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暁なき世界の覇王   作者: 未記入です。


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第二十五話 境界の管理者

第一章 神に忘れられた子

王都の地下文書庫。


深夜にもかかわらず、ロディスの研究室には明かりが灯っていた。


机の上には、六角形の紋章が刻まれた古い本が開かれている。


表紙に文字はない。


ページにも、通常の文書とは異なる奇妙な記録が並んでいた。


ロディスは何度も同じ箇所を読み返していた。


『第二の記録、再接続』


『境界の管理者、活動を開始』


「境界の管理者……」


聞き慣れない言葉だった。


王国魔術師団に所属して長いロディスでさえ、その名称を正式な文献で見たことはない。


彼は別の資料を広げた。


そこには、六つの理についての記述がある。


構成、循環、変質、生命、時間、記録。


そして、その下に小さく記されていた。


『六つの理を監視する者がいる』


ロディスは眉を寄せた。


「監視する者……管理者とは、そいつのことか?」


そのとき、本のページがひとりでにめくれた。


風はない。


窓も閉じている。


それでもページは止まらず、最後の一枚まで進んだ。


そこに記されていたのは、一つの短い文章だった。


『管理者は世界の外に存在しない』


ロディスは息を止めた。


続く文章は、さらに奇妙だった。


『管理者は世界の内側に存在しない』


矛盾している。


内側にも外側にも存在しないものが、どうやって世界を管理するというのか。


彼が考え込んでいると、部屋の灯りが一瞬だけ揺れた。


本の文字が薄くなっていく。


そして、別の文字が浮かび上がった。


――閲覧者を確認。


――記録欠損を確認。


――接触を許可しない。


「何だ……?」


ロディスが本を閉じようとした瞬間、紙面の中央に黒い染みが広がった。


染みはゆっくりと六角形を形作る。


その中央に、一つの目が開いた。


『まだ、思い出す必要はない』


声がした。


男とも女とも判断できない、平坦な声だった。


ロディスは反射的に椅子から立ち上がる。


「誰だ!」


『記録に触れることを許されていない者』


「この本は王国の管理する文書庫にあったものだ。閲覧許可も得ている」


『許可は、記録の所有者が与えるものではない』


「ならば、お前は何者だ!」


しばらく沈黙が続いた。


やがて、声が答えた。


『境界を保つもの』


その瞬間、本の表紙から六角形の紋章が消えた。


文字も、記録も、すべてが白紙へと戻っていく。


最後に残ったのは、たった一行。


『名を呼ぶな』


ロディスがその文字に触れようとしたとき、本は音もなく崩れた。


紙片は床に落ちることなく、空中で消えていく。


部屋には何も残らなかった。


ただ、ロディスの手のひらに、薄い六角形の跡が浮かんでいた。


⸻


翌朝。


クロイゼル家の屋敷では、グレイヴが北方調査隊の派遣準備を進めていた。


王国魔術師団からの正式な調査隊は、三日後に到着する予定だった。


ただし、調査隊が向かうのは遺跡の外周まで。


内部への進入は、グレイヴの許可が出るまで認めない。


その方針は変わっていなかった。


「父上、北の調査隊が来るのですか?」


レオンハルトが尋ねた。


「ああ。王国から魔術師が派遣される」


「僕も一緒に行けますか?」


「駄目だ」


即答だった。


レオンハルトは少し不満そうな顔をした。


「まだ子供だからですか?」


「それもある」


「それ以外にも理由が?」


グレイヴは息子を見た。


「お前は、強くなることばかり考えている」


「はい」


「だが、強さとは剣を振る力だけではない。自分が何を知らないのかを理解することも、強さの一つだ」


レオンハルトは黙って聞いていた。


「北方で起きていることは、今までの魔物討伐とは違う。魔術で測れず、兵士の経験も通用しない可能性がある」


「だから、僕は行かない方がいいと」


「そうだ。今のお前が行っても、守られる側になる」


レオンハルトは悔しそうに拳を握った。


「いつか、父上と同じ場所に立てるようになります」


「そのためにも、今は鍛錬を続けろ」


「はい」


グレイヴは息子の頭に手を置いた。


「焦るな。お前の時間は、まだ始まったばかりだ」


⸻


その日の午後。


アルヴェインは庭でセレスティアに抱かれていた。


最近、身体の動きが少しずつ安定してきている。


首を持ち上げる時間も長くなり、目で追えるものも増えた。


しかし、まだ自由に動き回ることはできない。


そんなアルヴェインの前に、レオンハルトがやってきた。


「アルヴェイン!」


兄は木剣を持っていた。


「今日は新しいことを覚えたんだ」


セレスティアが微笑む。


「また剣の稽古?」


「うん。父上に教えてもらった」


レオンハルトは少し離れた場所に立ち、木剣を構えた。


「剣を振るとき、腕だけで振ってはいけないんだ。足と腰と肩を一緒に動かすんだって」


彼はゆっくりと剣を振った。


以前よりも動きに無駄がない。


剣先がぶれず、身体全体が自然に連動していた。


アルヴェインは魔力視を開く。


レオンハルトの身体を巡る魔力が見えた。


以前、右腕に負担が集中していた流れは改善されている。


今は全身に薄く広がり、動きに合わせて循環していた。


(成長しているな)


アルヴェインは嬉しくなった。


前世の記憶を持つ自分から見ても、レオンハルトの努力は本物だった。


彼は才能だけに頼っていない。


失敗を繰り返し、少しずつ修正している。


剣を振り終えたレオンハルトが、こちらに笑いかけた。


「どうだった?」


「あう!」


「よし。気に入ってくれたみたいだな」


セレスティアが笑う。


「アルヴェインには、まだ少し早いわね」


「分かってるよ。大きくなったら一緒にやろうな」


レオンハルトは木剣を置き、アルヴェインの小さな手を握った。


その瞬間。


アルヴェインの視界に、見慣れない光が現れた。


レオンハルトの手から、細い線が伸びている。


その線はアルヴェインの胸元へと向かい、六角形の印に触れた。


だが、今回はそれだけではなかった。


線の途中に、小さな輪が生まれた。


輪の内側に、淡い文字が浮かぶ。


――血脈接続。


――記録反応、微弱。


アルヴェインは驚いた。


レオンハルトとの間に、何かが繋がっている。


以前にも血脈反応は確認されていた。


しかし、今回の反応は違う。


ただ血が繋がっているというだけではない。


二人の存在そのものを結びつけるような、奇妙な感覚があった。


(兄さんも、何かの鍵なのか?)


そのとき、線がわずかに揺れた。


アルヴェインの胸元に痛みが走る。


「アルヴェイン?」


レオンハルトが手を離した。


セレスティアがすぐに顔を覗き込む。


「どうしたの? 痛かった?」


アルヴェインは小さく身体を動かした。


「大丈夫よ。少し疲れたのかもしれないわね」


セレスティアはアルヴェインを抱き直した。


レオンハルトは心配そうに見つめていた。


「僕が強く握りすぎた?」


「違うわ。レオンハルトのせいじゃないと思う」


「本当に?」


「ええ」


アルヴェインは兄を見た。


何かを伝えたい。


だが、今はまだ言葉にできない。


それでも、兄の手の温かさは確かに感じられた。


⸻


夕方。


グレイヴは屋敷の東側にある隠し扉を調べていた。


六つの円が刻まれた扉。


その表面には、以前よりも薄い光が走っている。


彼は手のひらを当て、魔力を流した。


反応はない。


次に、古い記録に記されていた言葉を口にする。


「血を継ぐ者、門を開け」


何も起きない。


グレイヴは手を離した。


「やはり、私では駄目か」


そのとき、背後から声がした。


「旦那様」


振り返ると、エリシアが立っていた。


「どうした?」


「アルヴェイン様のことで、少し気になることがございます」


グレイヴの表情が変わる。


「何があった」


「先ほど、レオンハルト様と手を繋いでいたときです。アルヴェイン様の胸元が、ほんの少し光ったように見えました」


「光った?」


「はい。私の見間違いかもしれませんが……」


グレイヴは扉を見た。


「分かった。今後も何かあれば報告してくれ」


「かしこまりました」


エリシアが去った後、グレイヴは再び扉に目を向けた。


レオンハルトとアルヴェイン。


二人の血が反応した。


だが、扉は開かない。


「血を継ぐ者……」


彼は古い記録を思い出した。


血は受け継がれる。


しかし、記憶は受け継がれない。


そして、門を開く資格は強さでは測れない。


「いったい、何を求めている……」


答えはなかった。


⸻


その夜。


アルヴェインは夢の中で、白い空間に立っていた。


目の前には、巨大な扉がある。


だが、今夜の扉には変化があった。


これまで刻まれていた名前のない場所に、小さな光が一つ生まれている。


その光は、ゆっくりと人の形を作った。


幼い子供だった。


顔はまだ見えない。


しかし、その胸元には六角形の印がある。


『こんにちは』


子供が言った。


アルヴェインはじっと見つめた。


『君が、僕を見つけてくれたんだね』


声は穏やかだった。


『ありがとう』


その言葉に、アルヴェインは一歩近づこうとした。


しかし、足元に黒い線が現れた。


境界だ。


子供との間を隔てるように、床に広がっていく。


『あ……』


子供の声が小さくなる。


『まだ、駄目なの?』


そのとき、別の声が響いた。


『接触を停止しろ』


白い空間に、無数の文字が浮かび上がる。


『未登録対象との接触を確認』


『境界維持を優先』


『記録の再接続を停止』


子供の姿が薄れていく。


『待って』


アルヴェインは手を伸ばした。


『まだ話したいことがあるんだ』


だが、子供の姿は消え始めていた。


その瞬間、扉の向こう側に、巨大な影が現れた。


人の形をしている。


しかし、その輪郭は定まっていない。


声が響いた。


『境界の管理者は、再接続を認めない』


別の声が答える。


『管理者の判断に従え』


『だが、記録は戻り始めている』


『それを止める』


『止められるのか』


沈黙。


やがて、最初の声が答えた。


『止めなければならない』


アルヴェインは目の前の光景を見つめた。


境界の管理者。


それは、世界を守るために存在しているのか。


それとも、誰かを閉じ込めるために存在しているのか。


まだ分からない。


ただ、管理者は記録の再接続を止めようとしている。


そして、黒い外套の男とは違う意思を持っているようだった。


最後に、扉の表面に文字が浮かんだ。


――境界の管理者、第一監視者。


その下に、もう一つ。


――次の接触対象:クロイゼル家。


アルヴェインの意識が揺れた。


⸻


北方の地下。


仮面の男は、壁に刻まれた古い文字を見つめていた。


その背後には、複数の人影が立っている。


「王国魔術師団が動き始めました」


一人が報告した。


「ロディスも、記録に触れたようです」


仮面の男は振り返らない。


「構わない。あれは必要なことだ」


「ですが、管理者が介入しています」


「分かっている」


男は壁に手を触れた。


そこには、六つの円が刻まれている。


「管理者は、失われたものを戻すつもりがない」


「では、我々はどうすれば?」


仮面の男は答えた。


「クロイゼル家へ向かう」


「公爵家を襲撃するのですか?」


「違う」


男は静かに首を横に振った。


「鍵を確かめるだけだ」


そのとき、地下の奥から声が聞こえた。


『また、子供を利用するのか』


仮面の男の動きが止まる。


『今度こそ、間違えないと言ったはずだ』


男は目を閉じた。


「分かっている」


『ならば、同じことを繰り返すな』


「繰り返さないために、行くのだ」


男は振り返った。


仮面の奥にある瞳は、暗闇の中でもはっきりと見えた。


「今度は、本人に選ばせる」


その言葉とともに、男は歩き始めた。


北の地下から、王国の北方へ。


クロイゼル家へと続く道を。


世界の記録に残らない者たちの運命が、少しずつ動き始めていた。

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