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暁なき世界の覇王   作者: 未記入です。


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第四十八話 目覚めた記憶保持者

第一章 神に忘れられた子

王都ヴァルディア。


旧王族療養施設の地下では、目覚めた人物を前に、ミレーヌが慎重に調査を進めていた。


人物は寝台に腰掛けたまま、窓のない部屋を見渡している。


年齢は判別しにくい。


長い眠りの影響なのか、肌は青白く、声にも力がない。


それでも、その瞳には確かな意志が宿っていた。


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


ミレーヌが尋ねる。


人物は少し考えた。


「名前……」


自分の名前を確かめるように、何度か唇を動かす。


しかし、答えは出てこない。


「分かりません」


「記憶が失われているのですか?」


「いいえ。覚えています。ここで眠っていたことも、誰かが私を守っていたことも」


「それでは、なぜ名前が?」


人物は手元の紙を見つめた。


『帰る日まで、名前を呼ばないこと』


「呼んではいけないと言われたからです」


ミレーヌは紙を受け取ろうとした。


だが、人物はそれを手放さなかった。


「これは大切なものです」


「分かりました。無理にお預かりするつもりはありません」


ミレーヌは一歩下がった。


「では、別のことを教えてください。あなたは、胸に六角形の印を持つ子供を探しているのですか?」


人物の表情が変わった。


「……あの子を知っているのですか?」


「まだ確認できていません。ただ、同じ印を持つ子供がいる可能性があります」


人物は目を閉じた。


そして、震える声で尋ねた。


「その子は、幸せに暮らしていますか?」


ミレーヌはすぐには答えなかった。


「少なくとも、今は家族に守られています」


人物の頬を涙が伝った。


「よかった……」


その言葉は、長い時間を越えてようやく届いた安堵のようだった。


⸻


クロイゼル公爵邸。


グレイヴは夜明けから書斎にこもっていた。


昨夜、自分の胸元に起きた反応。


そして、夢の中で聞こえた声。


『待っていたのは、俺の方だったのか』


その言葉が、頭から離れない。


机の上には初代当主の日記と、ノルディアで回収した記録の写しが並んでいる。


グレイヴは一つずつ照らし合わせた。


初代当主は、弟を忘れた。


自分もまた、幼い頃に誰かと約束を交わしている。


そして、王都で目覚めた人物は、六角形の印を持つ子供を探している。


「偶然ではないな」


グレイヴは日記を閉じた。


そこへロディスが入ってきた。


「王都から追加の報告が届きました」


「目覚めた人物についてか?」


「はい。ミレーヌによれば、記憶は一部残っているそうです。ただ、自分の名前を口にすることを拒んでいるとのことです」


「拒んでいる理由は?」


「本人は、帰る日まで名前を呼んではならないと言われたと話しています」


グレイヴは眉を寄せた。


「名前を呼ぶことが、何かの条件になっているのか」


「その可能性があります。名前を呼ぶことで記録が確定する、という仕組みがあるのかもしれません」


「だが、名前を呼ばなければ帰れない者もいる」


「はい。そこが矛盾しています」


グレイヴは窓の外を見た。


「矛盾ではないのかもしれない」


「といいますと?」


「帰るために名前が必要なのではない。帰る準備が整うまで、名前を守らなければならないのではないか」


ロディスはしばらく考えた。


「名前を呼ぶことが、帰還の最後の条件になる……」


「そう考えれば、今までの記録とも繋がる」


グレイヴは立ち上がった。


「王都へ行く。直接、その人物と話す」


「すぐに出発しますか?」


「いや。まずは家族に話をする」


⸻


昼前。


グレイヴはセレスティアとレオンハルトを呼んだ。


アルヴェインはセレスティアに抱かれている。


「王都で新たな反応があった」


グレイヴは、これまでに分かったことを簡潔に説明した。


「第五の記録者と関係する可能性がある人物が目覚めた。どうやら、アルヴェインと同じ印を持つ子供を探しているらしい」


セレスティアは息子を見た。


「アルヴェインを知っている人なの?」


「まだ分からない。ただ、無関係とは考えにくい」


レオンハルトが口を開いた。


「父上、王都へ行くのですか?」


「ああ」


「アルヴェインも?」


「いや。今回は俺とロディスだけで行く」


セレスティアは不安そうに尋ねた。


「大丈夫なの?」


「危険があればすぐに戻る。王都の調査も、必要以上には進めない」


グレイヴはアルヴェインを見つめた。


「この子を、未知の場所へ連れていくわけにはいかない」


レオンハルトは弟の手を握った。


「僕がそばにいるよ」


「ああ。頼んだぞ」


その言葉に、レオンハルトは力強くうなずいた。


⸻


その日の午後。


エリシアは庭の古木の前に立っていた。


胸元の六角形が、以前よりもはっきりと光っている。


彼女は目を閉じた。


雪の降る村。


小さな子供たち。


銀色の髪の女性。


そして、誰かの手を握っていた自分。


記憶は少しずつ戻ってきている。


しかし、思い出そうとすると、必ず最後の部分が途切れてしまう。


「私が忘れているのは、名前だけなの……?」


そのとき、古木の根元に光が浮かんだ。


『記録保持者:接続』


『過去記録:部分再生』


『対象:ノルディア』


エリシアの目の前に、一人の女性が現れる。


銀色の髪。


優しい目。


以前、夢の中で見た人物だった。


『エリシア』


「先生……!」


女性は微笑んだ。


『あなたは、よく頑張ったわね』


「先生は、どこにいるんですか?」


『私は、もうここにはいない』


「どういう意味ですか?」


女性は答えず、古木に手を触れた。


『あなたが守ってきたものを、思い出して』


エリシアの胸元が光る。


『約束を持つ者』


『記録を支える者』


『名前を待つ者』


三つの文字が浮かび上がった。


女性は最後に告げた。


『あなたが覚えていることは、誰かを帰すための道になる』


映像が消える。


エリシアはその場に立ち尽くした。


「私は……誰を帰そうとしているの?」


答えはなかった。


⸻


王都へ向かう道中。


グレイヴとロディスは馬車に揺られていた。


「王都に到着したら、まず旧王族療養施設へ向かう」


グレイヴが告げる。


「ミレーヌが現地で待っています」


「地下施設の調査は?」


「現在は停止中です。第二監視者の干渉が続いているため、無理に接触するのは危険だと判断したそうです」


「賢明だ」


グレイヴは窓の外を見た。


「それより、目覚めた人物の状態が気になる」


「記憶保持者である可能性が高いと、ミレーヌは考えています」


「第五の記録者ではないのか?」


「現時点では断定できません。第五の記録者は、まだ別に存在する可能性もあります」


グレイヴはうなずいた。


「決めつけるな。本人の話を聞いてから判断する」


馬車は北方の街道を離れ、王都へ向かう。


その道中、グレイヴは何度も胸元に手を当てた。


幼い頃の記憶。


雪の中で交わした約束。


そして、誰かの笑顔。


その人物の名前だけが、どうしても思い出せない。


⸻


王都ヴァルディア。


旧王族療養施設の地下。


目覚めた人物は、ミレーヌの用意した食事を前にしていた。


「少しずつ食べてください。長い間、身体を動かしていなかったのですから」


「ありがとうございます」


人物はスプーンを手に取った。


しかし、すぐに手を止める。


「ミレーヌさん」


「はい」


「もうすぐ、誰かが来ますね」


ミレーヌは驚いた。


「なぜ分かるのですか?」


「分かるんです。ずっと待っていたから」


「誰を待っていたのですか?」


人物は少しだけ笑った。


「私のことを忘れてしまった人です」


ミレーヌは言葉を失った。


その瞬間、地下施設の壁が淡く光った。


『第一継承者、接近』


『記憶保持者:反応』


『過去記録:照合開始』


ミレーヌは表示された文字を見つめた。


第一継承者。


グレイヴ・クロイゼルのことだ。


「あなたは、グレイヴ公爵をご存じなのですか?」


人物はゆっくりとうなずいた。


「はい」


「どのような関係なのですか?」


人物は手元の紙を見つめた。


しばらくして、静かに答えた。


「昔、あの人と約束をしました」


「どんな約束ですか?」


人物の瞳に、懐かしさが浮かぶ。


「二人で、守ると」


「何を守るのですか?」


人物は顔を上げた。


「名前を失った子供たちを」


そのとき、地下施設の扉が開いた。


グレイヴが入ってくる。


人物はその姿を見た瞬間、呼吸を止めた。


グレイヴもまた、目の前の人物から視線を離せなかった。


見覚えがある。


いや、覚えているはずがない。


それなのに、胸の奥が強く締めつけられる。


人物は立ち上がろうとした。


しかし、長い眠りの影響で足に力が入らず、身体が傾く。


グレイヴが咄嗟に支えた。


その瞬間、二人の胸元に六角形の光が現れた。


『血脈記録:接触』


『欠損記録:照合』


『記憶保持者:確認』


そして、最後に。


『幼少期の約束:再接続』


グレイヴの頭に、雪の降る庭の光景が蘇る。


幼い自分。


目の前にいる人物。


そして、交わした約束。


『俺たちが守ろう』


『何があっても、二人で守ろう』


グレイヴの手が震えた。


「……お前は」


人物の目から涙がこぼれる。


「やっと、会えましたね」


グレイヴは、言葉を失った。


しかし、名前だけはまだ思い出せなかった。


人物は小さく笑った。


「大丈夫です」


「何がだ?」


「名前は、まだ呼ばなくていいんです」


人物はグレイヴの手を握った。


「今度は、忘れないでください」


その瞬間、地下施設の奥で警報のような音が鳴り響いた。


『第二監視者、介入』


『記憶接続:停止要求』


『過去記録の再生を禁ずる』


ミレーヌが振り返る。


「また干渉が……!」


グレイヴは人物の手を離さなかった。


「もう誰にも邪魔はさせない」


しかし、人物は首を横に振った。


「違います」


「何?」


「私を守ろうとしないでください」


その声は震えていた。


「今度は、私も一緒に戦いたいんです」


グレイヴは目の前の人物を見つめた。


そして、初めて気づいた。


この人物は、助けを待っていただけではない。


六百年前から続く約束を、自分の意思で守り続けていたのだ。


地下施設の光が強くなる。


その奥で、封鎖されていた記録が一つだけ開いた。


『記憶保持者:接続成立』


『第一継承者:記憶回復、開始』


『第五の記録者:未確定』


最後の表示だけが、何度も明滅していた。


目の前の人物は、グレイヴに向かって静かに告げた。


「まだ、思い出していないことがあります」


「何をだ?」


「あなたが、私と交わした最後の約束です」


その瞬間、グレイヴの脳裏に、雪の中で泣いている幼い自分の姿が浮かんだ。


そして、誰かの声が聞こえた。


『グレイヴ』


『次に会うときは、絶対に忘れないで』


記憶は、そこで途切れた。

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