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第5話 異能覚醒

第5話 異能覚醒


故郷の村へ戻った時、空は灰色だった。


王都から何日も揺られ続けた乗合馬車を降りた瞬間、湿った土の匂いが鼻を掠める。


懐かしい匂いだった。


雨の染み込んだ畑。


薪を燃やす煙。


遠くで鳴く牛の声。


王都の香水まみれの空気とは違う。


けれどリリアは、なぜか胸が痛かった。


村人たちは遠巻きに彼女を見ていた。


「あれ、リリアじゃないか?」


「学園を卒業したって……」


「すごいわねぇ」


笑顔で迎えてくれる人もいる。


だがその優しさが逆に辛かった。


何も持ち帰れなかったから。


名誉も。


就職先も。


金も。


未来も。


ただ傷付いて帰ってきただけだった。


リリアは俯いたまま、小さく頭を下げる。


「……ただいま」


家は村外れにあった。


古い木造の小屋。


屋根はところどころ傷み、庭には雑草が伸び放題になっている。


だが扉が開いた瞬間、温かな匂いがした。


煮込みスープの匂い。


焼きたての黒パン。


「リリア!」


母が飛び出してくる。


痩せた身体。


荒れた手。


それでも優しい笑顔。


リリアはその瞬間、張り詰めていたものが切れそうになった。


「おかえり!」


父も奥から現れる。


日に焼けた顔をくしゃりと崩し、


「卒業したんだなぁ!」


と嬉しそうに笑った。


責めない。


失望もしない。


その優しさが、胸に刺さる。


夕食の席。


木のテーブルには素朴な料理が並んでいた。


豆と芋の煮込み。


固い黒パン。


少しだけの塩漬け肉。


王都の豪華な食事とは比べものにならない。


でも温かかった。


湯気が立っている。


母がよそったスープを前に、リリアは小さく震えた。


「いっぱい食べなさい」


その言葉で、涙が溢れそうになる。


リリアは慌てて俯き、スープを口へ運んだ。


温かい。


じんわり身体へ染み込む。


泣きそうだった。


食後、父が笑いながら言う。


「しばらくゆっくり休め」


「……うん」


だが翌朝。


リリアは日の出前に起きていた。


眠れなかったのだ。


窓の外では鳥が鳴いている。


朝露の匂い。


冷たい空気。


リリアは古い作業服へ着替えた。


茶色の麻布シャツ。


膝当て付きのスカート。


使い込まれた革手袋。


そして庭へ出る。


荒れていた。


雑草だらけ。


石は転がり、水路は崩れ、畑はひび割れている。


学園へ行く前までは、父母だけで管理していたのだ。


限界だったのだろう。


リリアはしばらく黙って庭を見つめた。


そして、小さく呟く。


「……やろう」


誰に言うでもなく。


ただ自然に身体が動いた。


雑草を抜く。


鍬を振る。


石を運ぶ。


泥が手に付く。


汗が流れる。


土の匂いがする。


王都では「泥臭い」と笑われた匂いだった。


でも。


不思議と嫌ではなかった。


土は人を笑わない。


踏みにじらない。


ただ黙って、そこにある。


昼になると母が呼びに来る。


「リリア、ご飯よー!」


木陰の机には昼食が並んでいた。


焼いた芋。


玉ねぎのスープ。


少し酸っぱい山羊乳。


父が笑う。


「学園の飯より豪華だろ?」


リリアは思わず笑った。


「ふふ……うん」


久しぶりだった。


心から笑えたのは。


それから毎日、リリアは庭を整備した。


朝から晩まで。


無言で。


雑草を抜き続ける。


腐った根を取り除く。


崩れた石垣を積み直す。


水路を掘る。


夜になると全身が痛んだ。


手のひらには豆が潰れ、指先は泥で荒れている。


それでも止まらなかった。


何かに縋るみたいに。


必死だった。


七日目の夕方。


空は茜色だった。


リリアは最後の雑草を抜き終え、ふう、と息を吐く。


風が吹いた。


草が揺れる。


静かだった。


その時。


――ドン。


大地が震えた。


「え……?」


足元が揺れる。


地鳴り。


父と母が家から飛び出してくる。


「なんだ!?」


「地震!?」


次の瞬間。


庭が光った。


淡い金色の光。


土そのものが輝いている。


リリアは呆然と立ち尽くす。


すると。


地面が広がった。


「な……」


庭の端が遠ざかる。


あり得ない速度で。


ぐぐぐ、と大地が伸びる。


畑が広がる。


森を飲み込む。


丘を越える。


空間そのものが裂けるように拡張していく。


風が吹き荒れた。


木々がざわめく。


光が世界を包む。


父が叫ぶ。


「リリア!!」


だがリリアは動けなかった。


目の前で世界が変わっていく。


やがて光が収まる。


そこにあったのは、別世界だった。


見たこともない巨大樹。


青白く輝く花畑。


澄み切った泉。


甘い果実の香り。


空気が違う。


濃密だった。


まるで生命そのものが満ちている。


風が頬を撫でる。


優しい。


暖かい。


リリアは震える足で一歩踏み出した。


その瞬間。


頭の奥へ声が響く。


『条件確認』


『土地管理適正・最高値』


『異能【聖域開墾】起動』


リリアの目が見開かれる。


これが。


自分の異能。


ずっと隠してきた力。


誰にも知られないよう押し殺してきた力。


涙が溢れた。


膝から崩れ落ちる。


土へ手をつく。


温かい。


柔らかい。


優しい。


王都の冷たい石床とは違う。


この大地は、自分を拒絶しない。


リリアは泣いた。


嗚咽が止まらない。


ぼろぼろ涙を流しながら、土を握り締める。


「もう……」


声が震える。


「もう……誰にも踏みにじられなくていいんだ……」


夕風が吹く。


黄金色の草原が波のように揺れた。


まるで新しい世界そのものが、リリアを迎えているようだった。




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