三十二封 赤く血濡れ枯れた花。
「ただいま戻りましたー」開け切っていない隙間から流れ込む、仮面からの声。
「あら、おかえりなさい。今日は随分時間をかけたようですね」
「最後の一個なので、早めにと思ったんですけど……あはは」
魔法で引かれた椅子に座り、次は疲れた仮面を。
「まだ焦らなくても良いでしょう? あと一か月あるのですから」
「それに、いざとなればここにお泊りすればいい、ね?」あざとく、頭をコテッと倒してみせる。
今更そんなのに、微笑みで返せる私では、もうないというのに。
「でも一か月って、思ったより短いものですよ? 魔女さんにも迷惑はかけられませんし」
「まあ! 迷惑だなんて。よして頂戴な。そんなこと、微塵も思ってませんわよ」
反吐が出る。そうやって、今までずっと甘い言葉で私を誘って、誤魔化して、騙してきたんだろう。
「あ、魔女さんに聞きたいことあったんです」
「なんでして?」なんでもお答えしますわ。
優雅に紅茶を飲み、こちらを見てはいない。
「――あの時のお伽噺の最後、聞いていませんでしたよね?」
「其の人達はどうなったんですか?」
少しの間がある。私にはそれが、今から口にする常套句の用意にしか、思えなかった。
「言ったでしょう? いずれわかる、と」紅茶を飲む手は辞めない。こちらを見ない。
「でも貴方はあの時、まだ語る時ではない、そう言ったんです」
「今なら、いいんじゃないですか?」
まだ、まだ、まだ希望はあるから。
「……やはりあの書庫で何かあったのですね。ですが、まだお答えできません」カップを手に持ってはいるけれど、本当はこちらを見ているのではないだろうか。
薔薇の花粉が進む先が、私には分からない。
「教えて、私は今知りたい」
お願いお願いお願い。真実が知れたらそれでいいの。
ちゃんと私と。向き合ってよ。
「だから、今は教えない。何度も何度も言わせないでよね」
その答えを聞いた時、私の微かに波打つ要には、ナイフが刺さり抜けた。
ずっとずっと、先端を押しえぐっていたものが今、刺さり抜けた。
――そう。最初から貴方にとっちゃ私は、赤く血濡れ枯れた花なのね。
「じゃあいいです、答え、知ってるので」
「死ぬんですよね? 其の人たち。――勿論私も」
一瞬、魔女さんの動きが止まった。ただほんの少し、ほんの少しだけ。
「いいえ? そんなまさか」
ふふっと、可笑しなことを聞いた時のように、優雅に笑うのだ。私はそれが許せなくて許せなくて。
そうやって突き放されるのが、一番辛いって、言ってるだろ。
「――貴方ってひとはいっつもそう! 何も大事なことは教えてくれない。それどころかどんどん、どんどん距離を離して」
香り立つ絵の具が、床をキャンパスに広がる。
「私を傷付けたくないからだって? だったら! 最初から私に手紙なんか寄こさなきゃ良かっただろ!」
鋭利な金と銀が、キャンパスに星を写す。
「今までの人達にどうやって隠し通してきたか、どうやってごまかしてきたかなんて知らないけど、私はもう知ってしまったんだ。もう、後戻り出来ないんだよ」
ただ一滴のオイルで、絵画が完成に至る。
「私だって、最後まで騙されていたかった……」
私にはもう、何も聞こえない。何も信じない。貴方が悪いんだから。私を、信じてくんないから。
扉が閉まる瞬間、見せしめに彼女を睨んだ。精一杯の報復として。そして――その顔が、脳裏に焼き付いた。
まだ貴方と、御茶会をしていたかったよ。




