6話「疾風迅雷のゴッドヒルト」
◇フランシェスカ
ずきずきと痛む鼻の感覚に顔をしかめながらも、フランシェスカの意識は研ぎ澄まされていた。
目の前の侵入者たちに城を荒らされた怒りで、頭に血が上っていたフランシェスカだったが、王国内では最速と自負している右ストレート、それを容易くカウンターされたことで、逆に冷静さを取り戻していた。
__先ほどは見切れませんでしたが、ここからなら……
自分と入れ替わる形で前へ出たデイビッドと、対峙する細身の男。その一挙手一投足も見逃すまいと、フランシェスカはまばたきもせずに二人を凝視する。
「オラァ!!」
デイビッドが勢いよく殴りかかる。フランシェスカからすれば素人同然の動きではあったが、元の恵まれた体格もあり、それなりの形にはなっている。
対して、相対する細身の男は余裕たっぷりに構えも取らず、ただデイビッドを見据えていた。顔には薄ら笑いすら浮かべている。
その顔面に、固く握りしめられたデイビッドの拳が迫り__大きく空を切った。
「後ろですわ!」
フランシェスカの声にデイビッドは咄嗟に振り返ろうとする、が間に合わない。
ほんの瞬きの間にデイビッドの後ろに回り込んだ男は、これまた凄まじい速度でデイビッドの脇腹に蹴りを入れた。
その蹴り自体はなんの武も感じられない単純な蹴りだったが、その速さによって驚異的な威力を伴っていた。大柄なデイビッドの身体が、まるで小石を蹴るかのように軽々と蹴り飛ばされる。
「ほう、私の動きを捉えられる者がいるとは、ただの野蛮人かと思いましたが、びっくりですねぇ」
細身の男はフランシェスカの方へ振り向くと、大げさな身振りで驚きを表現してみせた。
「まあ、見えたところで私の動きについてくることは不可能でしょうが」
馬鹿にしたように笑う男の言葉に、フランシェスカは不敵に鼻を鳴らして応えながらも、内心では苦虫を噛み潰したような気分だった。
__デイビッドの動きが単純だった分、今度は奴の動きを見切ることが出来ましたけれど、それにしてもなんて素早さなんですの!?あれでは確かに、反応することすら出来ませんわ……!
フランシェスカの頬を冷や汗が伝う。引いた視点で全体を眺めていたフランシェスカには、たった今起きたことが辛うじてではあるが、すべて見えていた。
殴りかかったデイビッドに対して、相手の男が行ったのはただただ単純な回避と蹴り、それだけである。しかし、その速度が異常だった。
「よそ見してんじゃねえっ!」
そこへ、蹴り飛ばされたデイビッドが体勢を立て直して割り込んでくる。
派手に蹴り飛ばされた割には、デイビッドはぴんぴんしており、フランシェスカは一先ず胸を撫で下ろす。
「おや、普通の人間ならば今の蹴りだけで気絶するところなのですが」
「生憎と、この身体は頑丈なんでね!」
大きく腕を広げ、細身の男に掴みかかろうとするデイビッド。
細身の男は難なくそれを躱すと、がら空きになっているデイビッドの腹部に高速の蹴りを放ち、再び蹴り飛ばそうとした。
ゴン!と、まるでハンマーで石を叩いたような鈍い音が響く。しかし、デイビッドは踏みとどまった。
「ッ!?」
細身の男は驚きで顔を歪めると、さらに二回、蹴りをいれた。
しかし、それでもデイビッドの身体は、衝撃でわずかによろめいたものの、一歩も後ろへは下がらない。
「おい、いま何かしたか?」
デイビッドが白い歯を見せて笑う。
「そんな蹴りじゃあステイサムは倒せないぜ」
「ちっ」
怯む様子もなく再び掴みかかろうとするデイビッドに、細身の男は舌打ちをすると一度距離をとった。
「いい度胸ですねぇ、命だけは見逃してあげるつもりでしたが…… ここで殺してあげましょう」
男は引き攣った笑みを浮かべると、倒れていた衛兵が持っていた剣を拾い上げた。
刃物がたてる鋭利な金属の音に、フランシェスカの身体が緊張で少し強張る。
その時だった。
「おい…… そろそろ遊びは終わりだ」
それまで黙っていたもう一人の侵入者が口を開いた。
「時間だ、目的も果たしている…… 帰るぞ」
「おっと、もう時間切れですか」
もう一人の男の言葉に、細身の男は我に返る。
「ふう、私としたことが少々熱くなってしまいました」
細身の男は手にしたばかりの剣を適当に放り投げる。
もう一人の男の目が、にわかに赤く光を帯びた。
「二歩下がれ…… 来るぞ」
次の瞬間、謁見の間の横壁を巨大な黒い毛むくじゃらな拳が突き破った。城壁の上にいたゴリラのものだ。
巨大な瓦礫片が辺りに飛び散り、フランシェスカとデイビッドは慌てて飛び退った。
壁を突き破ったゴリラの手がゆっくりと開かれる。二人の侵入者はその手のひらに飛び乗った。
「お待ちなさい!転生者がこの城に一体なんの用でしたの!」
立ち去ろうとする侵入者たちに、フランシェスカは問いかける。
「おや、これは驚いた。やけに手ごわいと思っていたら、あなた達も転生者でしたか」
「いいや、転生者は俺だけだぜ。この嬢ちゃんはこの世界の住人だ」
こちらを見下ろして話す細身の男に対して、デイビッドが会話に割り込む。
「なるほど、そちらの筋肉ダルマがそうでしたか。ふっ、次に会うときには殺して差し上げましょう。その前にまずは、魔石を手にいれて__」
「ゴッドヒルト…… 余計なことは言うな」
細身の男__ゴッドヒルトの言葉を、赤く光る瞳の男が遮った。
「魔石ですって!?あなた達、一体なにが狙いですの!?」
「その問いに答える義理はない…… 行くぞ」
尚も食い下がるフランシェスカの怒声には耳を貸さず、男の言葉に反応するように巨大なゴリラの腕が壁の外へ引き抜かれていく。
「ふふふ、それではごきげんよう!次に会うときにはこの“疾風迅雷のゴッドヒルト”があなたのその命を終わらせて差し上げましょう!」
ゴッドヒルトの言葉を置き土産に、ゴリラが城壁から跳躍する。
ゴリラは復興作業をしている街に降り立つと、倒壊した家々の瓦礫を手当たり次第に辺りにばら撒きながら、あっという間に遠ざかって行ってしまった。
「くっ…… なにも、出来ませんでしたわ……!」
悔しそうに歯を食いしばるフランシェスカ。
「いいや、そんなことはないさ」
肩を落とす彼女に、デイビッドは励ますように笑うと親指を立てた。
「一番大事な王様は無事だし、倒れていた人たちも息はあった。それだけで十分さ」
「はっ、そうでしたわ、王!」
デイビッドの言葉にフランシェスカは我に返ると、急いで玉座へ駆け寄った。
「おおフランシェスカ、よいよい、わしは大丈夫じゃ」
慌てて駆け寄るフランシェスカに対し、王はのんびりと答える。
「それよりも、大変じゃ…… お主らも聞いておったのだろう? あ奴ら、魔石を狙う気じゃ」
「ええ、わたくしも聞きました。ですが、何のために?」
疑問を浮かべるフランシェスカに対し、デイビッドが口を開く。
「魔石っていうのは、さっき馬車で話してくれた例のあれのことだろ?」
「ええ、この国で魔石といえば、イ=ヌノキ=モチしかありませんわ」
フランシェスカの答えにデイビッドは一つ頷くと、おどけるように肩をすくめた。
「それなら、答えは一つさ。その石のことをどこで知ったかは分からんが、あいつら、魔石を手に入れてこの世界の住人を支配し、自分たちの手駒に加える気だ」
「まさか!石の力について奴らが知っていたとしても、その保管場所は王の他にはわたくしたち三大貴族にしか教えられておりませんわ!それを奪うことなど……」
そこまで言ってから、ある考えにたどり着き、フランシェスカは固まった。
そういえば、なぜ奴らはここへ来た? 目的は?
フランシェスカとデイビッドは、静かに王の顔を見る。
「すまぬ…… 脅されて、話しちゃった……」
申し訳なさそうに縮こまる王の言葉に、フランシェスカは目の前が真っ暗になるのを感じた。
今回はちょっと短めになってしまいました。
出来れば明日も更新したいと考えています。
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