいとお伝えしましたけれど……ふふ、その束の間すら、もう終わってしまったようですね」
私の静かな嘲笑は、澄み切った夜の風に乗って、遥か南の破滅の都へと、届くことなく消えていった。
私の新しき物語は、今、この深淵の王国から始まったのだ。




