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暁なき世界の覇王   作者: 未記入です。


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第五十二話 眠りを守る者

第一章 神に忘れられた子


北東の山岳地帯。


六つの円が刻まれた扉の前で、調査隊の一人が足を止めた。


「隊長、ここから先は地図にありません」


「分かっている。周囲を確認しろ。建物に触れるな」


グレイヴは短く指示を出した。


同行しているのは、ロディスと王都から派遣された魔導研究員二名、そしてクロイゼル家の騎士四名。


ミレーヌは王都に残り、資料の照合を続けている。


「公爵、扉の紋章ですが……」


ロディスが壁を調べていた。


「クロイゼル家の紋章とよく似ています。しかし、中央の六角形が少し異なります」


「違いは?」


「一辺が欠けています。意図的に削られたものではありません。最初から、その形だったようです」


グレイヴは扉を見つめた。


「欠けた六角形か」


「はい。これまで見つかった紋章とは異なります」


扉には文字が刻まれている。


『名を与えし者、ここに眠る』


その下には、さらに小さな文字があった。


『眠りを妨げるな』


グレイヴは扉に手を伸ばしかけ、止めた。


目覚めた人物の言葉が頭をよぎる。


本人が自分の意思で眠りについた。


ならば、無理に起こす理由はない。


「扉を開ける必要はない。まず、外側から分かることを調べる」


「しかし、中にいる人物を確認しなければ……」


「確認することと、起こすことは違う」


グレイヴは騎士たちを見た。


「この建物は封鎖する。誰も単独で近づくな」


⸻


建物の外周を調査していた研究員が、奇妙なものを発見した。


石壁の一部に、六角形の小さなくぼみがある。


その周囲には、細い線が何本も刻まれていた。


「これは文字でしょうか?」


ロディスが近づく。


「いや、文字ではない。記録の流れを示しているようだ」


魔力を流しても反応はない。


しかし、ロディスが手を近づけた瞬間、くぼみの奥に淡い光が現れた。


『記録欠損:照合』


ロディスは息を呑んだ。


「私に反応している……?」


グレイヴが彼の肩に手を置く。


「無理に触れるな」


「分かっています」


そのとき、石壁に新しい文字が浮かんだ。


『記憶保持者、確認』


ロディスの表情が変わる。


「私のことを指しているのでしょうか」


「可能性はある」


グレイヴは壁を見つめた。


「だが、ここで分かるのは、お前の記録に何か関係があるということだけだ」


ロディスは静かにうなずいた。


彼の失われた記憶。


あの子供との約束。


そして、名前を持たない者たち。


この場所にも、その痕跡がある。


⸻


一方、王都ヴァルディア。


ミレーヌは地下書庫で、古い資料を読み比べていた。


これまでの記録を並べると、一つの疑問が浮かび上がる。


なぜ、最初の記録者は眠りについたのか。


名前を与えたことで管理者に見つかる危険が生じた。


それだけなら、逃げることもできたはずだ。


それなのに、自ら眠りについた。


「何かを封じるため……?」


ミレーヌは別の資料を開いた。


そこには、六つの役割についての補足があった。


『記憶を保持する者は、過去を残す』


『約束を持つ者は、未来をつなぐ』


『血を継ぐ者は、選択の資格を持つ』


『名前を待つ者は、帰還を受け入れる』


『帰還に応える者は、扉を開く』


『記録の外に残されたものを記す者は、境界を確かめる』


ミレーヌは最後の一文に目を留めた。


「境界を確かめる……」


記録の外側にあるものを、ただ記すだけではない。


それが世界の内側に戻るべきものなのか。


あるいは、戻してはならないものなのか。


それを見極める役割なのかもしれない。


そのとき、資料の端に文字が浮かび上がった。


『第六の記録は、最初の記録者によって保管された』


ミレーヌは手を止めた。


「最初の記録者が、第六の記録を保管していた?」


さらに文字が続く。


『保管者と記録者は、同じとは限らない』


「どういうこと……?」


答えはない。


だが、ミレーヌは一つの可能性に気づいた。


眠っている人物は、最初の記録者であると同時に、第六の記録を保管している存在かもしれない。


しかし、第六の記録を実際に記す者は、別にいる。


その候補は、まだ見つかっていない。


⸻


クロイゼル公爵邸。


アルヴェインは、昼寝から目を覚ました。


窓の外では、レオンハルトが木剣を振っている。


「もう一回!」


兄の声が庭に響いた。


騎士の一人が笑いながら答える。


「レオンハルト様、少し休まれてはいかがですか」


「まだ大丈夫!」


その様子を、アルヴェインは寝室の窓から見ていた。


魔力視を使う。


レオンハルトの動きに合わせて、身体の周囲に薄い魔力の流れが生まれている。


以前よりも無駄が減っていた。


父の教えを守り、身体全体を意識しているのだろう。


アルヴェインは兄の姿を見ながら、ふと気づいた。


レオンハルトの魔力の流れの中に、小さな空白がある。


それは傷ではない。


何かが欠けているというより、最初からそこに何も存在しないような空白だった。


アルヴェインは目を凝らす。


空白の奥に、微かな文字が浮かんだ。


『選択記録:未確定』


『血脈継承:候補』


そして、さらに小さな文字。


『第二継承者:照合対象』


アルヴェインは驚いた。


第二継承者。


自分のことだろうか。


それとも、レオンハルトなのか。


文字はすぐに消えてしまった。


アルヴェインは胸元の六角形に意識を向けた。


だが、何も起きない。


まだ判断できることは少ない。


彼は小さな手を握りしめた。


⸻


夕刻。


セレスティアはアルヴェインを抱きながら、庭を歩いていた。


古木の前で足を止める。


「今日は風が気持ちいいわね」


アルヴェインは母の胸元に視線を向けた。


以前から見えていた、セレスティアの胸元の淡い六角形。


今日は、その光が少しだけ強い。


セレスティアも何かを感じたのか、胸元に手を当てた。


「最近、ときどき不思議な夢を見るの」


アルヴェインは母を見上げた。


「知らない場所なのに、懐かしい気がするのよ」


セレスティアは古木に目を向ける。


「雪が降っていて、小さな子供たちが遊んでいるの。私はその子たちに、名前を尋ねている」


その言葉に、アルヴェインの視界が揺れた。


古木の根元から、淡い光が伸びる。


セレスティアの記録に、何かが触れた。


『記憶保持:微弱反応』


『過去記録:部分照合』


そして、一つの声が聞こえた。


『あなたは、まだ覚えているのね』


セレスティアは足を止めた。


「誰……?」


声は答えない。


ただ、古木の根元に小さな光が浮かんだ。


その光は、六角形ではなかった。


丸い、小さな輪だった。


アルヴェインは、その輪を見つめた。


⸻


北東の山岳地帯。


日が暮れ、調査隊は建物から少し離れた場所に野営地を設けていた。


グレイヴは一人、石造りの建物を見つめていた。


扉は開いていない。


中の人物も目覚めていない。


それでも、時折、壁の紋章が淡く光る。


「公爵」


ロディスが近づいてきた。


「どうした?」


「建物の外周から、別の記録が見つかりました」


「どんな記録だ?」


ロディスは紙を差し出した。


そこには、短い文章が記されていた。


『眠りを守る者が、目覚めを待つ』


「眠りを守る者?」


「はい。建物の外に、もう一つの役割があるようです」


グレイヴは紙を見つめた。


「その者は、どこにいる?」


「分かりません。ただ、建物の周囲には人が歩いた痕跡がありません」


「ならば、記録上の存在かもしれないな」


ロディスはうなずいた。


そのとき、建物の扉から音がした。


小さく、乾いた音。


六つの円のうち、一つが再び光った。


グレイヴはすぐに騎士たちへ合図を送る。


「全員、警戒しろ。扉には近づくな」


扉の向こうから、かすかな声が聞こえた。


『……まだ、眠っている』


続いて、別の声。


『眠りを守る者が、戻っていない』


グレイヴは扉を見つめた。


「誰だ?」


返事はない。


代わりに、扉の下から一枚の紙が滑り出てきた。


ロディスが慎重に拾い上げる。


そこには、見覚えのある文字が書かれていた。


『名前を呼ばないで』


そして、その下に続く一文。


『呼ぶ者が現れるまで、私は眠り続ける』


グレイヴは紙を握りしめた。


目覚めた人物の言葉と同じだ。


名前を呼ぶことが、覚醒の条件。


だが、呼びかける者が誰なのかは分からない。


そのとき、ロディスが小さくつぶやいた。


「公爵……この筆跡、どこかで見たことがあります」


「どこでだ?」


ロディスは紙から目を離さなかった。


「私の古い記憶です。あの子が持っていた玩具に、同じ文字が刻まれていました」


グレイヴの表情が変わる。


「お前が忘れた子供か」


「はい。ですが、まだ顔も名前も思い出せません」


ロディスは紙を見つめる。


「それでも、この文字だけは覚えています」


建物の奥で、再び音がした。


今度は、扉を叩く音ではない。


内側から、誰かが石壁を指でなぞるような音だった。


そして、最後に一言。


『迎えに来るのは、誰?』


その問いに答える者は、まだいなかった。

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