↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁なき世界の覇王   作者: 未記入です。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/497

第六十話 帰る場所を告げる者

第一章 神に忘れられた子

北東の山岳地帯。


石板に浮かんだ文字を前に、グレイヴは長い沈黙を保っていた。


『その者は、帰る場所を失ったのではない』


『帰ってよいと言う者を、失ったのである』


「公爵、これは単なる記録ではないようです」


ロディスが慎重に口を開いた。


「どういう意味だ?」


「帰還拒否者の意思を記録したものではなく、その者がなぜ帰還を拒んでいるのかを示しているように思えます」


「誰かに帰るなと言われたわけではない、ということか」


「はい。むしろ、帰ってよいと言ってくれる人物がいない。それが理由なのかもしれません」


グレイヴは石板に手を伸ばしかけ、止めた。


「ならば、その人物を探す必要がある」


「しかし、保護対象は未特定です」


「分かっている。だからこそ、調べる」


グレイヴは周囲を見渡した。


「この山にある記録だけでは足りない。王都と公爵邸にも確認を取る」


⸻


王都ヴァルディア。


ミレーヌは、グレイヴから届いた報告を読み終えた。


帰還拒否者。


保護対象。


そして、帰る場所を失ったのではなく、帰ってよいと言う者を失った存在。


彼女は旧王族療養施設へ向かった。


目覚めた人物は、窓辺で静かに過ごしていた。


「確認したいことがあります」


「何でしょう」


「帰還を拒む者について、心当たりはありませんか?」


人物は少し考えた。


「います」


「知っているのですか?」


「正確には、そういう子供たちを知っています」


ミレーヌは椅子を引いた。


「どんな子供たちですか?」


「名前を持たなかった子供たちです。誰かに名前を呼ばれることもなく、誰かの帰りを待っていた子供たち」


人物は窓の外を見た。


「その中には、帰る場所があるのに帰れない子もいました」


「なぜです?」


「自分が戻れば、誰かが苦しむと思っていたからです」


ミレーヌは息を呑んだ。


「それは、本人の意思だったのでしょうか」


「本人はそう思っていたでしょう。でも、本当に望んでいたこととは違ったのかもしれません」


「では、どうすれば帰ることができるのですか?」


人物はしばらく考えた。


「名前を呼ぶだけでは足りません」


「何が必要ですか?」


「帰ってきてもいいと伝えることです」


ミレーヌは記録板を閉じた。


「それを伝える人物が、保護対象なのですね」


「そうかもしれません」


人物は胸元に手を当てた。


「でも、その人自身も、まだ帰る場所を見つけられていないのです」


⸻


クロイゼル公爵邸。


アルヴェインは、セレスティアに抱かれていた。


母は窓辺の椅子に座り、静かに本を読んでいる。


そのとき、廊下からレオンハルトの声が聞こえた。


「母上、入ってもいい?」


「もちろんよ」


兄が部屋に入ってくる。


「アルヴェイン、起きてる?」


レオンハルトは弟の顔を覗き込んだ。


「今日は父上から手紙が届いたんだ」


セレスティアが微笑む。


「お父様から?」


「うん。北の山で調査をしているんだって」


レオンハルトは少し誇らしげに手紙を見せた。


「僕もいつか父上みたいに、遠くまで行ってみたいな」


「そうね。でも、今は勉強と訓練を頑張らないとね」


「分かってるよ」


レオンハルトは苦笑した。


そして、アルヴェインの手を握る。


「父上が帰ってきたら、一緒に剣の稽古を見せてもらおうね」


アルヴェインは兄を見つめた。


その瞬間、魔力視に小さな変化が現れた。


レオンハルトの胸元に、淡い線が伸びている。


その線は、遠くの山岳地帯へ向かっていた。


以前よりも明確だった。


『第二継承候補:反応』


『名前の預かり:接続準備』


『選択記録:未確定』


アルヴェインは兄の手を握り返した。


レオンハルトは嬉しそうに笑った。


「お、握ってくれた!」


セレスティアも微笑む。


「アルヴェインは、お兄ちゃんが大好きなのね」


アルヴェインは声を出せなかった。


ただ、兄の手を離さなかった。


⸻


同じ頃、公爵邸の庭。


エリシアは古木の根元を調べていた。


数日前から、木の周囲に小さな光が現れるようになっている。


彼女が手を伸ばすと、根元の土がわずかに盛り上がった。


そこに、小さな木箱が埋まっている。


エリシアは慎重に掘り出した。


箱には鍵がない。


表面には、六角形の印が刻まれていた。


「これは……」


彼女は周囲を確認し、箱を開けた。


中には、小さな紙片が一枚だけ入っている。


紙には、古い文字でこう書かれていた。


『帰る場所を失った者へ』


『ここに、あなたの居場所を残しておく』


エリシアの手が止まった。


その下には、さらに小さな文字がある。


『たとえ名前を忘れても、帰ってきたことを忘れない』


エリシアは紙片を胸元に抱いた。


なぜか、涙がこぼれた。


「……誰が、こんなものを」


その瞬間、彼女の頭の中に一つの光景が浮かんだ。


雪の降る広場。


小さな子供たち。


そして、誰かが木箱を埋めている。


『ここに置いておこう』


『どうして?』


『いつか帰ってきたとき、分かるように』


『誰が帰ってくるの?』


『帰りたいと思った人が、誰でも』


映像はそこで途切れた。


エリシアは目を閉じた。


「私……これを知っている」


しかし、誰と一緒に埋めたのかは思い出せなかった。


⸻


北東の山岳地帯。


グレイヴは、石造りの建物から離れた尾根に立っていた。


眼下には、雪に覆われた谷が広がっている。


その先に、古い道が一本だけ続いていた。


「公爵」


ロディスが追いつく。


「周辺の調査結果が出ました」


「話せ」


「帰還拒否領域から伸びている記録線は、北東の建物には向かっていません」


「では、どこへ?」


「公爵邸です」


グレイヴの表情が変わる。


「確かなのか?」


「線の終点までは確認できていません。ただ、途中に古木のような構造がありました」


「庭の古木か」


「その可能性があります」


グレイヴはすぐに判断した。


「邸へ連絡を入れろ。古木に異常がないか確認させる」


「承知しました」


「それから、エリシアにも注意を払うよう伝えろ」


ロディスはうなずいた。


「彼女が関係していると?」


「まだ分からない。だが、これまでの反応を考えれば無関係とは思えない」


グレイヴは遠くを見つめた。


「誰かが帰る場所を探している。その場所が、我が家にあるのなら……」


言葉を止める。


家族を巻き込むことだけは避けなければならない。


だが、すでに記録は邸へとつながり始めている。


⸻


夜。


クロイゼル公爵邸。


アルヴェインは、ベッドの中で目を覚ました。


胸元の六角形が、静かに光っている。


魔力視を使う。


部屋の壁を越え、庭の古木へ向かう線が見えた。


その線の先に、小さな木箱がある。


木箱の中には、紙片。


『ここに、あなたの居場所を残しておく』


アルヴェインは、その文字を見つめた。


すると、視界に別の光が現れた。


雪の広場。


一人の子供が、木箱を埋めている。


その子供の隣には、もう一人の人物がいた。


長い衣をまとった人物。


名前を与えた者。


子供が尋ねる。


『本当に、誰でも帰ってきていいの?』


『もちろん』


『悪いことをした人でも?』


『帰ってきた後に、何をするかはその人が決めればいい』


『忘れられた人でも?』


『忘れられたからこそ、帰ってきてほしい』


子供は少し考え、木箱の蓋を閉じた。


『じゃあ、ここはみんなの帰る場所だね』


『そうね』


人物は微笑んだ。


『誰かが帰ってきたとき、ここに居場所があるように』


光景が消える。


アルヴェインの視界に文字が浮かんだ。


『帰還場所:記録確認』


『保管者:照合中』


『記録者:未確定』


そして、最後に。


『帰る場所は、失われていない』


『ただし、迎える者がまだ決まっていない』


アルヴェインは胸元に手を当てた。


帰る場所がある。


それだけでは、誰も帰ってこられない。


そこにいてほしいと願う者が必要なのだ。


その夜、庭の古木の根元で、小さな光が灯った。


そして、木箱の中の紙片に、新しい文字が一行だけ浮かび上がった。


『いつか、あなたの名前を呼ぶ日まで』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。