第十六話「数の外へ」
枢機卿の私室に、昼の足音が来た。
扉の外で止まり、間を置いて遠ざかった。何も置いていかなかった。
届いておりません、という言葉はいつからかなくなっていた。誰がやめたのでもない。毎日同じ言葉が行き来するうちに、言葉のほうが先に擦り切れた。
いまは足音だけが決まった頃に来て、決まった間だけ止まり、遠ざかっていく。
卓上の小炉が湯気を細く立てていた。
机の端に薄い紙の束があった。最後の一枚が届いてから、束は動いていない。私が動かさなかった。新しい一枚は重ならなかった。
いちばん上の一枚に、手袋の指を置いた。
毎日そうしている。文字は読めない。読めない紙の上に、ただ指を置く。
角は丸くなっていた。届いたばかりの頃、紙の角は尖っていた。
縁がまっすぐで、指に当たると小さく引っかかった。その引っかかりがもうない。
毎日置いた指の下で、角は丸くなった。手袋のほうも、指のところだけ布が薄くなっていた。
近頃は何もしなくても胸の奥が軋む。私は息をひとつ整えた。
◇◇◇
私は束の上の手を動かさなかった。
妹は、仲間と組んでいた。
仲間が誰なのかを、便りは書かなかった。何人なのかも書かず、名も書かなかった。私が知っているのは、組んでいた、ということだけだ。一人ではなかった、ということだけだ。
◇◇◇
手が、目を覆う布の結び目にかかった。
かかって、止まった。
私は、その手を膝に戻した。
湯気の細い音のほかに、部屋には何もなかった。
◇◇◇
務めは明日もある。朝になれば人が来て、私は呼ばれる。応えるべきことには、応える。済めば、ここへ戻る。机の端の、この厚みのところへ。
昼には足音が来る。来て、何も置かずに遠ざかるのだろう。私はもうそれを数えない。
読ませようと思えば、人を呼べばいい。呼べば、いちばん上の一枚はいまでも同じことを言う。
しかし私は呼ばなかった。
何が書かれているかは、そらで言える。読み上げる声を、何度も聞いた。
束の中で、妹は降り続けている。無事で、仲間と組んで、より深いところまで。それより先を、束は知らない。




