↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁なき世界の覇王   作者: 未記入です。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/37

第十三話 名を持たぬ訪問者

第一章 神に忘れられた子

翌朝。


アルヴェインは、いつもより早く目を覚ました。


昨夜の夢が、頭から離れない。


『誰かがお前を見つけても、決して自分から名を教えるな』


なぜ名前を知られることが危険なのか。


そもそも、世界の記録に名前が存在しない自分に、名前を尋ねる者などいるのだろうか。


(考えても答えは出ないか……)


アルヴェインは小さな手を動かした。


以前より指先に力が入るようになっている。


握ることも、少しずつ上手くなってきた。


この身体は確実に成長している。


焦る必要はない。


今は、できることを一つずつ増やしていくしかなかった。


「アルヴェイン、起きていたの?」


セレスティアが部屋に入ってきた。


彼女はベッドのそばに座り、アルヴェインの頬を優しく撫でる。


「今日はお兄様と一緒に朝食を食べるのよ。楽しみね」


(俺はまだミルクだけどな)


心の中で苦笑する。


セレスティアはそんなことを知るはずもなく、楽しそうに笑った。


「さあ、お着替えしましょうね」


いつもと変わらない朝。


その穏やかさが、今は何よりもありがたかった。


     ◇


午前。


クロイゼル公爵家の正門に、一台の馬車が到着した。


馬車に描かれているのは、ヴァルディア王国の王家の紋章。


門番たちは姿勢を正し、来訪者を迎えた。


馬車から降りてきたのは、王宮魔術師のローディスだった。


年齢は五十代半ば。


灰色の髪を後ろへ撫でつけ、落ち着いた表情をしている。


「グレイヴ公爵にお取次ぎを願いたい」


「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「王宮魔術師、ローディスだ。北方山脈の異変について、陛下から調査を命じられている」


門番はすぐに屋敷へ連絡を入れた。


     ◇


執務室。


グレイヴはローディスを迎え入れた。


「久しいな、ローディス」


「お久しぶりです、公爵閣下」


「王宮から直接来るとは、よほどのことか」


ローディスは一礼し、持参した書類を机に置いた。


「北方山脈で確認された石柱について、王宮でも調査を進めています」


「何か分かったのか?」


「残念ながら、確かなことは何も。ただ、王立魔術院の古文書に類似した記録がありました」


ローディスは一枚の紙を取り出した。


そこには、六角形の紋章と六本の柱が描かれている。


グレイヴの視線が鋭くなる。


「これは……」


「おそらく、同じ遺跡に関する記録です」


紙の下部には、古代文字が記されていた。


ローディスはその一部を指で示す。


「この文章だけは解読できました」


「何と書かれている?」


「第一封印が反応したとき、境界に異物が生じる。異物を見つけた者は、決してその名を呼んではならない」


室内に沈黙が落ちた。


グレイヴは紙を見つめたまま、しばらく動かなかった。


「……異物とは何だ」


「分かりません。ただ、王立魔術院では、世界の記録から外れた存在を指すのではないかと考えています」


「世界の記録から外れた存在……」


グレイヴの脳裏に、息子の姿が浮かんだ。


魔力を持たず、魔力反応も測定できないアルヴェイン。


そして、胸元に現れた六角形の紋章。


偶然で片づけるには、あまりにも一致する点が多すぎた。


「公爵閣下?」


「いや、続けてくれ」


グレイヴは表情を変えずに答えた。


ローディスは頷いた。


「王宮としては、北方山脈への調査隊を増派したいと考えています。ただし、遺跡の封印に関する知識が不足しています。クロイゼル家に残る古い記録を、確認させていただけないでしょうか」


グレイヴはすぐには答えなかった。


王宮に情報を渡すことはできる。


だが、アルヴェインに関する記録まで渡すわけにはいかない。


「北方の調査には協力する。ただし、我が家の記録については、内容を確認した上で判断させてもらう」


「承知しました」


ローディスはそれ以上追及しなかった。


しかし、彼の視線は一瞬だけ、机の上に置かれた古い紋章へ向けられていた。


     ◇


昼過ぎ。


アルヴェインの部屋に、レオンハルトがやってきた。


「アルヴェイン、今日は外に出てみないか?」


レオンハルトの後ろには、エリシアが控えている。


「庭までなら大丈夫だって、母上が言っていたよ」


(庭か。悪くない)


アルヴェインは声を上げた。


「行きたいの?」


エリシアが笑う。


「では、日差しが強くならないうちに行きましょう」


丁寧に抱き上げられ、部屋を出る。


廊下から中庭へ。


外の空気が肌に触れた。


柔らかな風。


草木の匂い。


そして、遠くから聞こえる訓練の音。


前世では当たり前だった外の景色も、この身体では何もかもが新鮮だった。


庭の一角には、小さな噴水がある。


以前、魔力の通り道が傷ついていることに気づいた場所だ。


修理された噴水は、今では安定して水を噴き上げていた。


(きちんと直っているな)


アルヴェインは噴水を眺めた。


すると、その向こう側に立つ人物が目に入った。


見慣れない男だった。


黒い外套を身につけ、庭の木々を眺めている。


屋敷の使用人でも、騎士でもない。


その男の周囲には、奇妙なことに魔力の流れが見えなかった。


いや、正確には違う。


魔力が存在しないのではない。


魔力の流れが、男の身体を避けているように見えた。


(何だ、あれは……)


アルヴェインが男を見つめる。


その瞬間、男の顔がこちらを向いた。


目が合った。


男は驚いた様子もなく、静かに微笑んだ。


「……見えているのか」


小さな声だった。


エリシアには聞こえていないらしい。


男は一歩、こちらへ近づいた。


「ずいぶんと早いな」


(誰だ?)


アルヴェインは警戒した。


そのとき、胸元の紋章が熱を帯びた。


《警告》


《外部接触を検出》


《対象:識別不能》


《世界記録:該当なし》


《注意:接触を回避してください》


(こいつも、世界の記録に存在しないのか?)


男はアルヴェインの胸元を見つめた。


そして、口を開いた。


「その印……まだ残っていたんだな」


エリシアが男の存在に気づいた。


「あの、どちら様でしょうか?」


男は彼女に視線を向ける。


「少し道に迷ってしまってね。屋敷の方に場所を尋ねようと思っていたんだ」


「それでしたら、私がご案内いたします」


「ありがとう」


男は微笑んだ。


だが、アルヴェインには分かった。


その笑顔は、エリシアに向けられたものではない。


男の意識は、ずっと自分に向けられている。


「それにしても……」


男は再びアルヴェインを見た。


「よく似ている」


(誰にだ?)


「いや、今はまだ言うべきではないか」


男は踵を返した。


エリシアが案内しようとした、そのときだった。


「待て」


背後から低い声が響いた。


グレイヴだった。


彼は男とアルヴェインの間に立つ。


「貴様、何者だ」


男は振り返った。


「ただの旅人ですよ」


「旅人が、許可もなく公爵家の庭にいる理由は何だ」


「門の者には話を通しました。王宮から来た魔術師殿に、少し用事がありましてね」


グレイヴの目が細くなる。


「ローディスに?」


「ええ。ですが、今はもう必要なくなりました」


男は軽く頭を下げた。


「失礼いたしました」


そのまま歩き出す。


グレイヴは追おうとしたが、男が庭の木々の陰に入った瞬間、その姿が消えた。


魔力の反応はない。


転移魔法の痕跡もない。


まるで、最初からそこに存在しなかったかのようだった。


「……閣下」


エリシアが不安そうに声をかける。


グレイヴは返事をせず、男が消えた場所を見つめていた。


そして、腕の中のアルヴェインへ視線を落とす。


アルヴェインは、父の顔を見上げた。


グレイヴはその小さな身体を見つめ、静かに言った。


「部屋へ戻るぞ」


     ◇


その夜。


グレイヴはアルヴェインの寝室にいた。


セレスティアとエリシアには、少しの間だけ席を外してもらっている。


「アルヴェイン」


まだ言葉を理解できる年齢ではない。


それでも、グレイヴは息子に話しかけた。


「今日の男を見たな」


アルヴェインは父の顔を見つめる。


「お前には、あの男がどう見えた?」


もちろん答えられない。


グレイヴは小さく息を吐いた。


「……分かるはずもないか」


彼は息子の胸元に手を伸ばしかけ、途中で止めた。


触れていいものなのか、判断がつかなかったからだ。


そのとき、アルヴェインの胸元が淡く光った。


グレイヴの目が見開かれる。


六角形の紋章。


その中心に、一瞬だけ小さな文字が浮かんだ。


《識別要求:拒否》


そして、すぐに消えた。


グレイヴは息子を見つめたまま、動かなかった。


今日の男は、アルヴェインを知っていた。


そして、アルヴェインもまた、男の存在を認識していた。


偶然ではない。


これは、明確な接触だった。


グレイヴは息子をそっと抱き上げた。


「何があっても、お前は私の息子だ」


その声には、いつもの厳しさとは違う響きがあった。


「誰が何と言おうと、それだけは変わらん」


アルヴェインは父の胸に頬を寄せた。


その温もりを感じながら、心の中で誓う。


(俺も、家族を守る)


まだ歩くことさえできない。


魔法も使えない。


それでも、いつか必ず。


     ◇


同じ夜。


クロイゼル公爵家から遠く離れた北方山脈。


第一封印が解かれた遺跡の最奥で、黒い外套の男が立っていた。


その前には、巨大な扉。


六つの円のうち、一つが光っている。


男は扉に手を触れた。


「見つけたぞ」


その声に応えるように、扉の奥から低い振動が返ってくる。


「だが、まだ名を呼ぶことはできない」


男は手を離した。


「世界に記録されていない者。その存在を確かめるには、もう少し時間が必要だ」


暗闇の中で、男の輪郭が揺らぐ。


「待っていろ」


その言葉を最後に、男の姿は消えた。


遺跡には再び静寂が訪れる。


だが、扉の中央に刻まれた六角形だけは、以前よりも強く輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。