7話「貴族令嬢と転生勇者は大空を行く」
◇デイビッド
二人の転生者と巨大なゴリラに城を襲撃されてから半刻。デイビッドは、フランシェスカと共に王都の郊外の牧場のような場所にいた。フランシェスカの屋敷の従者数人も一緒だ。
フランシェスカは、ここに来るまでの馬車の中でもなにやら矢継ぎ早に自身が屋敷を空けている間のことを従者たち、とりわけセバスチャンに指示を出していた。
「それではお嬢様、道中お気をつけて」
「ええ、ありがとうセバスチャン。王都のことは任せましたわよ」
「はい」
デイビッドは、フランシェスカとセバスチャンの会話を横目に牧場のような場所を見渡した。遠くの方に見える牛舎のような建物と、広大な草原を仕切っている1メートルほどの高さの木の柵。所々に建つ櫓のような形をした不思議な建物を除けば、デイビッドの故郷にある牧場とそっくりな風景だった。
「さて、行きますわよデイビッド」
従者たちに別れを済ませたフランシェスカがデイビッドを手招きして、櫓のような建物の方へ歩き出す。
「さあ急いで!あの襲撃者たちよりも早く魔石の神殿まで辿り着きませんと!」
早足で歩きながらフランシェスカが檄を飛ばす。
デイビッドは疑問に思っていたことを聞くことにした。
「なあ、一つ聞いていいか? あの王様に魔石を守るように頼まれてから俺たちは急いでここへ来たわけだが、ここに一体なにがあるっていうんだ? 馬なら屋敷のものを使えばいいだろ?」
現在、デイビッドたちは国王の命に従い、魔石を守るために王都を旅立とうとしている際中にあった。
襲撃者たちが王都を去ったあと、彼らの真の狙いが魔石の奪取にあることを知ったフランシェスカは、王の命に従い、魔石が保管されているという神殿に先回りして彼らの手から魔石を守る任に就いた。そして、転生者としての腕を見込まれたデイビッドもまた、国王から直々の嘆願を受け、ここまで関わってしまったからには、とフランシェスカと共に魔石を守ることを快諾して、今に至る。
「ここに来たのは馬のためではありませんわ、飛竜を使うためです」
「飛竜? おいおい、もしかしてそれってドラゴンってやつか!?」
少年の頃に読んだファンタジー小説に出てくる幻想の生物に出会える!と、デイビッドは喜びの声を上げて小躍りした。
「いいえ、ドラゴンではありません。飛竜__ワイバーンですわ」
「何がちがうんだよ?」
「ワイバーンは、元々はドラゴンの眷属だった生物を人為的に飼いならし、品種改良したものですわ。ドラゴンとは生物としての格も、そもそもの種族もまったく別のものなんですの」
「ふーん、なるほどな。まあ、空を飛んで火を噴く怪物が見られれば、俺はなんでもいいんだけどな……」
デイビッドの言葉に、フランシェスカは呆れたようにため息を吐いた。
「まったく、事は急を要しているといいますのに暢気なものですわね…… というか、ワイバーンは火を噴いたりはしませんわよ?」
「なに!? 火を噴かないドラゴンなんて、チーズのないチーズバーガーみたいなものじゃねえか!!」
「だから、ドラゴンではなくワイバーンだと言っているでしょうに…… まあ、そのドラゴンも最後に記録に現れたのは五百年前のことで、今では伝説上の生き物に過ぎませんが……」
「そうか、そりゃ残念だ……」
そんなことを話している内に、二人は櫓のような建物の目の前に到着した。それは、近くで見上げると、デイビッドが思った以上に巨大な建造物だった。頑丈そうな造りをした20メートルほどの木造の塔を中心にして、交差するように組まれた木の支柱からなる外壁がその周りを取り囲み、頂上付近がまるで茸のように拡がった形状をしている。
「さあ、ワイバーンはこの上ですわ」
フランシェスカはその建物の上を指さすと、塔の中心に造られた階段を登り始めた。デイビッドもそれに続く。
しばらくして、階段を登り切ったデイビッドを澄み渡る青空が出迎えた。見晴らしのいい景色に、デイビッドは思わず、ひゅー、と口笛を吹く。
その建物は、ワイバーンを飼育するための止まり木のようなものだった。下から見ると茸のように拡がっていた部分は、ワイバーンが着地するための、デイビッドが居た世界でいうヘリポートのような役割を担っていた。
「さて、それではワイバーンを呼びましょう」
フランシェスカはそう言うと、懐から小指ほどの大きさの白い笛を取り出した。
「それは?」
「ワイバーンを呼ぶための笛ですわ。迷いの森のナキオオカミの発声器官から切り出した骨で作られる、特注品ですの」
「へぇー、そんな小さな笛で呼び出せるのか」
「ええ。ナキオオカミの鳴き声の中には、わたくし達には聞き取れない音素が含まれていて、その音素は王都の端から端まで届くと言われていますの。しかも、個体事に異なる音素を持っているので、ワイバーンのようにその音を聞きとることが出来る生物に記憶させれば、その個体専用の呼び笛になるのですわ」
フランシェスカはまるで自分のことのように得意気に話すと、その笛を口にくわえた。
彼女が頬を膨らませて息を吹き込むと、クォンという、独特な音がわずかに鳴り響いた。
「そんな音がほんとに遠くまで聞こえるのか?」
「まあ見ていなさいな」
デイビッドが疑わし気な表情で辺りを見渡していると、フランシェスカが口を開いた。
「ほら、来ましたわよ」
フランシェスカはデイビッドが眺めていたのとは明後日の方向の空を指さした。
デイビッドがそちらに目を凝らすと、小さな鳥のような形をした影が徐々にこちらへ近づいてくるのが見えた。あれがワイバーンか、とデイビッドが眺めているうちに、その影はあっという間に大きくなり、やがてデイビッドたちの目の前にふわりと着地した。
「おお…… でっけぇなあ!」
それは体長6メートルほど、翼を開けば12メートルほどの巨大な爬虫類だった。見るからに硬そうな黒々とした鱗に、身体の所々に生えた鋭い棘。グルル、と唸るその口には鋭い牙が見え隠れしている。見るからに獰猛そうなその見た目は、まさにデイビッドが思い描くドラゴンの姿だった。
「これで火も噴けたら完璧なんだがなぁ……」
「ほら、無駄口は叩かないで、さっさと行きますわよ!」
フランシェスカが近づくと、ワイバーンは恭しく尻尾を巻き、彼女が背中に登りやすいように翼を少し下げた。獰猛そうな見た目にそぐわず、かなり理知的な生物のようだ。
「そんなに急ぐなら、この塔を登る前に笛を吹けばよかったんじゃないか?」
「そういう訳にもいきませんわ、鞍を付けないといけませんもの」
そう言うとフランシェスカは二人掛けの鞍をてきぱきとワイバーンの身体に付け始めた。その間も、ワイバーンは嫌そうな素振りも見せずにじっとしている。
「よく躾けられているんだな」
デイビッドの言葉に、フランシェスカは当然ですわ、と鼻を鳴らして応え、装着を完了した鞍に跨った。
「さあ、お乗りになって」
デイビッドが恐る恐るワイバーンの背中によじ登ると、ばさりと翼が鳴らされた。
「ふふっ、どうやらこの子、あなたのことを気に入ったようですわよ、デイビッド」
ワイバーンの背中を撫でながら、フランシェスカが微笑んだ。
「そいつは嬉しいね。どうか俺を落とさないように飛んでくれよ」
「落ちるのが嫌でしたら、咥えてもらいます?」
「それは遠慮するぜ」
二言三言の軽口を交わすと、フランシェスカは鞍の手綱を握った。
「さあ、行きますわよ!しっかり掴まって!」
「おう!」
デイビッドは鞍に据え付けられた取っ手を握るのを確認すると、フランシェスカは手綱を引いた。応えるようにワイバーンが短く吠えて、力強く羽ばたく。
ぐん、と身体にかかる重力が一瞬だけ強くなったあとに、ふわりと身体が浮くような感覚がして、激しい風がデイビッドを襲った。
あまりの風圧に、デイビッドがぎゅっと目を瞑り、次に開いたときには、そこはもう大空の上だった。ちらりと振り返ると、先ほどまでデイビッドが立っていたワイバーンの止まり木がすでに遠くなっている。
「さあ、飛ばしますわよー!!!」
どことなく楽しそうなフランシェスカの掛け声が空に響き渡り、二人は支配の魔石が保管されているという神殿へ向けて旅立った。
次回は、久々にアルとリリの話になります。
王都が襲われている間、もう一方のあの二人はなにをしていたのか。お楽しみに。
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