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5話「貴族令嬢は王都の復興を憂い、転生勇者は敵と出会う」

<前回までのあらすじ>

 R1-D1__アルが魔族の少女リリと出会った一方で、半壊した王都では復興が進んでいた。

 転生者としてこの世界にやってきたデイビッドは、その真っただ中にいた。

◇デイビッド・フォスター


 まだ所々に瓦礫の山が堆く積まれている道を、デイビッドは歩いていた。一歩足を進めるごとにジャリジャリという小気味のいい感触が靴底から伝わってくる。


「しかし、ひどい有様だなぁ」


 デイビッドは他人事のように、実際に他人事なのだが、つぶやいた。

 アルの襲撃によって王都ジョンソンが半壊させられてから早一週間。ようやく死者や怪我人の選別が終わり、王都は今まさに復興が始まらんとしている最中にあった。


「ふう、そろそろ嬢ちゃんの屋敷に戻るかな」


 デイビッドは、瓦礫が残る道でふと立ち止まると、踵を返した。

 現在デイビッドは、王都の外れに建つフランシェスカの屋敷に世話になっており、今は朝の日課の散歩に出かけていたところであった。

 屋敷に戻る道すがら、デイビッドはこの世界に来た当初のこと、つまるところがフランシェスカと出会った時のことを思い返していた。


「なるほど、まさかとは思いましたが、あなたは転生者なのですね」


 信じてくれるはずもないだろうが…… と、デイビッドが半ば諦め混じりに自身の身の上を語ると、予想に反してフランシェスカはあっさりとそれを受け入れた。


「ずいぶんとイージーに俺の話を受け入れるじゃあないか」

「それは当然のことですわ、何せわたくしのご先祖様がその転生者なのですもの」

「なに、先祖が転生者だと?」


 さらに予想外な驚きの情報が飛び出し、デイビッドは耳を疑った。


「ええ、記録に残っている限りでは、転生者は過去二回に渡ってこの世界に現れておりますの。わたくしのご先祖様はそのうちの二回目、五百年前にこの世界に現れた転生者と伝わっていますわ」


 そういえば、あの女神も"第三回"異世界転生プログラムがどうとかと言っていたな、とデイビッドは思い出す。


「転生者が現れるたびに、この世界では様々な争乱が起こると言われていますの。千年前の建国戦争、そして五百年前の人魔大戦のように」


 まったく馴染みがないこの世界の歴史の話にデイビッドは、適当に相槌を打ちながら、しばし耳を傾けた。


「此度の王都襲撃犯もおそらく、転生者だったのでしょうね…… 兎にも角にも、あなたのお陰で命拾いいたしましたわ、何か御礼をしたいのですけれど、何分今はこんな状況ですので、あまり大したことは出来ないかもしれませんが……」


 デイビッドには全く身に覚えがなかったが、フランシェスカが語るところによると、どうやら自分は彼女の命の恩人ということになっているらしかった。

 それならば、とデイビッドは口を開いた。


「それなら、しばらくの間で構わないから、俺を嬢ちゃんのところに居候させてくれないか? 転生者とか言われても、この世界じゃ俺は家もないし、どうしようかと考えていたところなんだ。見たところ、嬢ちゃんは良い身分の人間みたいだし、でっかい屋敷の二軒や三軒くらい持っているんだろう?」


 デイビッドの提案に、フランシェスカはさして考える間もなく頷いた。


「ふむ、まあそれくらいならばお安いご用ですわ。ご先祖様と同じ転生者のよしみもありますし」

「そいつは助かる、礼を言うぜ嬢ちゃん」

「その嬢ちゃんっていうの、やめていただけないかしら?」


 それからというもの、デイビッドはフランシェスカの屋敷に居候をしつつ、瓦礫の山と化した王都で困っている人々の手助けをしたり、瓦礫の下敷きになっていた人々の救出を手伝ったりしながら、それなりに忙しく毎日を過ごしていたのだった。


「あら、おかえりなさい」


 屋敷に戻ったデイビッドを、フランシェスカが出迎える。彼女はお付きの従者たちに何やら指示を出しながら、どこかへ出かける準備をしていた。


「おう、ただいま。嬢ちゃんはこれから出かけるのか?」


 デイビッドの問いに、フランシェスカは眉を吊り上げて答える。


「何を言っていますの、今日はあなたを国王に面会させると三日前から言ってあったでしょう」


 そういえば、そうだった、とデイビッドは思い出す。異郷の地で、見知らぬ人々と共に汗を流しながら働き、手助けをすれば礼を言われる。そんな、忙しくも充実した日々をそれなりに気に入っていたデイビッドは、お偉いさんとの面会の話などすっかり忘れていたのである。


「さあ、分かったなら早くその小汚い服を着替えてくださいな」


 フランシェスカが言う通り、散歩の途中ですでに一働きしてきたデイビッドの服は、土埃にまみれ、薄汚れていた。

 デイビッドは自室として与えられた部屋へ向かうと、手早く着替えを済ませ、フランシェスカが待つ馬車に乗り込んだ。


__そういえば、馬車を引くのは普通の馬なんだな。てっきり、ユニコーンでも飛び出してくるもんかと思っていたが


 蹄を鳴らしながら車を引く馬たちを眺めながら、デイビッドは少しだけ残念そうに鼻を鳴らした。

 この世界に来て一週間。それなりに街中を見て周ったデイビッドだったが、そこで出会った人々や彼らが食べているものなどは、文明の発展度合いによる差異こそあれど、その大半はデイビッドが元いた世界とそう変わらないように見えた。

 唐突に送り込まれた異世界というものに、少なからず期待を抱いていたデイビッドからすれば、それは少々肩透かしを食らうような気分だった。

 しかし、その中にも例外はある。


「なあ、前から気になっていたんだが、街で時々見かけるあいつらはなんなんだ?」


 馬車の窓から外を眺めていたデイビッドは、気になるものを見つけて声を上げた。


「あれ? ああ、あれは労働力として使役されている魔族たちですわ。今はわたくしの屋敷の周りではあまり見かけませんけれど、復興を急いでいる城の近くにはそれなりの数が集められているはずですわ」


 デイビッドが指差した先を見て、フランシェスカが答える。そこには、シルエットは人型をしているものの、身体の所々に普通の人間とは違う特徴を持った人々が働かされていた。

 ある者は岩のような肌を持ち、またある者にはツノや、猫のような耳が生えている者もいる。

 彼らは魔族と呼ばれる種族の者たちだった。


「前にも少しお話ししなかったかしら? 前回__五百年前に転生者がこの世界に現れた折に起きた、人魔大戦のことを……」


 馬車の中で暇だったのだろう、フランシェスカは語り出した。


 人魔大戦。それは、この世界の人類と魔族の間に起きた大規模な戦争のことだ。

 五百年前まで、この世界の人類と魔族は時々小競り合いを起こしながらも、王都ジョンソンから遥か北に位置する山脈によって隔てられる形で、その生活圏を分かちあっていた。

 人類と比べて多種多様な形態を持ち、身体能力も遥かに優れる魔族に対して、人類は常に侵略されるのではないかという恐怖を抱いていたが、幸いなことに、魔族たちは領土というものにあまり執着がなかったようで、侵略を目的として人類の生活圏へ攻め込んでくることは一度もなかった。

 しかし五百年前、一人の転生者がこの世界に現れたことで状況は一変する。

 暗黒卿ヴォルドカイザーとして知られるその人物は、強大な力を秘めた魔石「イ=ヌノキ=モチ」と共にこの世界に現れると、その力をもって魔族たちを従え、人類への侵略を始めたのだった。

 ついにやってきた魔族の侵略に対して、勝ち目のなかった人類は絶望した。

 しかし、この世界の人類にとって幸運なことが起きる。暗黒卿ヴォルドカイザーに対立する形で、複数の転生者たちが人類の側に立って戦ったのだ。フランシェスカの祖先にあたる人物も、そのとき人類の側に立って戦った転生者の一人だった。

 かくして、魔族をも凌駕する力を持った転生者たちによってヴォルドカイザーは討ち取られ、彼の持っていた魔石「イ=ヌノキ=モチ」はこの世界の人類の手に渡ることとなった。

 それ以来、魔族の再びの侵攻に怯えた人類は、魔石の力をもってして魔族たちを己が支配下に置き、奴隷として扱うようになったのだった。


「あの魔石に秘められているのは、絶対服従の魔法。この世界に生きるものは誰であれ、逆らうことのできない強制力を持って他者を支配することが出来る、恐ろしい力をもった代物なんですの」


 フランシェスカは忌々しそうに顔をしかめながら、魔石の力をデイビッドに説明した。


「しかし、あの魔石は本来転生者に与えられたものでしたので、わたくし達ではその本来の力を十分に引き出すことは出来ませんでしたの。そのため年に一度、満月が紅く染まる夜に魔族を人に隷属させる命令を、王の手で上書きすることになっているのですわ」

「ふうん、なるほどな……」


 それなりに教養があるアメリカ人として、デイビッドは魔族を奴隷として扱っていることに対してあまり良い印象は抱かなかったが、これがこの世界の形なのだろうと考えて特に深く言及はしなかった。

 自分の育った場所では悪とされていることも、世界が変われば勝手が変わってくるものだ。価値観の押し付けは、デイビッドがしていいことではない。

 それよりもデイビッドが気になったのは、魔石のことだ。おそらくそれは、転生者がこの世界にやって来る際に与えられる能力、その一つの形なのだろうとデイビッドは考えていた。

 実際に、デイビッドの考えは正しかった。転生者に与えられる能力は大きく分けて二種類の形があり、一つはデイビッドのように本人に直接その能力が宿る形。そしてもう一つが、超常の能力を秘めた道具がアイテムとして転生者に与えられる、というものだった。


 そうこうしているうちに、デイビッドたちが目指している城がすぐ目の前まで見えてきた。高さで言えば、二十階建てのビルと同じくらいだろうか。デイビッドがかつてフロリダの遊園地で見たシンデレラ城とよく似た形をしたそれは、周囲に他の高層建築が存在していないため、ことさら大きく見えた。

 アルの襲撃に遭った際も奇跡的にほとんど攻撃を受けず、無事だったその城だが、今は少々様子がおかしかった。


「おい、ありゃなんだ?」


 デイビッドの言葉に、フランシェスカは馬車の窓から外を見て、同じように叫び声を上げる。


「なんですのあれは!?」


 二人の視線の先、城の側面を巨大な黒い生物がよじ登っていた。その生物は、デイビッドにとっては見慣れた生き物だった。


「あれは、ゴリラじゃないか!」


 霊長類ヒト科ゴリラ属、それは紛れもなくデイビッドが見慣れた普通のゴリラだった。ただ一点、その大きさを除けば。


「おいおい、キングコングのお出ましってか!?」


 城壁をよじ登っているそれは、ざっと見ただけでも身長が10mは下らない、巨大なゴリラだった。

 ゴリラは二人が見ている前で城壁の上まで登りきると、雄叫びを上げた。さらに、そのゴリラの肩から、黒い人影が二つ城壁の上に飛び降りるのをデイビッドは見逃さなかった。


「どうやら急いで向かった方がよさそうだな」

「言われなくても、ですわ!」


 扉を壊さんばかりの勢いで馬車から飛び出すと、フランシェスカは駆け出した。デイビッドもすぐさまそれに続いて走り出す。


「あいつらが向かう先に何か心当たりは?」

「そんなの、王の元へ向かっているに決まっていますわ!」

「だよな」


 石で出来た堅牢な階段を数段飛ばしで駆け上がりながら、二人は息を切らすことなく会話を続ける。


「あんな妙ちくりんな獣、見たことがありませんわ!転生者であるあなたがこの世界に現れて一週間、この時期に現れたことから考えますに、おそらく奴らも……」

「転生者、だな」


 デイビッドの言葉に、フランシェスカは頷いた。


「何が目的かは分かりませんが、王に危害は加えさせませんわ……!」


 いつの間にやらその手に嵌めたメリケンサック同士をガン、ガンと打ち鳴らしながら、フランシェスカが唸るようにつぶやいた。

 漲る闘志を抑えもせずに猛るフランシェスカに苦笑しながらも、デイビッドも戦意に火を灯す。


「嬢ちゃんには世話になっているからな、俺も助太刀するぜ」


 階段を登り切った先は、長い石畳の通路が続いていた。そのつきあたりには、人ふたり分はある大きさの立派な装飾が施された門があり、半開きになっていた。その周りには衛兵と思わしき男たちが倒れている。


「あの扉の先が謁見の間ですわ!」


 城壁の上に見えた二人の人影は、十中八九あの扉の向こうにいる。デイビッドは身構えると、フランシェスカと共に謁見の間へと飛び込んだ。

 扉をくぐるとデイビッドは素早く目を走らせた。謁見の間はバスケットコートほどの広さがあり、デイビッドが思っていたより広かった。奥には豪奢な玉座、そこに座っている老人が王だろう。そして、玉座の前に倒れる数人の衛兵たち。その中心に、二人の男が立っていた。


「無事ですか、王よ!」


 フランシェスカの声に、二人が振り返る。

 一人は朝黒い肌に服の上からでも分かるほどに筋肉質な、がっしりとした男。反対にもう一人は、色白で痩せ型の、ひょろりとした男だった。


「王から離れなさい!」


 勢いよく飛び出すフランシェスカ。一瞬で間合いを詰めると、目にも止まらぬ速度の右ストレードで痩せ型の男に殴りかかった。


「がはっ!?」


 しかし、デイビッドの予想に反して苦悶の声を上げたのはフランシェスカの方だった。


「やれやれ、いきなり殴りかかってくるなんて、この世界の人間は礼儀がなっていませんねぇ」


 痩せ型の男がくつくつと笑いながら口を開く。

 デイビッドの隣りまで飛び退るフランシェスカ。彼女の細く筋の通った鼻から、血がぽたぽたと零れ落ちた。


「デイビッド、どうやら少し手ごわそうですわよ」


 零れ落ちる鼻血を手の甲で拭いながら、フランシェスカが低い声で警告の言葉を口にする。


「いま、何をされたか分かったか?」


 デイビッドの問いに、フランシェスカは首を横に振る。デイビッドはそうか、とつぶやいた。あの瞬間、目の前の男が何をしたのか、後ろから見ていたデイビッドにも分からなかった。


「次は、見切ってみせますわ」


 再び殴りかかろうと身構えるフランシェスカ。デイビッドは手をあげてそれを制すと、一歩前へ出た。


「いいや、次は俺の番だ。嬢ちゃんにばかり、怪我をさせるわけにはいかないからな」


 今までの人生で喧嘩をした経験すらまともにないデイビッドは、アクション映画で観たファイティングポーズを真似て身構える。


「さあ、いくぜ」


 一切の迷いなく、デイビッドは前へ踏み出した。

 初めての、それも場合によっては命を失うかもしれない戦いを前にして、彼の中に恐怖心は一切なかった。

 何故なら、今の彼はジェイソン・ステイサムだから。

 ステイサムが目の前の男などに負けるはずがないと、心から信じているからだった。


次回もデイビッド、フランシェスカのコンビと、謎の二人組の戦いになります。


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